216.否定と共感のファイト
「わからなくも、ない。だけど同意はできない……お前を一から十までわかってやることはできないよ、エミル」
「……それは、どういう」
「お前は俺を自分の側の人間だと言ったけれど。お前の言う『有象無象』とは違う存在だと、随分と持て囃してくれたけれど……それでも俺はただの人間で。それはお前も同じだ、エミル。誰とも違うし、そう大して違わない。わかり合えることもあればわかり合えないこともある──俺とお前も、お前と皆も。ただそれだけのことなんだ。お前がそこまで意固地で、自分本位でなければ。きっとお前に心から賛同する人たちだってもっと多かっただろうに。その可能性をお前は自分で潰したんだ」
「だからどうしたというのかな。心からだろうが恐怖からだろうが私に屈するのならそれでいい、それで充分だ。特に選民足り得ない弱者ともなればね……だが残念だよアキラ君。この期に及んでもまた君には私の言葉が、想いが届いてくれないのか。せめて君やロコルといった新世界の要たる者には私の描く未来を共に見てほしいものなのだが──結局は、そうなのか。我が力で以て遍くに変化を齎すべし。九蓮華エミルとしての責務を果たさねば、君たちもまた変わってはくれないわけだな」
ならばそれも良し、とエミルは超然とした気配のままに小さく笑って。
「力こそが全て。勝利こそが全て。才能こそが全て。そう証明するとしよう。停滞する世界へ私が覚醒を促す。その手始めが君だ、アキラ君」
「そんなに変化を望むのなら──まずはお前が変わってみせろ、エミル!」
強き聡きドミネイター。エミルの望むそれは、アキラが目指すものにも近い。近い、けれど、決して同一ではない。彼の手足たるそれに、強さだけに価値を見出すそれに、アキラの想う正しさはどこにもない──理想のドミネイターとは合致しない。『その他大勢』を勝手に選び、勝手に切り捨て、それを必要なことだとなんの衒いもなく言ってのけるエミルが創る世界。そんなものを素晴らしいとはとても思えない。だからアキラは、彼の憂いにこそ共感しても、その行いを肯定することは絶対にない──彼の側に立つことは、絶対にない。
「あくまで対峙するというのなら。対決を選ぶというのなら、この状況をどうにかできる自信があるものと思っておこうか。私はこれでターンエンドだ」
《クリアワールド》(エリア)
《円理の精霊アリアン》
コスト2 パワー1000
《焔魔の巨巌サタノサティス》
コスト3 パワー3000+ TMC 【好戦】
《無秩序の番人ジャスティス》
コスト3 パワー2000 TMC 【守護】
逆境から築き上げた戦線を見せつけるようにしてエンド宣言を行なったエミルへ、アキラは「当たり前だ!」と少しも怯むことなく行動を開始。
「俺のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー……アクティブフェイズに入って俺はこいつを使う。黒のスペルカード《完全蘇生》!」
「! ここで《完全蘇生》とは」
「本来なら唱えるのに7コストかかるが、『前のターンに自分の場で破壊されたユニットの数』だけコストを軽減できる特殊なスペル。これによって俺はお前に破壊されたユニット五体分、つまり5コストを引いて2コストでこいつを使用できる!」
「掃討したのがむしろ仇となった形かな……そしてその効果は確か、自分・相手の墓地を問わずにどんなユニットでも蘇生させるものだったね」
エミルの記憶は正しく、《完全蘇生》は墓地にさえあれば相手のユニットだろうと味方としてフィールドに呼び出せる強力なスペル。しかもその効果にはまだ続きがあり。
「それだけじゃない。このカードの効果で蘇ったユニットには一度だけの破壊耐性も付与される。つまり元よりも強化されて蘇るってことだ」
