218.成長途中
(目の前のことだけに。戦線の構築だけに集中して全力を注いでいる、ようでいて。実際に彼が全力であることに間違いはないがしかし、その裏で着々と。虎視眈々と『詰め』の用意をしていくクレバーさ。獲物を観察しながら爪を研ぐ獣のような、熱量と冷涼が混在した戦い方。それこそがアキラ君最大の特徴にして武器だ……ああ、わかっているよ。私たちのファイトに決着をつけるべきはやはり! 私たちの想いを、願いを、その果てを! 体現せしめるドミネユニットを置いて他にはないとね……!)
プレイヤーの化身とも言えるドミネユニット。を、互いに召喚してぶつけ合って。その結果がどうなるか。それが即ちファイトの結末でもあるとエミルは確信している──それ以外に相応しい決着などないと、素晴らしい勝負などないと、信じている。いずれ真なる覚醒者に至る者同士の戦いにこれ以上の彩られたピリオドはないと。
「だからアキラ君! 頼むから最後まで止まってくれるな、終幕まで日和ってくれるなよ! 君は私の妨害を乗り越えて、再びあのユニットを呼び出さねばならない責務がある!」
「……!」
アキラがエミルのエターナルを強く意識し、片時も頭からその存在を離さずにファイトしているように。エミルもまたアキラのアルセリアの登場を今か今かと待ち構えている──待ち望んでいる。だから嗅ぎ付ける。アキラの狙う本命の、色濃く殺意の乗った策を見抜く。
(この戦線の先にあるのが『ビースト』。そしてそれよりも更に先がアルセリア……! いよいよ私を仕留めんと研いだ爪を振るう時、ということだな──面白い! やれるものならだ、アキラ君!)
ここに来て更に重く、更に黒く、更に深く。講堂内の全てを……否、この大講堂ごと何もかもを底知れぬ深淵へと引きずり込むようにしてエミルの暗いオーラが鳴動する。蠕動する。鼓動する。ついには観客席から悲鳴が上がるほどの極大のプレッシャーの中で、その被害を最大に受けながらも。けれどアキラは屈しそうになる膝を決して曲げず、真っ向からその重圧に耐えて、そして吠えた。
「《ジャックガゼル》は【好戦】持ち! やれ、アリアンへアタックだ!」
「おおっとそれは通さないよ──【守護】を持つ《無秩序の番人ジャスティス》でガードする!」
《ジャックガゼル》
パワー4000
《無秩序の番人ジャスティス》
パワー2000
如何にトリプルミキシングユニットであっても全てが全てサタノサティスのようにパワフルなユニットばかりではない。特に登場時にライフコア、コストコア、フィールドと三箇所に作用する特殊な効果を持つジャスティスともなればそのパワーは通常の小型ユニット相当。中型相当のパワーを持つガゼルに勝てる道理はなく、彼の腕の一振りによって深々と爪で切り裂かれ、そのまま悪魔天使は絶命。あっさりと散ることとなったが、しかしエミルとしてはそれで十二分の活躍であった。
「残念だね、アリアンにガゼルの爪は届かない。そして君の場にはもう他に【好戦】や【疾駆】を持つユニットはいない……これ以上は何もできないな」
コストコアを使い切り、行動可能なユニットもなし。となればアキラにやれる行為はただひとつ。
「ターン、エンドだ」
「私のターン。スタンド&チャージ、ドロー」
引いたカードを、見る。それはまさしくエミルが望んだカード。引くと決めた一枚のスペルであった。引き運は絶好調。オーラの隆盛に裏打ちされたそのままにエミルは運命力を発揮している。ただしそこは、エミルのオーラに晒されながらも望むままに展開できているアキラの方も互角。決して彼が『押し合い』に劣っているわけではない──とはいえ。やはりどちらかと言えば不利を押し付けられているのはアキラである。と、七対一という圧倒的な戦力差のあるフィールドを目にしながらもエミルはそう考える。
