223.隆盛の先、導かれるように
エミルにしては珍しい、見るからに言動に気合というものが込められたスタートフェイズ。それを受けてアキラは今一度身構える。
このターンのチャージによってエミルのコストコアも十個という二桁の大台に達した。手札は三枚、内一枚は先ほど墓地より回収した《無限の従来ポリテクス》──だが、恐るべきライフ奪取能力を持つポリテクスの強味は相手よりも自身のライフが減っていてこそ発揮されるもの。現在エミルのライフコアは五つ、アキラが四つ。下回っているのはアキラの方、であるからには。仮にここでポリテクスが再び呼び出されたとしてもその力は半分も活かされない。故にアキラが警戒すべきは所持が確定しているポリテクス以上に、何が眠っているのかまったく未知である残りの手札の方だろう。
──エミルのことだ。細かくドローやサーチを繰り返して戦力を揃えている自分とは違って、そういった真似はまったくしていないが。しかし彼ほどにオーラの扱いに長けた者はいない。それはつまり自身の運命力の操作もお手の物だということ。毎ターンのドローで当然のように必要な札を引いているであろう、と、それはここまでの絵に描いたような展開。ミキシングからのトリプルミキシングを経て、果てのクアドラプルミキシングと順序良く、図ったままに。まるでこのファイト中にも進化の一途を辿るような手駒の披露の仕方にもよく表れている。《円理の精霊アリアン》という、その戦法を成立させるに必要不可欠な補助札も当然の如くに引き寄せながらこれができるのだから凄まじいの一言だ。
いくらデッキ構築に卓越していても、されど構築の腕だけでこんな戦い方はできない──実現し得ない、机上の空論。それを現実に持ってきているのは紛れもなくエミルの引き運にこそ要因があることは議論の余地もない。そう、わかっているからには。倒すべき敵として彼と向かい合っているアキラには、薄々ではあっても予見できていた。
エミルの隆盛は今まさにここから起こるのだと。
《キングビースト・グラバウ》
コスト7 パワー7000 【好戦】
(エミルの場を壊滅させたと言っても、俺のフィールドだっていてくれるのはグラバウだけだ。戦線と言えるほどのものは築けていない……)
グラバウはこれまでにアキラを幾度も勝利へ導いてきた最高の切り札である。それは事実だ。しかしだからとてグラバウ一体に全てを任せられるほどエミルとは易い相手ではない──与しやすい弱敵ではない。グラバウに限らずどんなに強力なユニットを従えていたとしてもたった一体だけでは戦線にすらならないのだから、アキラとて現状は万全に程遠く。逆にエミルからすれば、前回のファイトに引き続いて自身の場を好き放題にしてくれた忌々しき巨獣が単身で構えるこの場面は、覆すにこれ以上ないくらいお誂え向きの状況と言えた。
エミルならそれをやる。やれるのだ、確実に。
そしてそここそが狙い目。このファイトにおける最大の転換点になる……!
瞬間的に錯綜する思考、その最中に浮かび上がる弱気にも強気にも今だけは蓋をして、振り払って。相手が打つ一手を過不足なく見定めんとするアキラに対して、エミルはオーラだけは盛んに、けれど所作は流麗かつ嫋やかに一枚のカードを繰り出した。
「3コスト、青黒ミキシングスペル。《都落ち》を詠唱──このカードの発動によりまず私は手札から一枚を選択し、墓地へ捨てなければならない」
「……!」
また混色呪文! 二色のコストコアとは別に手札コストまで要求するそのスペルがいったいどんな効力を発揮するのか……とアキラが戦々恐々の面持ちになるのは、《色彩衝突》や《白絶》といった強力なミキシングスペルを唱えられたばかりであるからには仕方のないことだった。
「《都落ち》は捨てたカードの色を参照して墓地から好きなカードを手札に加えられる特殊な回収スペルだ」
「色を参照する、だって?」
「ああ。捨てたのが単色カードであれば、回収できるのも一色一枚。捨てたのが二色のミキシングカードなら、回収も二色二枚。といった具合に色が増えるほどより多く手札を潤せるということだ」
制約によりたとえ二色参照であっても同じ陣営のカードを二枚回収する、ということはできない。だがアキラもよく存じている通り、ミキシングカードはその都度に参照する陣営や種族をプレイヤーにとって都合のいい方へ合わせられるのも一種の利点である。つまり、その気になれば青黒と青緑のミキシングで両方に青陣営が含まれていても、片方の色の参照をずらしてやればどちらも回収可能となる。そして、なかんずくエミルの墓地には大量かつ様々な組み合わせのミキシングカードが埋まっている──。
「もう察しもついているだろうが、私が捨てるのは《無限の従来ポリテクス》。赤と白と青。三つの陣営に跨るトリプルミキシングユニットだ」
言いながら、三色に彩られたミキシングをアキラによく見えるように示して手札より捨て去るエミル。アキラをあれだけ苦しめたユニットも、今ばかりはただのコスト。スペル詠唱のための必要経費でしかない。ただしそれによってもたらされる利益がただポリテクスを召喚するよりも遥かに上回ることを、エミルだけでなくアキラも既に理解できている。
「捨てられたのが三色を持っている、ということは──」
「そう。私は三色三枚のカードを好きに手札へ加えられる。無論、コストとしたポリテクス以外の、という注釈は付くがね。いずれにしろ一挙に三枚も回収できる意義は今更私の口から語って聞かせるまでもないだろう。アキラ君、君ほどのドミネイターならばそのアドバンテージがどれだけのものかは重々に知れているはず」
「……そうだな。それで、お前は墓地から何を拾い上げる?」
「ふ……《都落ち》のいいところは、こういったスペルにありがちな『回収対象がユニットに限られる』制約のない点。ユニットカード以外も選べるところだ。それがたとえスペルカードだろうとオブジェクトカードだろうと、エリアカードだろうとね」
「!」
『エリアカード』。その文言にアキラがぴくりと反応を示したのをしかと見逃さず、しかしエミルは緩やかに首を横に振る。
「とまれそちらには大した思惑もないがね。これから私がすることに作用しない、という意味では間違いなくそうだ。選ぼう、回収する一枚目は無色の《クリアワールド》。それから二枚目は黒陣営として、圧倒的なコストパフォーマンスを発揮する青黒のミキシングスペル《色彩衝突》を選択。最後となる三枚目は──《侵食生者トラウズ》。《色彩衝突》と同じくこちらも青黒のミキシングだが青陣営として選択し、回収だ」
「……!?」
意外、と言っていいものかどうか。少々判断に迷うところではあるが、けれどアキラの率直な感想としてはそれだった。アリアンを蘇生させられるばかりかそれ以上の恩恵がターンを進むごとに降り注ぐ《クリアワールド》は無論のこと、《色彩衝突》もエミル自身がそう口にしたように低コストながらに圧巻のアドバンテージを稼ぐ有用なスペル。回収対象に選ばれるのも当然の、アキラからしても納得のできるカードたちだ。相対する者としては歓迎できるはずもないその選択は、だからこそ文句のつけようもなく最適にして最善のものだと評することができる──それ故に、余計に腑に落ちないのだ。
そこに加わる《侵食生者トラウズ》。そのユニットが他二枚と肩を並べてエミルの手札へ戻った、そこ一点だけがアキラにはどうしようもなく疑問で、どうしようもなく不気味で。
どうしようもなく予感を裏付けるものであった。




