226.終末の一撃
アキラの啖呵に、一時は言葉を失った様子のエミルだったが。
「……かかってこい、か。エターナルを目の前にしてそんな口が利けるとは。驚く他ない──湧き立つ他ない。全力全開。この状態でエターナルをなんの加減もなくぶつける行為もまた、初めてのことだから」
そもそも。エターナルの召喚自体が、ままあることではないのだ。ここぞという場面、まだしもドミネユニットによる決着が相応しいと──何を「終わらせる」にせよそうすべきであると。エミルがそう認める相手は決して多くない。その希少な機会を得た上で、更に自身と対等の力を持つと認められた者は、これまでいなかった。
九蓮華家の常軌を逸した英才教育や、カード狩りの死神としての秘密裏の活動。それらも含めてエミルのファイト歴は十七歳の少年のそれとしては膨大かつ濃密な経験となっているが、つまるところそれだけの数のドミネイターと相対してきている彼であっても。彼の持ち得る才能の頭抜け具合を思えば己と互角などと思える相手と出会えないのは自然なことでしかなかった──若葉アキラと出会うまでは、確かにそうだった。
アキラの入学と、覚醒の兆し。それがアカデミア内に『協力者』を置いていたエミルの情報網にもかかり、主任らの相談によって決められた非公開と保護の方針もなんのと彼はアキラに接触し、そしてあるがままの事実をその目にした。準覚醒者である。待ちに待った、己と同年代の天凛の才者。飛び抜けた強度と成長を予見させるドミネイター……というだけでなく、アキラはその精神性もまた飛び抜けていた。
折れず、曲がらず、屈さない。多少なりとも手加減をしたとはいえ、オーラを全開にこそしていなかったとはいえ。されどエターナルを呼ぶに相応しい相手とエミルは判断し、実際にアキラはそれに耐えた。最後の最後。トドメでありジャッジのつもりであった終幕の一撃こそ、多数の横槍をきっかけに取り止めることとなってしまったが。あれを食らってまだアキラが立ち上がれたかどうかはあの時点では不明だったが……しかし、そんな諸々は一切構わない。
なんにせよトドメを刺さずともアキラの成長は──進化は成った。ドミネイターとしての段階がいくつも進んだ。あの時のアキラならいざ知らず、今のアキラならば。あれだけ加減を調節した攻撃など何発食らっても平気の平左で立ち向かってくるだろう。ここまでのドミネユニットたちのアタックでダメージを確かに受けているはずなのに、それを微塵も感じさせないその強き佇まいを見れば、誰だって間違いのないことだとわかる。
若葉アキラは、強者である。九蓮華エミルという異端の才人にも負けないだけの類い稀な才気を有する、あたかも魔王を倒すべき任を天より請け負った勇者の如くに、輝かしい者。きっと観戦者たちの目には彼がそう映っているに違いない──そこまで考えて「ふ」とエミルは我知らず微笑む。それは彼がよくやる、対戦相手を煽ったり不安にさせるためのポーズではなくて。笑うつもりもないのに笑ってしまった、言わば心というタンクからの漏水のような笑みであった。
(イオリに対してそうしたように。私が世を統べる魔王で、君がそれを打ち砕く勇者で……などと例えれば、君はそんな喩えは相応しくないと強く否定するのだろうが)
そしてそれは、私のためである。と、ようやくエミルにはその真意が見えてきた。
孤独の否定。魔王などというポジションへ押し込むに相応しい、孤高の者。そのような自覚をエミルが持つことも、そのような目で周囲が彼を見ることも、アキラは許さない。「そんな楽をするな」と彼は憤慨までしているようだ──ドミネイターである以上、誰しもが同じ理想を目指す仲間である。そこに孤独なんてないのだと、彼は主張している。
(わかってきたよアキラ君。私が良かれと、善かれと思い君を引き込まんとするように。君は君でまた己が理想のために。善く生きることを旨に私をそこへ引き込まんとしているのだね──『君が築く世界』へと)
