207.トリプルミキシング、連打!
「なんてことだろう。せっかく二体も構えた《依代人形》だというのに、一枚のドローすらできずにどちらも除去されてしまうなんて……ふふ、本当にお見事だよ。予想を覆されたという意味でも素直に帽子を脱ぎたいところだ──が、しかし。それでもまだ足りていないねぇ、アキラ君」
「…………」
「なんと言っても君が最もフィールドから排したかった《円理の精霊アリアン》に関しては、まったくのノータッチ。こうして無事なのだから盤面の解決には至っていない。そうだろう?」
エミルの言葉は正しいものだった。焦らず、順序よく。アリアンの除去に急くあまりプレイミスをしてしまわないよう、そう自分を諫めたアキラだったが。それはつまりこのターン中にアリアンをどうにかすることはできないという一種の諦めでもある。
手数が足りてさえいれば、と。どうしてもそんな風に思わずにはいられない──たとえ最善を選び取ったという自負があったとしてもだ。
(そうだともアキラ君。合計6コストでオブジェクトカードを二枚も退かせたんだ、私に新たな手札を与えなかった点も含めて君のプレイは最善と言っていい。取り得る行動の中でベストを選んだと他ならぬ敵である私が認めてあげよう。だとしても──)
だとしても手が回り切らなかったことも事実。肝心要のアリアンを生かしてしまったからには、そして使えるコストコアももうないことから、この先どんな展開が待ち構えているか。アキラはそれがよくわかっている顔付きで「俺はこれでターンを終了する」とエンド宣言を行なった。
エミルに手番が移る。
「私のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー」
このスタートフェイズにおいてエミルのコストコアは六つ、手札は五枚となった。先のターンでもサタノサティス一枚でこちらの戦線を総浚いにした彼だ、これだけの資源があればおそらくは。そう身構えるアキラに、エミルは柔らかな口調で言う。
「さてと。アリアンの無事を喜び、再びその能力を活かす前に……片付けられるものから片付けておこうか。【好戦】持ちであるサタノサティスで君のゴルダへアタックだ」
《焔魔の巨巌サタノサティス》
パワー3000+
《ブレイカーファング・ゴルダ》
パワー3000
命令と同時にサタノサティスが跳び上がり、獲物の頭上から派手に拳を打ち下ろす。風を切る腕の炎がチチッ、と独特の音を鳴らす──それに対抗するようにギィンと牙を威圧的に震わせながらゴルダが迎え撃たんとして。
「奮闘も無駄だよ。パワーは共に3000、しかし前述したようにサタノサティスにはアタック時自身のパワーを+2000する自己強化能力がある。よってゴルダを一方的に殴殺!」
エミルの言葉通りに、サタノサティスは差し向けられた牙ごとゴルダの全身を打ち抜いてその息の根を止めた。素のパワーは同じでも強化の差が露骨に出た結果となった。そしてサタノサティスにはもうひとつ、アタックに関連した能力があり。
「これも説明した通り、サタノサティスは一度のアタックで二体のユニットへバトルを仕掛けることができる──だが困ったことに君の場に残る《宵闇の妖精ルゥルゥ》はちゃっかりと、黒陣営らしく【復讐】能力を持っているね。それはバトルの勝敗に関係なく相手ユニットを葬る力。さしものパワフルなサタノサティスでも抗えやしない。ここでルゥルゥに手を出しては相打ちになってしまう……あはは。その顔は、アキラ君。やはり君にはお見通しなのだね」
柔らかい声音を、更に軽やかに。更に艶やかに。まるで歌うように喋るエミルのご機嫌は、彼の外見の美しさと相まって見る者を妖しく魅了する色香があった。講堂中が気配に中てられる。エミルの敗北を願う者であっても。アキラの勝利を願う者であっても。ターン毎に、カードに触れる毎に増していくエミルの闘志。膨れ上がる禍々しい殺気に、自身の全てを見透かされ命運すらも握られていると。その状態が普通であり、常識であり、世にあるべき光景なのだと。強制的に、あるいは矯正的に錯覚させられる。
それほどに彼が放つオーラはDA生徒としてもドミネイターとしても。そして一人の人間としても。
異端に過ぎた──異形に過ぎた。
「ああ、構わないとも。この子が死んだとて、非力な妖精に道連れにされたとてなんら惜しむことではない……サタノサティスは処理能力に優れた便利なユニットだが、何も替えの利かない重要なカードというわけでもない。このデッキにとって切り札でもなんでもないのだから、必要十分。ルゥルゥを墓地に連れていくことでお役目御免としておこう」
サタノサティスでルゥルゥへアタックだ、と。宣言の通りに惜しむ様子の欠片もなく彼は自身のユニットを切り捨てる判断を下す。
誰もが予想できたように効果破壊耐性を持たないサタノサティスはルゥルゥの闇に取り込まれ、両者共々に死の旅路へと落ちていった──トリプルミキシング。ミキシングに輪をかけて貴重かつ強力なカードを、あっさりと。「切り札でもなんでもない」と宣いながらみすみす死なせる。このことはそれを良しと思えるだけの、サタノサティスと同等以上に強力なカードがエミルのデッキには大量に眠っていると。そう暗に明かしている。
マズい、とまたしてもフィールドが壊滅したアキラは頬を冷や汗が伝っていくのを感じた。エミルとて場に残されているのは小型ユニットが一体のみ。アキラとそうボードアドバンテージに差はないが、しかし残されたそのユニットがアリアンである以上彼の持つ優位は見かけを遥かに超えている。
「4コストを使い、赤白青のトリプルミキシング」
「ッ!!」
「《無限の従来ポリテクス》を召喚する」
《無限の従来ポリテクス》
4コスト パワー5000 TMC 【守護】 【疾駆】
ずん、と空間を揺らして出現したのは、墓碑。のように見える無機質な天使だった。それは本性をひた隠しにしているときのエミルとどことなく似通った、まるで血の通わないような透明具合。一見してオブジェクトの類いのようにも思えるそれは、けれどユニットであることに間違いはないようで。
「ポリテクスの登場時効果を発動。互いのライフコアの数が三つ以上離れていおり、私の方が少ない場合。この子は君のライフをひとつ奪い、そして私のライフをひとつ回復させる」
「なんだって!?」
プレイヤーのライフコアの回復。如何にも白のユニットが持つに相応しい能力ではあるが、それと同時に相手プレイヤーのライフコアにまで触れてくるとは途轍もない──しかしポリテクスの登場時効果の真の恐ろしさは、ただブレイクするだけに留まらないという点にあった。
「この効果でブレイクされた場合、クイックチェックで引いたカードは問答無用で墓地へ送られる。つまりクイックカードを引き当てたとしても使用が許されないのさ」
「っ、こいつにもクイックチェック封じの効果があるのか……!」
ドロー自体はできるためエターナルの完全封殺とは異なるが、これでも充分に厄介なことには変わりない。墓地送りの目が残されるとはいえ、クイックタイミングでカードをプレイできる可能性が最初から皆無となるのは実利的にも心理的にも大きなディスアドバンテージだ。
「ふふ。ようやくの初ブレイクといこう……カウンターを怖がる必要もないのだから、盛大にね。やっておくれよポリテクス!」
主人の命を聞き、墓碑天使が碑面に無数の輝きを宿し──そこから細く、しかし数えきれないだけの怪光線をアキラ目掛けて発射させた。




