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228.孤独に怯える者!

 アキラの頭上の空間に入る亀裂。それが弾けて飛び散った、その奥からおもむろに現れた少女。《エデンビースト・ルナマリア》は同胞たるアルセリアと同様にとても巨大で、とても力強い、まさにドミネユニットらしい佇まいをしていた。しかし登場と同時に荒々しい闘気を辺り一面へ振り撒くアルセリアとは異なり、彼女の気配はずっと穏やかで、外見の年嵩もいくらか上のように見えた。


(だが──)


 だがエミルは見逃さない。彼の卓越した観察力はそのことをしかと看破した。アルセリアよりも静かで、嫋やかで。ながらにこのルナマリアもまた──その中身・・においては『ビースト』の名を冠するに相応しいなんらかの『力』が詰まっていると。


「ルナマリア、君臨! こいつがこの土壇場を切り抜ける俺の秘策だぜ、エミル!」


「っ……、確かに『二体目のドミネユニット』を従えていることには驚嘆せしめられたよ。だが、しかし! そうだとしても! 土壇場で召喚したってもう遅いだろう、アキラ君! 今更新たな切り札を披露したところで、エターナルは止まらない!」


 赤の力による破壊は、グラバウがドミネイト召喚のコストとなったことで対象不在により不発となったが。だからとてエターナルのアタック自体が防がれたわけではない。攻撃命令は通っている。アキラのフィールドに変化があったとて、攻撃対象がユニットではなくプレイヤーであるアキラ当人である以上アタックが中断されることはなく。故にルナマリアにどんな能力があろうと、たとえあのアルセリアを凌駕するほどの攻撃性能を有していようとも状況になんら変化などなく──アキラの敗北は覆っていないのだ。エミルはそう吠える。


「エターナルの連続ダイレクトアタックで君は終わりだ! まずは第一打を食らうがいい──エターナル・ジ・エンド!!」


「!!」


 以前にも浴びた、不可視にして不可避の砲撃。圧縮された自身の力そのものを撃ち出すエターナルの一撃は、それを食らった経験のあるアキラにとってはもはや目新しさもないもの。しかしながらエミルのオーラが最大限に搭載された此度の攻撃は記憶の中のそれとはが違った──苦痛の規模・・が違った。ルナマリアのことなど見向きもせずに命じられた破壊対象へ。アキラに向けてのみ一心に放たれた最高圧の衝撃波は、局所地震の如くに大講堂全体を大きく揺るがした。無論、その中心地にして最大威力を一身に受けたアキラが如何にこちらもオーラで出来得る限りの防御を果たしているとはいえ、それを乗り越えてなお圧倒的な破壊力を発揮し。


 少年の全身を容赦なく、満遍なく叩いた。


「カッ、……っはァ………!!」


 悲鳴を上げるだけの余裕すらもなく、痛みに喘ぐアキラの口から零れるのは肺から絞り出されたような微かな空気の音だけ。身体中の部位という部位がバラバラになったような──いやいっそ、細胞という細胞が粉々に破壊されたような。そう表現するのが適切なレベルのもはやわけの分からない甚大な痛み。そんなものを味わって十三歳の少年が耐えられるはずもない。それが道理であり自然なこと、なのだが。


「それでも倒れない、膝さえつかない君は立派だよ。よくぞ私にここまで歯向かい、立ち向かった。たった一人でよく頑張った──おっと。こう言うと、君からはまた『俺は一人じゃない』と反論を受けてしまいそうだね」


 正確には、『人は一人じゃない』。だから『エミルだって一人じゃないし、独りには』のだと。アキラならばそう言うだろうと、今日という日に知り得た彼の想いからそれくらいは容易く推測も立った。その上でエミルは、まだ呼吸も定まらずに大きく肩を上下させているアキラへと一方的に断ずる。