「なるほどね。それで私の墓地のミキシングユニットを奪い、より強力にして私へ歯向かわせるつもりだと……イオリを歯牙にも掛けないで下した君がまるで彼のような戦法を取るのだね。ああしかし、効果的で実にいいと思うよ」
ただしとエミルは冷淡な口調で付け加える。
「混色の中でも君が真に欲しているであろう三色混色ユニットは──サタノサティスもポリテクスも、生憎と一足先に私が回収済みだ。つまるところ君が奪うべきカードは墓地に不在であるということ。せっかくの黒陣営の秘術《完全蘇生》もこれでは意味がないね」
「──誰がお前の墓地から奪うって言った?」
「何……?」
相手の戦力を奪うこと。それは相手の使うカードが強力であればあるほど有効で、つまりは一枚一枚が強力無比であるミキシングカードを多用するエミルには──そもそも奪うという行為自体が成立すれば、の話ではあるが──彼自身が認めた通りに効果的な戦法だと言える。それは誰の目にも明らかなこと、だというのに、アキラの目当てはエミルの墓地にはないと言う。
「イオリの戦い方も面白かったけど、あれは俺には向かないよ。俺が信じるのは、頼るのは! いつだって俺のデッキのユニットたちなんだから!」
「……!」
「《完全蘇生》で強化復活させるのは、俺の墓地にいる緑黒のミキシングユニット! 《遠笛吹きのオリヴィエ》だ!」
《遠笛吹きのオリヴィエ》
コスト6 パワー5000 MC
山羊のそれによく似た角を持つ美丈夫。粗末な笛を大事そうに持つそのユニットの登場に、エミルは大きく目を見開いた。
「そうか、君の狙いは──」
「お察しの通りだ! さっきも使ったオリヴィエの登場時効果を発動! 『3コスト以下で相手によって墓地に置かれた黒か緑のユニット』を二体まで蘇生することができる──そしてこの効果によって蘇生された数だけ、相手の場のユニットを破壊することもできる!」
「前回その効果で呼び戻したのは《ベイルウルフ》と《緑応鹿》だったか……だが、今の君の墓地には」
「ああ、蘇生できるユニットが他にもいる! 今回蘇生させる二体は──サタノサティスに破壊されたばかりの《宵闇の妖精ルゥルゥ》と《慈しみの妖精リィリィ》だ!」
《宵闇の妖精ルゥルゥ》
コスト3 パワー1000 MC 【復讐】
《慈しみの妖精リィリィ》
コスト3 パワー1000
フィールドに舞い戻る二体の妖精ユニット。けたけたと笑うルゥルゥと上品に忍び笑うリィリィの様子には、まるで自分たちを殺した敵の行く末を存じているかのような酷薄さがあった。
「二体蘇生したことでオリヴィエは相手ユニットを二体破壊できる! 対象は当然、一体は《円理の精霊アリアン》。もう一体は《焔魔の巨巌サタノサティス》だ!」
「ふむ。ならば私も、エリアカード《クリアワールド》の効果を発動!」
「なっ、このタイミングで……!?」
「おや、きちんと言ったはずだよ──『一ターンに一度』、このエリアカードは無陣営カードを墓地から場へ戻せると。そこに自他の区別はない。つまり相手ターンにだって復活させられるのだ! 私は墓地に眠る無陣営オブジェクト《依代人形》をフィールドへ設置し、そしてすぐさま《依代人形》の身代わり効果を適用! このカードを墓地へ送ることでオリヴィエによる破壊からアリアンを守り、その後ワンドローする!」
オリヴィエの笛の音が殺意の振動となってエミルのユニットを襲うが、それを食らって内部から肉体を崩壊させたのはサタノサティスのみ。蘇ったばかりの藁人形がアリアンの代わりに砕け散り、主人へ一枚のカードをプレゼントして即座に墓地へ出戻っていった──コストコアを自在に操る精霊は無事。そのことにアキラは悔しげにしつつも気力は衰えず。
「せめてサタノサティスを処理できただけでも戦果は充分。続けて、オリヴィエの効果で蘇生されたルゥルゥの登場時効果を発動する!」
彼のターンはまだ始まったばかりだ。




