224.最高圧、ドミネイト召喚!
(トラウズだって優秀なミキシングだ、それを否定したいわけじゃない。けれど──)
コストパフォーマンスの観点で言うなら2コストというミキシングの最低コストでありながら──これは二色を持つが故にミキシングには1コストのカードが存在しないからだ──能力的にはまるで自重されておらず、【復讐】持ちかつ条件適用で【好戦】まで得られるトラウズはまさしくミキシングの強味がなんたるかを端的に表しているユニットだろう。それはアキラも認めるところ、だが。
しかし単体のカード性能で言えば破格のトラウズも、そういったカードばかりの集まりであるミキシング全体で見た時には、少なからず埋没する。という印象だって拭えない。破格の中では標準的。そういう若干の矛盾を感じさせる評価こそがトラウズへ向けるに適切なものだろうと、味方としてではなく敵として向かい合うからこそその脅威度をごく客観的にアキラは判じる。《侵食生者トラウズ》は確かに有用なカードではあるが、だからとて《色彩衝突》や《クリアワールド》といった殊更に強力なカードと横並びに語れるほどのものではない。
と、結論付けられたからには。無論のこと使用者たるエミルだってカードパワーの差は把握しているはず。これは何も岡目八目よろしく客観視によってのみ得られる結論ではなく、エミルほど優れた『目』を、鍛えられた技量を持つ者であれば、使用者特有のバイアスになど惑わされずどの手駒とて正しく正確に、冷徹なまでに点数をつけられる。アキラはそのことも確信している──だから先もある程度読めるのだ。
エミルのような観察眼を持たずとも、こればかりは読み違えるわけもなく。
「覚悟はできている。といった表情だね」
「!」
「期待通りにお見せしよう、アキラ君。あの日には充分に魅せてやれなかった、私の本当の力を。今日こそは余すところなく堪能してもらおうじゃないか」
「──来るか」
ずあっ、と。互いのオーラが荒波のように猛る。エミルはいよいよ最大攻勢に打って出るため、そしてアキラはそんな彼に対抗するため。如何な天下のドミネイションズ・アカデミアの在校生とは言っても、とても生徒レベルには収まらない闘志を迸らせる両者の、途轍もない熱。渦巻いて充満するそれの圧によって講堂はあたかも一種の異空間のように化していた。
ここまでくればざわめきに喧しかった二階席も静まり返り、今や学園中の者が押し黙り、固唾を飲んで勝負の行く末を見守っている──どちらが勝っても歴史が変わる。日本のドミネ界、いやひょっとすれば世界のドミネ界にとって重要な転換点となるのがこのファイトであると、そう感じ取った。そう強制的に感じ取らされたことで、もはや誰もが無用の言葉を発せられず。
漂う緊張感の中を、それを生み出している元凶の一人は何も感じていないかのように優雅にカードを操った。
「2コスト、青黒ミキシングユニット。《侵食生者トラウズ》を召喚」
《侵食生者トラウズ》
コスト2 パワー2000 MC 【復讐】 条件適用・【好戦】
黒い核を中心にして水が人型となっている異形人。その登場を受けてアキラはやはりなと納得する。一緒に回収したスペルカードでもエリアカードでもなくこのユニットカードをプレイしてくることを、アキラは半ば「知っていた」。そしてこのトラウズが攻め手としてではなく起点として用いられるであろうことも、手札に戻った瞬間からわかっていた。
エミルのオーラや顔付きから展開を察した? それとも再戦を機にアキラにもエミルが如き先読みの力が備わり始めているのか。どちらであってもしっくりこない、とアキラ本人は思う。だから何か理屈付けるなら、そう。これはどこまでいっても「なんとなく」。ドミネイターが誰しも持っている直感によって気付けたのだとする他ない。
「いい顔をする。あの日の君はもう少し、絶望にくべられていた。それでいて折れない君も素敵だったが──ああ。今はもっと素敵だね」
「ならもっともっと素敵な景色を魅せてやるぜ、エミル。呼びな、俺が倒すべき存在を!」
「ふ……5コスト。青黒ミキシングスペル《無欲の協賛》を詠唱」
「! 《無力の共同》じゃない……!?」
前回のファイトで場に手早くミキシングユニットを揃えるために使われた青のスペル《無力の共同》は、その後の展開へ最大に寄与した一枚。それ故にアキラの印象にも強く残っており、ここで再びそれが唱えられるに違いないと。そう予想していただけに別スペルの詠唱には驚かされた──が、しかし。たった今エミルが唱えたそのスペルは、名称からして明らかに《無力の共同》と無関係ではない。
「以前用いた《無力の共同》は、陣営も種族もパワーも。場のユニットの何もかもをそっくりそのままコピーしたトークンを二体生み出すというものだった。効果は無効化されアタックも不可能、という制約こそ付くがコンボ向きの面白いカードさ……まあ、私の目的はそういった趣向を凝らしたものじゃあないがね」
それに対して、とエミルは手の中の《無欲の協賛》を掲げて続けた。
「このスペルは《無力の共同》がミキシング化して強化されたような内容になっている。効果の無効化こそ変わらないが、アタックの制限はなくなり。パワーを変動することはできないが、種族と陣営については好きに決定することができる。元となったユニットがなんであれ生み出されるトークンの大部分は私がクリエイトできるということさ。だから例えば、こんな風にもできる。──陣営は緑と黒、種族は『フェアリーズ』と『キメラ』だ」
「!」
ぽんっ、と軽快な音を立ててトラウズより分離した球体状の何か。巨大な細胞を思わせるそれがむくむくと形を変え、あっという間に少女の形を取った。それは、命じたエミルのイメージが反映されているのか。出現したトークンの姿形はどう見ても色のついていない《宵闇の妖精ルゥルゥ》であった。
「陣営も種族も好きに決められる……ということは」
その意味。その脅威をアキラは理解する。ルゥルゥそっくりのトークンが楽しげにフィールドを跳ね回る中で、エミルは戦慄するアキラへ笑いかけた。
「素晴らしいスペルだろう? 対象に取れるのはミキシングユニットに限り、コピーの色を増やすことはできない……要するに二色のミキシングを対象にコピーを三色に、といった真似はできないし、同様に種族も元の数以上に増やすことは不可能。しかしそういった細かな制約を含めても実に活用のし甲斐があるスペルだ。こちらも色んなコンボに使えるだろう。が、勿論。私がこれを採用しているのはそういった目的のためじゃあない。《無力の共同》と同じく、《無欲の協賛》もまた──我が意志の現出。究極たるユニットを呼び出すための手段に過ぎないのだ」
スペル効果によって生み出せるトークンはもう一体。エミルはそれに迷うことなく白と赤の色を与えた。
「種族はなんでもいい。どうだっていい。私にとって重要なのは色だけだ。わかるねアキラ君。今、私のフィールドには三体のミキシングユニットがいて。そしてそれぞれが異なる色を持ち、無陣営を除く基本五陣営の全てが揃っている。これが何を意味するか──」
エミルが、その全身から光を放つ。夜明けのような、あるいは陽が沈み切る一瞬最後の輝きのような。眩くもどこか儚い閃光と共に、彼は右手を天井へ。否、それよりも遥か彼方の天空へと伸ばした。
「場にいる三体のミキシングを生贄に捧げ! ドミネイト召喚! 異次元世界より現れよ、我が最強のしもべ! 《天凛の深層エターナル》!!」




