209.君だけの理想郷
「あッははハハハハハ! 感じておくれアキラ君! そして受け入れておくれ! 私の愛と期待と未来を! 君も抱き、共に創り上げていくことを──私と歩むことを! その芯から受容するのだ! それが君の正しき物語だと、私がそう決めたからにはね!」
「ック、う、ぐく……、」
エミルの哄笑を耳にしながら、ぐらりと。崩れかけた足に喝をしてなんとか体勢を立て直す──危うく床に倒れ込む無様を晒すところだった。この舞台で、エミルとの再戦の場でそんな情けないことはできない。ムラクモを始めとする教師たち、ミオやチハルという同級生の仲間に、顔も名も知らぬ中級生や上級生。そして未だ保健室で覚めぬ眠りについているコウヤたちにも。このファイトの推移を見守る全ての者へ応えるため、アキラは決して倒れてはならないのだ。
決意の一心から再び持ち堪えた彼に、しかし持ち堪えられた側こそがより有頂天になって。
「これもよく耐えた! 故の、ご褒美だ。さあカードを引き給え! 登場時効果によるブレイクではないため、此度のクイックチェックをポリテクスが封じることはない。祈り、念じ、運命力を高めるのだ。良きカードが引けるように……!」
「言、われなくたって……ドロー!!」
裂帛の気合は、纏わりつき削ぎ落としてくるエミルのオーラを切り裂き振り払うため。己が引き運を最大とするための雄叫びだ。それによってもたらされたカードは、やはりアキラを助けてくれるものだった。
「クイックカード! 《闇重騎士デスキャバリー》を召喚する!」
《闇重騎士デスキャバリー》
コスト5 パワー4000 QC 【守護】 【復讐】
今まで何度となくアキラのピンチに駆け付けてくれた死の騎士が、今回もまた彼を守るべく馳せ参じた。ここが決戦の舞台だとわかっているかのようにいつも以上に猛々しく槍を振り翳した彼は、その黒兜の奥から仄暗い光を放つ眼窩で敵たるエミルを厳しく睨んだ。
それに対してエミルは、そよ風の如くに柔らかく微笑を浮かべて。
「お見事、お見事。きちんと引けたね」
「…………」
「デスキャバリー。これもあの日に見たユニットだが……はは、目の前のポリテクスよりも私にこそ殺気を送ってくるとはなかなかの忠誠心。やはり君はカードをよく従えているね、アキラ君」
「……ああ。ありがたいことに俺のユニットは、俺なんかによく従ってくれているよ」
「おや。前はこういう物言いは嫌いだと怒っていた君が、まさか肯定してくるとは思わなかったよ。どういう心境の変化かな──あるいは。前回の経験に促された、私への感化と捉えてもいいのかな?」
「感化、か。そうとも言えるだろうな。お前のおかげで気付かされたからな……俺に足りなかった覚悟ってものに」
「ほう、覚悟。確かに殺意こそ物足りないものではあったが、しかし私に影響されるまでもなく君のドミネイターたる覚悟は見事だったと記憶しているが。それでも足りなかったと?」
「ああ、まったくな。ドミネファイトに臨むからには、カードは掛け替えのない仲間だ。でも俺と対等じゃあない。プレイヤーである以上、カードを従えて戦う大将にならなきゃいけない──俺はそこに怖気づいていた。元々、臆病な質だからさ。カードが傷付いて傷つけ合って、戦いの道具になっているようで、それが嫌で十年近くファイトから逃げていたくらいだ。未だにその弱さを引き摺っているんだろうな……大切なカードたちを、僕として扱うのを知らず知らず忌避していたんだ」
大切にするのはいい。だが、それでカードを従える立場から逃げ出すのは駄目だ。その責任から目を背けるのは、本当の弱さだ。カードが持つ力を最大限に引き出すためには慮ってばかりいられない。時にはまさしく勝つための道具として、武器の如く、手足の如くに繰る必要がある。それを無意識の内に避けていた己の惰弱を、エミルとのファイトが自覚させてくれた。ドミネイターの持つべき心構えというものに気付けたのだ。
「もうそんな『優し過ぎる弱さ』は俺にはない。それはカードに対してじゃなく自分自身を甘えさせるための優しさだから。かと言ってエミル、お前みたいにカードを手段としてしか見ない『行き過ぎた強さ』もいらない。それは自分に対してじゃなく自分以外の全てを切り捨てるための冷たさだから」
「そうか、それが君なりの結論。ならば君が欲する強さとはどんな強さなんだい」
「ドミネユニットだけじゃなく、全てのカードと一体になること。デッキとひとつになることが、ドミネイターに求められる最高だ。それはただ従えるだけじゃ決して辿り着けない領域。エミル、お前にだって届かない高みだ」
真っ直ぐに指を差す。エミルに向けて突き付けたのは指でもなければ言葉でもなく、心だった。剥き出しの心、思うがままの感情だ。驚くほどに着飾らない、身一つと言っていい明け透けな本心に、それをぶつけられたエミルの眉がぴくりと動く。微笑みが、冷笑にすげ代わる。
「おやおやおやおや──味わったばかりだろうに。気付きと言うのならポリテクスの一撃でこそ見えるものもあったろうに……君が膝を屈しかけたダイレクトアタックは、どうなんだい。ドミネユニットでもないただのユニット、に、ここまでの力を発揮させたのだよ。つまり。君が言うところの最高のドミネイターが成す、デッキとの一体化。それに最も近いのだって過たずこの九蓮華エミルであると。そう証明されたようなものだと私は思うのだが、そこのところ君の見解はどうか?」
「大間違いだ」
「…………」
「繰り返すぜエミル──お前には辿り着けない領域が、ある。どれだけユニットの攻撃に殺意を載せるのが上手かろうと、運命力で自分のカードどころか相手のカードだって好きに支配できようと。『そんなこと』じゃ永遠に届かない高み。それこそが俺の目指す、理想のドミネイターなんだ」
「……ふむ。つまるところ君の中にしか存在し得ない、君だけの理想か。何人たりとも踏み入れない、踏み躙れない夢なりし理想郷。……そんな美しい世界も、私の手にかかればあっという間に染め上げてみせよう。絶望の黒に塗り潰す! 依然私のすることに変わりはないのだ、君が何を願おうと! 望もうと! 夢見ようとも結果は同じ!」
プレイを続ける! 鋭くそう言ったエミルは手札から新たに一枚のカードを抜き出し、ファイト盤の上へ置いた。
「残った2コストを使って、三枚目となる《依代人形》をフィールドへ設置する! これによって君はまたしても《円理の精霊アリアン》を除去するのに二手間を要するようになった──私はターンエンド! この瞬間、ポリテクス第二の能力が発動! 私のエンドフェイズにこのユニットはスタンドする!」
「! ターン終了時の自己起動効果………!」
「加えて言えばポリテクスは【守護】を持つ守護者ユニットでもある。当然《依代人形》と併せてこの子にもアリアンを守ってもらうとするよ──おっとこれでは、アリアンを退かすには二手間以上が必要になるねえ」
「く……、」
またしても出現したアリアンを手厚く守る壁。【守護】と身代わり人形による二重の防御を前に表情を険しくさせるアキラへ、エミルは言い放つ。
「大層な言葉を吐いたのだからそれに見合った戦いぶりを見せてほしいものだ。アリアンを用いた多色戦術くらい容易く崩してくれなくてはね……でなければ」
──やがて来たる終焉が、君の全てを終わらせてしまうよ。
どくんと、鼓動が高鳴った。




