220.エミルの本意、アキラの本領
「……俺たち? 心当たりがないな、アキラ君。それはいったい『何』を指しての言葉なのかな」
胸のざわつき。ほんの小さな、しかし確かに起こっているそれに蓋するように、未体験を恐れるように。努めて自身の胸中から目を逸らしながらエミルはそう嘯いた──揶揄うようないつもの口振りも、今だけは意識しなければいつも通りにはできそうになかった。
「お前以外の全員だよ。追いつくのは俺だけじゃない。皆、同じ道を走っている。ドミネファイトが作る道。競争しながら、でも手を取り合って先を目指している──俺たちの世代じゃお前が飛び抜けているのは確かだろうさ。先頭は間違いなくお前だ。だけどエミル、今がそうだからって……いつまでもトップでいられると思い込むのは余裕が過ぎるってもんじゃないか?」
「余裕を持って何が悪いというのか。実際問題、他の者がどれだけ必死に走ろうと。寿命を削る思いで努力を重ねようと私には追いつけていないのが現状だ──王者の余裕はあって然るべきものと私は考えるが?」
「全力で走って勝ち誇るならそれでいい。でも俺には、今のお前は『流して走っている』ように見える……いやいっそ、走るのをやめて歩いているようにも」
「……!」
「まるで、誰かに追いついてもらいたいみたいに」
天に定められた、才者である自身が辿るべき道。誰に邪魔されることもないそこを悠然と歩む彼の足取りは、ひょっとすれば。王者の余裕などではなく、後ろ髪を引かれてのものではないか。自分に手を伸ばす何者かを待ち望んでいるが故ではないか。
あの日、エターナルの力を全身で、その命で体感したアキラの印象はそうだった。
「決めつけるのがきっとお前の悪い癖なんだ」
「なんだって?」
「お前が不合格と見做したドミネイターたちも、お前が見限った大人たちだって。そんなの全部お前の勝手じゃないか──そうしなきゃいけないと『思い込んでいる』お前の妄執じゃないか。それだけで皆を、世界を判断するのは間違っているし、決めつけるのは度が過ぎている。いくらお前が天凛の才能を持つからってそれだけはやっちゃいけない」
「やっちゃいけない、か。私の道を、私の目指す世界を、君はそうも否定するのだね。ファイトで心変わりしてくれるかとも思ったがどうも望み薄……やはり一度、徹底的に君の心を折っておかねば。我が新世界に相応しい住人にはなってくれそうもない」
「心変わりを期待してるのは俺の方だ。どれだけ言ってもお前の心には届かないのか? 見ている皆がお前の負けを望むこんなファイトなんて、本当なら俺はしたくない! わかっているんだろ、エミル。才能があるからじゃない、お前の孤独はお前自身で作り上げたものなんだって!」
「だからどうした! 私は孤独を恐れてなどいない! 元より受け入れている、だからこそ異端であるこの私が成さねばならない! 世界を変えなくてはいけないのだろうが!」
「エミル……!」
「もはや君の言葉を聞く意味もない! 衰退の一途が目に見えているこの国を、私が立て直す! そのためならば私は──やれ、サイレンス! お前を邪魔する者はいない、ダイレクトアタックだ!」
サイレンスは【疾駆】を持つ。召喚されたターンでもすぐに動ける多腕の天使は、エミルが命令を下すのと同時に菱形の胴体の表面を煌めかせながらガラ空きとなっている敵陣へと侵入し、アキラに肉迫。そしてティティたちを葬ったのと同じようにいくつかの腕を振り上げて叩きつけた。
「ッがぁ……!」
「ワンブレイクだ! だがただのブレイクではない、私のオーラを全開に込めた一撃はよくキくだろう──さあ、クイックチェックのチャンスだよアキラ君! その状態で使えるカードを引けるものなら引いてみたまえ!」
「ク、クイックチェック……ドロー!」
鬩ぎ合うアキラとエミルの運命力。オーラとなって可視化されているそれは、一見してエミルの波濤の如き勢いにアキラが飲み込まれているようにしか見えなかったが。しかしアキラはサイレンスのアタックによってダメージを受けつつも、最低限の引き運だけは死守してみせた。
「クイックカード、ではないけど。いいカードを引いたぜ、エミル!」
「いつまでそう強がっていられるかな──サイレンスは自らアタックする際、レストをしなくていい特殊能力がある! それに加えて効果では破壊されない耐性も持っている上、守護者ユニットでもある。その『いいカード』とやらと他三枚の手札でこの子をどうにかできるかな?」
「……!」
直接攻撃に制限のつかない守護者にして、アタックしてもレストしない。それは通常であれば自分のターンか相手のターン、どちらで動くかを選択しなければならない【守護】持ち特有の制約にまったく縛られないということ。
サイレンスは攻撃に参加しておきながら守備にも回れ、それでいて効果破壊への耐性まで兼ね備えており、パワーも7000と決して低くない。登場時効果と起動型効果で二度も複数除去を可能とする上でこれだけの戦闘能力も持ち合わせているというのだから途轍もないことだ──さすがは四色混色。召喚に四つもの色が要されるだけあって清々しいまでにカードパワーが狂っている。5コストでこの性能は確かにトリプルミキシングであっても許されないだろう……と、サイレンスの力の全容が知れたことで先の直感の正しさの裏打ちとしつつ、しかしアキラは。
「どうにかするさ。してみせる──俺のデッキで。俺の選びぬいたカードたちで! サイレンスだろうがそれ以上のユニットだろうが、全部ぶっ倒して! 最後にはエミル、お前に勝つ!」
「私の本気の攻撃を三度も受けていながら。認めよう、君の根性と耐久力だけは既に私に追いついていると……だがファイトの実力はまだまだ程遠い! 最後に証明されるのはその事実だけさ」
ターンエンド! 鋭く、アキラを刺すような目付きと語調でそう宣言するエミル。サイレンスのアタックによってついにライフコアの数は逆転した。序盤からリードを守り続けていたが、その差を縮められたばかりかひっくり返されたアキラはいよいよ本当の意味で追い詰められ始めている。積み重なった疲労と苦痛、どれだけ戦線を築こうとエミルの一手に容易く崩されてきているこれまでの趨勢も含めて、そろそろ気力が落ち始めてもおかしくない……いや、落ちなければおかしいとすら言えるこの場面において。
なのに更に膨れ上がっていく、こちらを押し返さんとし始めるアキラのオーラに、戦意の昂りに。エミルの胸中のざわつきがより大きく反応した。
「アキラ君、君は……!」
「俺のターン! スタンド&チャージ、そしてドロー!」
底無しにして天井知らず。そうとしか言い表せない、後から後からまるで無限の如くに湧いてくるアキラの闘志が、一瞬。エミルの動揺の隙をついてオーラの蓋をこじ開けて、運命力を押し通した。その結果が、アキラの手の中に。今し方ドローしたカードにあった。
「来たぞ、エミル!」
「っ、何が……」
「サイレンスをどうにかできるユニットがさ! 俺はこいつを召喚する!」
引いたばかりのそれをファイト盤へ置くアキラ。迷いなく行われたそれは、これまで数えきれないだけの回数アキラを窮地から救ってくれた彼を呼び出す行為。故に、元より迷いなど生じる余地もなかった。
「俺の切り札! 《キングビースト・グラバウ》だ!」
《キングビースト・グラバウ》
コスト7 パワー7000 【好戦】
巨獣の王。まるで神食らいの怪物を思わせる力に満ち満ちたその威容は、彼の前に立ち塞がる巨大天使と比較してもなんら劣ることがなかった。
一匹の誇り高き獣が、高らかに吠える。