エミルが目指す世界、アキラが目指す世界。つまりこれは、理想と理想の激突。であるならば元より説得など意味を為すはずもなかった。折衷など成されるはずもなかった。そこに妥協はない。互いに引くことは一歩たりともあり得ない、ならば。初めからどちらかが諦める他、首を垂れる他に終幕などなかった。それはもう最初から決められていた。エミルがエミルとしてこの世に生を受けた時点で、アキラがアキラとしてこの世に生を受けた時点で、既に定まっていた。
対決は必至であり、必須であると。
(このファイトの勝敗が即ち私と君の異なる理想、どちらが正しいかの証明となる。志の問われる時だ。より重く使命を持つ方に天秤は傾く──無論。私のそれは言ってしまえば地球にも匹敵する重量だ。たとえ対になるのが君だとしても、君の理想もまたどれだけの高みにあろうとも。そこに関してはちっとも劣る気がしないがね)
新世界へ人々を導くという天から課された使命、であるが故に、人々の住まうこの惑星そのものと価値は同じであると。自分こそが世界であると、エミルは示す。アキラに、生徒たちに、大人たちに、この旧世界に。エターナルという己が意志の体現によって告示するのだ。
「──変革の時、来たれり。どれだけ意志を、意気を保とうと無意味。君も私の力に屈するのだ」
「そんな言葉は」
「『俺に勝ってから言え』、か? ああそうしよう。何故ならもう決着はついているも同然なのだから。まさか記憶の彼方に捨て置いたわけでもあるまい? エターナルの最大にして最凶の力。それが彼の基本能力である『クイックチェック封じ』にあることに」
「……!」
「エターナルのそれはブレイクしてもドローを許さない、そもそもデッキに触らせないという、まさに究極系。完璧なる力だ。君の場にはグラバウが一体のみ。君を守ってくれる【守護】持ちはなく、それ以前にエターナルは青の力によってガードされない。つまり、エターナルの攻撃を止める手立てなどなく。残りライフが四である君の命運はとっくに尽きているということだ」
エターナルは三回の攻撃権に加え、赤の力で【重撃】まで得ている。このターン中にも最低で六つのライフコアを奪い去れるのだ。ほぼライフの初期値に迫ろうかという脅威のブレイク性能。仮に他の能力が一切なくともこれだけでエターナルは一角以上の切り札となれるだろうに、それだけ強力な効果であっても数多ある能力の一部でしかないというのだからなんとも恐ろしい。
エミルからすれば我が意の体現者であり、エミル以外の者からすれば恐怖の体現者。
それが《天凛の深層エターナル》。
その力を、その進行を、その終幕を防ぐことなど不可能。
エミルの言葉に誰しもがそう思った、そう思わされた。
若葉アキラ以外は。
「……まだそんな目をするのか。ガードもクイックチェックによるカウンターもなく。一切の望みを失くして敗北の時を待つだけ。だというのに……」
まるでアキラにだけ見えている希望でも、あるかのように。彼の瞳はまだ力を失っていない。負けていない。屈していない──その謎が、エミルの特別な眼力を以てしても、どうしても見抜けない。
「いいだろう。不可能を可能にするような、それこそ神の御業のような。覚醒者に相応しい奇跡が君に降り注ぐのであれば私も是非見てみたい。この状況で抗う術を持つなら、やってみせるがいい!!」
エターナルから発せられる甲高い音。目に見えない例の砲撃が来る、確固の予兆に対して。前回のファイトで受けた苦痛を思い起こさせる恐れを秘めた光景に対して、それでもアキラは怯えなど一切見せず。
「何度でも言わせてもらう──天から降って来る奇跡なんて待たない。お前を倒す運命を、俺は自分の手で切り拓く!」
──終末の鐘の如く、エターナルの内部より甲高い音が響き渡った。