「人はひとりだよ、アキラ君。君がそこに立ち、自分の力だけで私に挑んでいるように。然るべき時、その者の真価が問われる時、必ず人はひとりきりなのだ。だというのに半端に馴れ合い、弱さを舐め合い、できるだけ傷を負わないようにするから。だから人は醜く歪む。その集合体である社会もまたどうしようもなくいびつになっていく。──私だ。孤独の力を持って生まれた私が、全てを見通す私が、何も見えていない旧態依然の今を壊し、創造する。そして導くのだ。私の新世界へ、そこに住まうに相応しい者だけを連れ、旅立つ。そのためには必要なのだよ、少なくない犠牲が。君からすれば多すぎる犠牲がないことには、成り立たない。理想を目指すとはそういうことなのだよ! それを君にも見えるようになってほしい、孤独を過度に恐れず、厭わず、嫌わず。視界を遮る邪魔を取り払って、私と同じ景色をどうか見てほしい──君ならば必ずそれができる!」


「……いいや、できないよ。お前と同じものは見られない」


「!」


「多くを壊さなくちゃ、切り捨てなくちゃ叶わない理想なら……そんなのぜんぜん理想じゃないから」


 ──そんなものを理想だなんて、俺は認めない。


 息も絶え絶えの様子で。バラバラに崩れ落ちそうになる肉体を、あたかも自身の胸を強く掴むことで辛うじて抑えつけているかのようなボロボロの有り様で、されどアキラもまた吠える。


「戦わなくちゃ、いけない時。何かに立ち向かわなくちゃいけないここ一番で、人は一人になる。それは確かなんだろう──でも。今こうしてここに立っている俺には、お前がいる。お前には、俺がいるじゃないか」


「……なんだと?」


「倒すべき敵だってそこにいる一人で、俺たちは向き合う一人と一人だ。だったら独りなんかじゃない、ひとりきりなんかじゃない──孤独じゃあ、ない。俺はお前を独りぼっちになんてさせてやんないよ」


 だって、とそこでアキラはいたずらっ子のように。なんの屈託も因縁も感じさせない、友人に向けるような気安い笑みを浮かべて続けた。


「一番孤独を恐れているのは。過度にそれを信仰しているのはお前だもんな……なあ、エミル」


「……………………」


 無言だった。すとんと表情が抜け落ちた顔付きで、電源の切れたような出で立ちで、エミルは。ただただ言葉なくアキラを見やった──アキラもその視線に、視線を返した。どちらもドミネイターのオーラを昂らせながら、しかし片方は今にも倒れそうな足元の覚束なさで、もう片方は戦いの中にいることを忘れているような静まり具合で。それでいて今まさに激闘のクライマックスにいる両者は、とても不可思議で。観戦者たちはこの一瞬の時間が永遠のような、アキラとエミルを中心に時が止まってしまっているかのような、そんな得難い感覚を抱いた。


 やがて長く永く恒久く理解・・の時間を経て、エミルの片手がすっと上げられた。止まっていた時が動き出す──エターナルが動き出す。エミルのそれは、攻撃再開の合図であった。


「君の言葉には……何故だろう。とても心を揺さぶられる。初めて見つけた、私よりも若き才能。九蓮華の外の才能。いずれ私にも及ぼうかと予感させる才能──『そんなこと』とはまるで関係なく、君の想いがこうも私に刺さる。何故なんだろう? いくら考えてもそこにだけは答えが出てくれない。……だがね、アキラ君」


「……、」


「今のダイレクトアタックによって、君のライフは残り二。あと一撃を受ければそれで敗北なのだ。エターナルの攻撃は君になんのチャンスも与えない、ただコアを消し去るだけのもの。終幕は、終幕。そして敗者の言葉にはなんの力も伴わない──私は刺さった小さな棘を、そっと心から引き抜くだけだ」


「…………、」


「だから、ありがとう。そして願わくば決着の後にも君がドミネイターでありますようにと願いを込めて。エターナル・ジ・エンド──第二打だ」


 アキラのライフを無にすべく、最後の一撃が放たれた。



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