213.エミルの本領
「アリアン撃破! これでエミル、お前の多色戦法は崩れた!」
──と、意気を高めて言いつつも。もちろんアキラにはわかっている。こんなのは一時的な対処に過ぎないことが、理解できている。ようやくアリアンを排除できたと言ってもエミルが二体目を繰り出せばそれだけで元通り。またぞろ彼は如何なる色も手中に収め強力なミキシングユニットを連打してくるだろう……それが再開されるまでの息継ぎの間。ほんの一瞬を稼いだに過ぎないと、アキラは重々に承知している。
無論、すぐさまエミルがアリアンを再展開してくるとは必ずしも決まっていない……が、そこに期待を寄せるのはあまりに希望論が過ぎるだろう。今のエミルを見て。その人の域を遥かに超えた運命力の滾りを目の当たりとして、よもや彼のカードを操る手腕に陰りが差すなどと誰に思えようか。誰が信じられようか。それはもはや希望ではなく願望であり、なおかつ一等に儚く脆い代物である。アキラはそんな甘い考えを持たない。一瞬一片の弛みですらも致命的。そこからまるでダムが決壊するように一気に流れが持っていかれかねないと──否、確実にゲームセットまで持っていかれると。そう確信しているだけに、そうなるとファイトの前から覚悟していただけに。彼はエミルを相手に決して希望論は持たない。
──希望は胸に宿すだけでいい。それで充分、力になる。
「使えるコストもカードももうない。俺はこれでターンエンドだ!」
《闇重騎士デスキャバリー》
コスト5 パワー4000 QC 【守護】 【復讐】 +【好戦】
《獣奏エレノラ》
コスト5 パワー4000 【好戦】
《宵闇の妖精ルゥルゥ》
コスト3 パワー1000 MC 【復讐】 +【好戦】
《慈しみの妖精リィリィ》
コスト3 パワー1000 +【好戦】
《暗夜蝶》
コスト2 パワー2000 【守護】 +【好戦】
たった一ターン。壊滅に陥ってからの返し、僅か一ターンでアキラはこれだけの戦線を築いてみせた。【守護】持ちや【復讐】持ちに加え、エレノラの効果によって漏れなく全体へ【好戦】が付与されており、攻めにも守りにも手厚い陣営。それを眺めて、対する己がフィールドの空っぽ具合を確かめて、それからエミルは頷いた。
「これは参った。まさかここまで見事にひっくり返されるとは思ってもみなかったな。掛け値なしに素晴らしいよ、アキラ君。私が初めて全開にする『このオーラ』を真正面から受けて、それでも君の引きは。プレイングは。闘志は。些かも鈍らない。それどころかより輝きを増しているようでもある──本当に、素晴らしい。よくぞ達してくれた。よくぞ私と『戦える』という領域に立ってくれた。どれだけ感謝を口にしてもしたりない、故に」
──私もプレイングで応えよう。
そう口にしたエミルは、もう笑っていなかった。
「またひっくり返させてもらうよ」
「……!」
「私のターン。スタンド&チャージ、ドロー」
エミルのコストコアは七つ、手札は五枚。確かにここから再逆転を狙うにはエミルにとって充分以上の資本となる。そう認めて身構えるアキラへ、エミルは軽やかに指を振った。
「プレイングは、言ったように見事。私の場を全滅させた上で五体ものユニットで戦線を築く、君が事も無げにやったこれがどれだけの偉業であるかはもはや言わずもがなだろう──が、しかし。細かな部分で爪が甘いのは前回から変わらずのようだ。たとえば《暗夜蝶》でもアリアンは破壊できたというのに、わざわざ守護者としてより有用なデスキャバリーをレストさせてまでそちらで攻めたこと。見え見えだよ。二体の妖精を守る壁として《暗夜蝶》を置くことで、防御に参加できず無防備なデスキャバリーがそれによって難を逃れ、あわよくば生き残ってくれないか、と。そう願う君の気持ちがよく視える」
「……さすが、お前の洞察力があればそれくらいは軽くお見通しってわけか。で、だとしたらどうする? ルゥルゥやリィリィよりもデスキャバリーの除去を優先したいならそうすればいい。指摘通りその時は《暗夜蝶》でガードせずにスルーしてやってもいいぜ」
「いや、いや。【復讐】持ちの守護者が面倒であるのは確かだが、だからといってコスト軽減効果を有するリィリィや、こちらも【復讐】持ちのルゥルゥを放っておくのはよろしくない。私は次善を好まない。九蓮華エミルが選ぶのは常に最良最善、最高の道。それは君の想う最高とはまったく異なるものだろうがね……とにかく、繰り返すよアキラ君。今から私は形勢を丸ごとにひっくり返すのだ。除去するのはどちらか? 馬鹿を言ってはいけない、抹殺ではなく殲滅! 私が採るのはそういった策だとも!」
「殲滅──つまりお前は、またしても!」
やはりエミルが狙うは、こちらのフィールドの完全壊滅。そう悟ったアキラの警戒が正しいと証明するように、エミルは一枚のカードをファイト盤へプレイする。
「3コスト。エリアカード《クリアワールド》を展開する」
「っ、エリアカードだって……!?」
ここにきてユニットでもスペルでもオブジェクトでもなく、前回のファイトでは見られなかったカード種である『エリアカード』の登場。それにアキラは驚きを隠せない。いったいどんな世界が構築されるのかと舞台上の変化を見守るが……一向に何も起きず、疑問を抱く。
「まさか、不発?」
「いいや、これでいいのだ。《クリアワールド》は無陣営のエリアカード。その名の通りにどこまでも透明、故に私たちの目には変化が映らない。それでもしっかりと世界は書き換わっている──《クリアワールド》の効果を発動する!」
「!」
アリアンや《依代人形》と同じく、無陣営という色のない中立帯に属する特殊なエリアカード。それが果たしてどんな効果を持つのか見当もつかないアキラへ、エミルは墓地から一枚のカードを取り出して示すことでその答えとした。
「一ターンに一度、墓地の無陣営カード一枚をノーコストで場に出す。それが《クリアワールド》の常在型効果だ。よって私はエレノラに戦闘破壊された無陣営ユニット《円理の精霊アリアン》をフィールドへ呼び戻そう。蘇れアリアン!」
《円理の精霊アリアン》
コスト2 パワー1000
ふより、と体重を感じさせない独特の挙動で再びエミルの場へ出現した女性型の精霊。相も変わらずどこを見ているのかわからない浮世離れした雰囲気がある彼女だが、さすがに自分を倒したエレノラに対しての警戒があるのか、どこかさっきまでとは違っているようにもアキラには思えた──あるいはそれは、エミルの変貌と合わせてそう見えただけかもしれないが。
「無陣営カードならなんでも復活させられるのか……! これじゃあ、何度アリアンを倒したって」
「そう、同時に《クリアワールド》の方もどうにかしないことには無駄骨になるね。《依代人形》だって無陣営のカード、復活対象になるのだから尚のこと急いだ方がいいだろう。除去が追いつかなければ私の場はどんどん強固になっていくよ」
互いのフィールドに作用するエリアカードの特性として、《クリアワールド》の効果はアキラにも適用される。彼もエミルと同じく毎ターンカードを復活させられるのだ──けれどそれは言うまでもなく墓地に無陣営カードが落ちていればの話であり、そしてアキラのデッキには緑と黒以外の陣営は採用されていない以上、《クリアワールド》を逆手に取るような真似は不可能。エミルだけが一方的に恩恵を授かることになる。
「アリアンは帰還した。これで私は再びどんな色のコストだって自由自在に生み出せるようになった──」




