222.二人の才者と天の配剤
「サイレンス撃破!」
「っ……」
サイレンスが持つ効果破壊耐性も戦闘で排除されてはなんの意味もない。建造物が崩壊するように菱形のボディがバラバラになって砕け、多腕の天使は斃れて──しかしグラバウは止まらない。獣の王はたった一体を屠っただけに満足したりしないのだ。
「続けてアリアンにもアタックだ!」
これまで常にアリアンを守っていた《依代人形》や【守護】持ちユニットはもういない。エミルのデッキの要である色を操る精霊は、まったくの無防備。ここで攻撃の手を止める理由はなく、アキラが追撃を命じたと同時にグラバウの牙はアリアンを噛み砕いていた。苦痛の声が聞こえることもなく彼女は一瞬で散り、そしてアキラとエミル、双方のフィールドには巨獣だけが残された。
「アリアン粉砕──またしても全滅、だな。エミル!」
「…………」
意趣返しのように告げられたその言葉に、エミルは無言で視線を返した。──確かに。何度となくアキラの場を壊滅させてきたエミルではあるが、しかしその都度にアキラは立て直しを図り、それどころかこちらの場にも決して軽くない被害を押し付けている……勝負は一方的ではない。最序盤に攻勢を取った点を除けば終始エミルが押している、それも確かではあるが。けれどアキラだって押されっぱなしではないのだ。最後の一戦を越えさせない、決定的な敗北の目を作らない程度には、エミルを相手にやり返してもいる。充分に戦り合えても、いる。
不徳の為すところである。エミルはそう自戒する。
人生初。そのくらいの強度と練度で持ち得る力の全てをオーラに乗せてアキラへぶつけている。そこに嘘はない。エミルは確実にアキラを倒さんと、もはや試す気持ちなど心のどこにも抱くことなくれっきとした『敵』として。己に立ち塞がる、それができるだけのドミネイターとしてアキラを見ているし、戦っている。……だというのに未だにアキラは抗っている。痛みにも屈さず、引き運を死守し、的確なプレイをし続ける。それはまさしく一流のドミネイターがすることだ。言うまでもなく、本気の九蓮華エミルとのファイトでそれが実践できる者はたとえプロであってもそう多くはない。そう言い切ってしまえるだけの圧が彼のオーラには込められている……それなのに。
アキラはむしろ重みを、プレッシャーを楽しんでいるかのように。アキラの殺気を心地良く感じたエミルと同じく、彼もまた向けられた殺気を喜ぶかのように──まるで水を得た魚の如くに。否、倒すべき強敵を前にした獣の如くに猛り勇み、その才覚を十二分に発露させている。
異常にして異端。異質にして異様。エミルがエミルを知る多くの者からそう評されるように、アキラもまた。
「だとするなら、だ。アキラ君。君はやはりそちらにいてはいけない。こちらに来るべき。我が軍門に降るべきなのだ。一刻も早くにそうして、このエミルに力を貸す義務が君にはある。それにまだ気付けていないだけだ」
「そいつはおかしいな。孤独を恐れちゃいないって、お前が自分で言ったんだ。お前の道にはそれが付き物だってさ……だったら。俺やロコルを、もっと言えばイオリや他の住人も。お前が欲する理由はないはずだ。なのにお前はこうも言った──いくら自分が優秀でも『一人じゃできない』。新世界を創ることは自分だけの力じゃ無理だとわかっている。そこに矛盾がある」
「矛盾など、ない。私の手が及ぶ範囲は君が思うよりもずっと広い。あるいは、私だけでも新世界に不要な全てを排することは可能だろう。時間こそかかれどそれ自体は不可能じゃあない。ただし、排するだけでは新世界にならない。それで出来上がるのは真っ新で真っ平な荒野だ。新世界を新世界たらしめるのはそこに住人が存在してこそ。つまり私の理想は『私一人では成立しない』のだよ。そこに至る道はともかく、最終地点それだけが独りでは実現し得ない。わかるかね、アキラ君?」
仲間ではない、友人でもない。エミルが欲しているのは人材であり勲章だ。それは見繕うものではなく勝ち得るもの。決して孤独を埋めるために欲するのではない。そう言って、エミルは勘違いしてくれるなとアキラに首を振る。
「誤解甚だしい。死神と呼ばれながら繰り返していた選別だって、この学園に協力者を置いたことだって。イオリを試したのや、ロコルや君を歓迎するのだって。まさかそれらが私自身のため、などとあり得るはずもないだろう? 徹頭徹尾、創造すべき新世界のため。変化を遂げた日本ドミネ界の、その先を見据えてのものだよ。必要だから、欲する。それだけさ。そこに私自身の意志や感情が入り込む余地はない──いいかいアキラ君、私は使命だけに生きている。私こそが最もの奴隷にして忠誠者。生まれ持った天凛の才に相応しい責務を果たす、ただそれだけの男だ。人らしい欲で動いていると思われるのは流石に少し悲しいよ」
「それを悲しいと思えるくらいの感性も持ち合わせているのなら……その『思い込み』からもさっさと脱却することだぜ、エミル」
「……、」
「もし仮に。本当にお前が新世界を創るべく生まれてきたんだとして──世界を変える義務を持って天から送られてきたんだとして。だからってそれに従わなくちゃならない理由なんてどこにある? 俺は、お前の使命を否定する。お前の世界も、そこに至るまでの道も。その孤独だって全部まとめて、ぶっ壊す! 俺がお前を天凛なんてものから解放してやるよ」
ターンエンド、とアキラは静かに告げる。穏やかに凪いでいる、それでいて並みならぬ力の宿る彼の声音に。ぞくりとエミルは感じるものがあった──感じ入るものがあった。
アキラがエミルとの二度のファイトを通して彼の中身を、本質というものをある程度見透かしたように。エミルもまたアキラを優に上回る観察眼によって彼を深く知ることができている。そこに見えるもの。同じ才能を、即ち『覚醒』に至れる因子を共に持ちながらも、しかして確かに存在する自分と彼との差異。──生まれ育った環境や、己が使命に自覚的かそうでないか。その違いによるものだろうとさして重要視もしていなかったエミルだが、けれどここにきてそれが何より大きいものだと気付き始めた。
覚醒者になり得るだけの力を持ちながら、ここまでドミネイションズを強く想いながら。エミルにも劣らないだけの熱量を胸に宿しながらまるで異なる方向を見る彼の瞳は、それが見つめる先の景色とは……ともすればそこを目指す彼は新世界を目指す自分と同じだけの、それ以上の『使命』を以てのことではないか。まったく別の天凛の才を持つ者が若葉アキラなのではないかと、そんな風に思ってしまった。
(彼が下れば鬼に金棒、虎に翼。いよいよ無敵であると、そう考えていたが……まさか。私たちは互いが互いの絶対的な『邪魔』でしかないのか?)
賛同者になるべき者。ではなく、理想を目指す上での絶対的な競合他社なのだとすれば。決して混じり合うことのない、双方が双方にとっての打ち破るべき関門であるとすれば。
「よくわかったよアキラ君。君が私をどう見ているか、私が君をどう見るべきかも、全て。誤解していたのは私の方だったな。いくら言葉を投げかけたところで、オーラに教え込ませたところで頷いてくれないのは当然だった。そもそも私たちにそのような道はないということ……だが、言ったように私は欲張りだし我儘なのだ。最善を諦めることはしたくない。一度それを思い描いたからには妥協なんてご免被る。天が定めし配剤だとしても、私は君を手に入れてみせよう──我が覇道の従者にしてくれよう!」
「……!」
「私のターン! スタンド&チャージ、そしてドローだ!!」




