219.クアドラプルの脅威!
「このデッキ唯一の! クアドラプルミキシングだ!」
「ク──四色混色!?」
まさか、トリプルミキシングですらも日本においてはエミル以外に使用者がいるのか怪しいくらいだというのに、その更に先のクアドラプル。四陣営に跨るカードまで有しているとは思いもしていなかったアキラは、故に驚愕に大きく目を見開く。ただでさえ強力なミキシングを一層に強力にしたトリプルを、もう一段階強力にさせたのがクアドラプル。そう考えるのが妥当、であるならば。エミルが繰り出そうとしているカードは、戦線が半壊したばかりのアキラにとって致命になりかねないほどの脅威となるのは間違いなく。
何が出てくる、と身構える猶予も僅かにそれは姿を現わした。
「来たれ、白黒青赤のミキシングユニット。《孤高の開眼者リ・サイレンス》!」
《孤高の開眼者リ・サイレンス》
コスト5 パワー7000 QMC 【守護】 【疾駆】 【飛翔】
鳥の翼を生やした後光を放つ菱形の巨大建造物から無数の機械の腕が伸びており、その先にはそれぞれ別の武器が握られている。端的にそのユニットの見た目を説明したいならこう表現するしかなかった──つまりは大きく、不気味で、それでいて力強さを感じさせる、明らかにヤバい存在。アキラは見た瞬間にそう悟った。そしてエミルも褒めそやす彼のドミネイションズに関わる直観力はここでも正鵠を射ていて。
「ッ! ルゥルゥが──消えていくっ!?」
あたかもサイレンスから差す後光に焼かれるように、浄化されるように。苦しみながらルゥルゥは纏っている闇ごとに体を薄めていき、そのままアキラがどうすることもできないくらいあっという間に完全に消滅してしまった。意味のわからないユニットの倒され方に困惑を隠せないアキラであったが、しかし怪奇現象の原因がサイレンスにあることだけは確かで。
「いったい何をした、エミル!」
「サイレンスの登場時効果だよ。彼は場に出た時、相手の場の白と黒と青と赤。それらの陣営に属するユニットを退場させるのさ。これは強制発動の効果だから、使用者である私にも止められない。それだけ破壊的なユニットがサイレンスだ、ということだね」
まあサイレンスの除去は破壊ではなく『墓地送り』なのだが、とどこか面白がるように言うエミルだったが。しかしそれを聞くアキラは戦慄を隠せない──5コストを支払って召喚するだけ。ただそれだけの条件で、四陣営という広い範囲のユニットを殺す。しかも破壊ではなくより対処に難しい墓地送りで。たまたま除去範囲に緑陣営が含まれていなかったから助かったようなもので、ややもすればルゥルゥだけでなく残り三体のユニットもまとめてサイレンスに薙ぎ払われていてもおかしくはなかった──そうならなかったのは単なる幸運でしかない。
無論、運は大事だ。たまたまだろうと被害を最低限に抑えられたのは、エミルのオーラにも屈さないアキラの精神力あってこその結果だろう。目に見えない運命力がどうにかフィールドの全滅を免れさせてくれた、そう思って然るべきではあるが。しかし、アキラの身も凍るような戦慄の理由は単に登場時効果の恐ろしさを味わっただけでなく。
サイレンスの持つ脅威がそれだけではないと、それも直感で理解してしまっているが故のものだった。
「サイレンスの起動型効果を発動」
「っ!」
「合計のパワーが7000以下となるようにフィールド上のユニットを選び、それらを全て破壊する」
「なん、だって──」
パワーを参照しての変則的な複数除去効果。それは赤陣営に多い火力スペルに見られる特徴だった。コウヤとのファイトではそういった多岐の破壊手段をどう掻い潜るかが肝になるので、アキラにとっては相手取るに慣れたものとも言える。が、しかし。お手軽に発動できる墓地送り効果を有しながら、それでいて高コストの火力スペルめいた効果まで内蔵しているユニットなど、言うまでもなくアキラはこれまでに対面したことがなく。
つまりはその蹂躙に対し、なす術をまるで持たなかった。
「私が選ぶのは当然、君の場にいる《恵みの妖精ティティ》、《慈しみの妖精リィリィ》、そして《ジャックガゼル》の三体。パワーはそれぞれ1000と1000と4000、合計6000! 7000以下という条件を満たしているためにサイレンスの破壊効果が適用される──パワー・オブ・クライシス!」
「っぐぅう……!!」
大きく広げられた機械腕。剣に槍に斧にこん棒、多種多様なメカニカルな武器が一斉にアキラのフィールドへと振り下ろされた。誰を狙うともなく叩きつけられたそれらはティティもリィリィもガゼルもまったくの区別なしに物言わぬ肉片へと変え、一瞬にして場を空にしてしまった。その甚大な衝撃の余波は直接攻撃されたわけではないアキラにすら届き、彼の身体を、そして精神を大いに揺るがした。
「っぐゥ……!」
「全滅。またしても、だね。アキラ君──これでわかったろう。君がどれだけ奮起しようと、何度挑もうと。どうしたって私には届かない、達せない、掴めない。それができる可能性を持っているだけ君は特別だが、今はまだ。ドミネイターとしても準覚醒者としても一日の長が私にあり、故に君は私には勝てない。何があろうとも、決してだ」
成長しているのは、アキラだけではない。前回の戦いから今日の再戦に至るまでの間に、アキラと同様にエミルもデッキを進化させ、技量に関しても更に磨きをかけていたように。このファイト中においても一層の成長を遂げているのはエミルだって同じだった。
さすがにより『完成』に近い位置にいるからかアキラのそれほど急激なものではないが、けれど確実に。着実に彼もレベルアップし、スキルアップしている。互いが互いを経験値として吸収し、強くなっていっている。エミルがまったくの無成長であるのならともかく、これではいつまで経っても距離が縮まらない。多少縮んだところでその背中に手が届かないのであればそんなものは誤差に等しく、ならばアキラの奮闘はどこまでいっても無駄なものでしかない──と、そう主張するエミルに。
アキラは笑った。
「……ここで、まだそんな風に笑うかい。何が可笑しいのか聞かせてもらおう」
「何がって、そりゃあ可笑しいさ。俺が前に進むのと同じように、お前も進んでいるから。だから追いつけない? だから勝ち目がない? ──はっ、なんだその理屈。そんなのちっとも『ドミネイターらしくない』」
「………」
「お前が進んでいるなら俺はそれ以上に進めばいい。走って走って、走り続けて。悠々と歩いているお前に追いつくんだ。それができないとは思わないし、できないとは言わせない。エミル──お前の道は、決してお前だけのものじゃないんだ」
天凛。神より授かりし才を持つ者──そう自他共に認められる本物の傑物、であるからこそ気付けない。自分が孤独の道を往くことに何も疑問を抱かない、そのせいで見えない。天賦の観察力や洞察力を以てしても、見ようとしなければ見えないものだってある。
「振り返ってみれば意外と、お前のすぐ後ろに『俺たち』はいるかもしれないぜ?」
「──、」
エミルはここで初めて、それを知る。混じりっ気のないアキラの瞳と口調。自分を倒すべき敵と見定めていながら、友の仇だとしかと認識していながら、しかし彼の殺意はあくまでもドミネイターがドミネイターへ向けるものであり。
若葉アキラは、九蓮華エミル個人を憎んではいないと。




