204.無色・三色・完全壊滅
「2コスト。無陣営ユニット《円理の精霊アリアン》を召喚する」
「無陣営のユニット……!?」
《円理の精霊アリアン》
2コスト パワー1000
ふわり、と柔らかな挙動でエミルのフィールドに浮かび上がる小人。アキラの場のティティとは『妖精』と『精霊』の関係故かどことなく似通った雰囲気があり、二人は互いを不思議そうに見つめ合っている。ただアリアンの方は性別不明で表情にも乏しく、ティティ以上に人から遠い印象を受ける。この掴みどころのなさが無陣営の証なのか、それとも精霊そのものが感情に薄いだけかはわからないが。とにかくアキラの目は世にも珍しい色に属さないユニットへ奪われたままだ。
「《依代人形》と同じく無陣営カードのアリアンは、けれどオブジェクトではなくユニットだからね。君のその反応は予想した通りでもあるが、はは。予想以上に驚いてもらえたようで嬉しいよ」
エミルの言葉に、そういえば前に《依代人形》を披露した際に彼が『今後無陣営カードは増えていくだろう』という旨の発言をしていたなと思い出す──その証明とばかりに、早速発展形を入手していたか。エミルの言う通りオブジェクト以上にユニットカードに所属陣営がないというのは、まだ無陣営自体にまったく馴染みがないアキラからすれば尚のこと理解しがたいものがあった……が、それはともかくだ。
「どこにも属さない、精霊のアリアン。いったいどんな効果を持っているんだ?」
初ターンに置かれた《依代人形》を始め、《侵食生者トラウズ》に《神器絶殺アンドルレギオ》と、ここまでは前回のファイトでも見られた既存のカードしか使ってこなかったエミルが、突如として呼び出した未知なるユニット。ともすれば無色という最大の注目点以上に、そこにこそ警戒を寄せるアキラへエミルはさらりとした口調で言った。
「この子の能力は常在型。つまりは場にいる限り作用し続ける効果を持っているよ──その内容は『プレイヤーのコストコアを任意の陣営のものとして扱える』というもの」
「なん、だって?」
「おや、説明が難しかったかい? なら百聞は一見に如かずだ、実践で見せてあげよう……アリアンの怖さをね」
「……!」
エミルはアリアンを召喚するために使用した2コスト以外の、残り三つとなっている未レストのコストコアをアキラへ指し示した。
「ご覧、青色がふたつに黒色がひとつ。つまり私は青の2コストと黒の1コストが使用可能で、それ以外の色のカードは使えないということ。それが常識、ファイトの絶対の法則。だがアリアンならそのルールを書き換えることができる。プレイヤーを色の縛りという枷から解き放ってくれる存在なのだよ。──私は早速その能力を使用し、青の2コストをそれぞれ赤と緑の1コストに変換する!」
「青を、赤と緑に変える……!?」
今度こそアキラは驚愕する。赤も緑も、言うまでもなくエミルのデッキには投入されていないはずの陣営だ。彼が使っていたのは青黒のコントロール寄りデッキ。今も主要カラーが青黒であることに変わりはないだろう──しかし違う、とアキラは気付いた。気付かされた。コストコアの色を自在に操る《円理の精霊アリアン》。それが採用されているからには、そして『期待に応える』という宣言と共にこの場面で呼び出されたからには。エミルのデッキはもはや、単なる青黒混色に留まらず──否、それどころかもはや、陣営という枠組みにすら縛られず。
「そうともアキラ君。この一ヵ月あまりで進化したのは何も君だけではない。強くなったのは君だけじゃあないんだよ──私と、私のデッキもまた! 君との再戦に向けて更なる強化を遂げたことは、教えるまでもないはずだ!」
「ッ……、」
「お見せしよう! 君というもう一人の準覚醒者と出会うことで、初めて心から他者を欲することで辿り着いた我が境地! その一端を君と、この勝負を眺める有象無象へお披露目といこう──3コストで召喚、三色混色ユニット! 《焔魔の巨巌サタノサティス》!!」
《焔魔の巨巌サタノサティス》
3コスト パワー3000+ TMC 【好戦】
拳に爛々と燃える炎を纏った、岩で出来た肉体を持つ悪魔。ずん、と体重を感じさせる地響きを立ててフィールドに降り立ったそのユニットは、今にも暴れ出しそうなほど荒々しい気配を振り撒きながらアキラの戦線を睥睨した。
「ト……トリプルミキシング。三つの陣営に跨るユニット!?」
「混色と言うなら二色だけとは限らない。そうだろう、アキラ君? 無色のユニットもいれば三色のユニットだっているさ──ドミネイションズの世界は日進月歩! 日々進化しているのはカードだって同じなのだからね」
それはまったくもってその通りであるが。しかし無陣営カードやトリプルミキシングがドミネイションズの最先端であることは確かであり、そのどちらも未入手であるアキラからすればエミルのファイトは未来のそれに等しい。欲しい、と元コレクターであり今でもその気が抜け切っていないアキラなので、性能を抜きにしてもなるべく早く手に入れたいところではあるが。
しかし今の彼はコレクターではなくプレイヤー、そして現在ファイト中の身でもある。気にすべきは入手手段やその難度よりもまさにカードの性能の方であるからして、強く首を振って雑念を払う。
「プレイに二色のコストを要求する制約から、ミキシングカードはどれも同コスト帯の単色カードよりも強力な効果を持っている。ということは、更に色が増えて三色も要求するようになったトリプルミキシングともなると……」
「ふふ、答え合わせの前にご名答と言っておこう──《焔魔の巨巌サタノサティス》の登場時効果を発動! このユニットより『高パワーのユニット』と『低パワーのユニット』を一体ずつ破壊することができる! 私が選ぶのはパワー5000の《遠笛吹きのオリヴィエ》とパワー2000の《緑応鹿》だ!」
「なっ……!?」
サタノサティスのパワーは3000、どちらも条件はクリアされている。燃える右拳と更に燃え盛る左拳で、葉鹿と笛吹きを同時に打ち据える岩の焔魔。3コストユニットのそれとは思えない圧倒的な膂力と火力で襲われた二体のユニットは抵抗もできずに殴り焼かれて倒れてしまった。燃え尽きていく両者の灰が散っていく中で、エミルは更なる命令を下す。
「サタノサティスは緑陣営お得意の【好戦】を有している。バトルだ! まずは《恵みの妖精ティティ》へアタックする」
燃える岩拳の一撃が小さな妖精にも降り、ティティは一瞬でその身を散らせて息絶える。しかしこれでサタノサティスは登場時効果もアタックも終わり、唯一小狼だけが悪魔の被害から逃れた──かに見えるが、アキラはエミルが口にした「まずは」という文言を聞き逃していなかった。
「まさか!?」
「そのまさかさ! サタノサティスは一度のレストで相手ユニット二体へアタックすることができる!」
「……!」
まるでグラバウのような能力だ。グラバウは二体までと小規模なことは言わず、相手の場にユニットがいればいるだけ攻撃回数を増やす途轍もない戦闘欲を持ったユニットであるが、しかし、全体アタックこそ叶わずともたった3コストでそれと類型の効果を宿すサタノサティスはやはりミキシングらしく圧巻のコストパフォーマンスであるとしか言えない。最後に残った《ベイルウルフ》までが塵でも払われるかのように容易く撃破される光景に、アキラはそう思わされた。
──アキラの戦線、完全壊滅である。