何故ならエミルの場に残った一体こそが、彼にとって何よりも重要なユニットで。アキラからすればなんとしても排しなければならなかったユニットであるからだ。
「除去難度の高いエリアカードである《クリアワールド》。それに加えサタノサティスやジャスティスも私の場から退かせてみせたプレイングは素晴らしかった……君でなければこんなことできやしない。称賛に値する。だが、それでもだ。それでもまだ足りない。わかっているね、アキラ君。肝心のアリアンに手を伸ばせなかったこと、それが君の限界。私を倒すと意気込みながらもまだ抜け切らない君の甘さが、私の側に立とうとしないその甘ったるさが──君を敗北へと導くのだ」
すぐに証明してみせよう。と、エミルは引いたばかりのそのカードをプレイする。
「アリアンが生き残ったおかげで手間もなく唱えられる。4コスト、赤黒のミキシングスペル! 《白絶》!」
「っ、また混色呪文か……!」
無色を除く基本五陣営の中でも特に攻撃的な特色を持つ赤と黒というカラー。それに加えて『ホワイトアウト』というスペル名から猛烈に嫌な予感を受けたアキラへ、エミルの口から即座に答え合わせが行われた。
「ぎょっとしたかいアキラ君──その直感は実に正しい。《白絶》は互いのフィールドにいる守護者ユニットを区別なしに破壊する、まさに白陣営を憎むかのようなスペルだ!」
「守護者だけを破壊するスペル!?」
マズい、と彼が思った瞬間にはもうスペルの効果処理が始まっており、手遅れだった。エミルの掲げたカードから広がる赤と黒の波動。あたかも白のスペル《洗礼淘汰》を別陣営の色に塗り潰したような破滅的な奔流によって、アキラの場のユニットたちがズタズタにされて血しぶきを上げた。
「《獣奏リリーラ》の【守護】付与は逆効果だったねアキラ君。そのせいで君の『アニマルズ』ユニットは一ターンに一度破壊を免れる《ジャックガゼル》以外、全滅だ」
「くっ……、」
リリーラ自身は勿論、彼女によって守護者と化していたオリヴィエも月狐もまとめて処分されてしまった。返しのエミルのターンに備えて守備を厚くしたのがかえって付け入らせる隙となってしまうなどとまさか夢にも思わない。アキラの選択に間違いはなく、取れる最善の手段を取ったはずだが、ただし九蓮華エミルが相手であれば最善を選ぶことが必ずしも最善の結果を生むことに繋がらない──。
そこにドミネファイトの難しさと面白さが詰まっている。そうアキラは笑う。
「流石だな、エミル。まさかそんなスペルまでデッキに入っているなんて……それをこうも的確なタイミングで引いてくるなんて。お前はやっぱり恐ろしいほどに強い男だ。──だからこそ勝ちたい!」
エミルの野望やコウヤたちの仇討ち……そんな諸々の事情を抜きにしたって、エミルというドミネイターを越えたい。その一心だけでアキラは立ち上がれるし、立ち向かえるのだ。その純なるまでの闘志に、自分とはまったく異なる性質を持ったオーラの昂りに、エミルは今一度それを知らしめられた。
──成長、している。今もなお、この一瞬に。この刹那にも彼は強くなっていく──!
いったいどこまで。決して挫けず屈さない彼の在り様に、エミルの喉はごくりとなった。それは大好物を前にした子供のようでもあり、初めての未知をそうと知らずに抱く赤子のようでもあり。
「……何度やり返されてもまるで衰えない、その戦意。心地いいよアキラ君。だからもっと。もっともっと。欲張りはいけないことだと知りながら『もっと』が止まらなくなる。君のせいだよアキラ君、私がこんなにも参ってしまうのは! ファイト中にここまで心が動かされるのは! 君が初めてなんだ──故に! ここからどうなってしまうのかは、私にもわからない!」
「……!」
欲しいのか、壊したいのか。
終わらせたいのか、続けたいのか。
それすらも不明なままにエミルは手札から新たに一枚のカードを引き抜いて──。




