202.最高潮、互いに高め合うファイト!
(わざわざ低パワーの《ベイルウルフ》を守った、というよりも。トラウズを除去できるタイミングで除去しておきたかった、といった具合かな? あの顔付きからするとそれで間違いないな。つまり彼にはトラウズが生き残っていては困る思惑があったわけだ──だとしたら答えはひとつ)
アキラが持つ五枚の手札には既に切り札が含まれている──それもおそらく、彼が何より信頼する『ビースト』のユニットが眠っていると。そう見るのが自然だ。だからこそ【復讐】によって大物喰いを生業とする《侵食生者トラウズ》に居座られては厄介と考えたのだろう。故の、守護者になった《緑応鹿》と相打たせての排除を狙った。だがそうしたとて必ずしもトラウズの退場が叶うとは彼も思っていなかったはずだが……それはエミルの目から見て深く考え込んでいるアキラの様相からしても明らかであった。
何をそんなに思索に耽るのか。──彼には彼で、エミルのプレイから見えたものがあったからだ。
(《依代人形》を使わなかった……! あれを使えばバトルでの破壊は無効化されてトラウズは生き延び、やられるのは《緑応鹿》だけ。ひとつだけならともかく《依代人形》はふたつも場に出ているんだ、この盤面ならどちらかを起動させて守ってもいい価値がトラウズには充分あるだろうに。そうしなかったということは、つまり)
それ以上に厳重に守りたいユニットが、エミルの手札には控えている。そうとしか考えられなかった。せっかくのカードパワーを持つミキシングユニットを見殺しにしてまで身代わり用の人形を場に残す理由など他にないだろう。《依代人形》は自身の効果で墓地に置かれた場合、プレイヤーに一枚カードを引かせる手札増強の効果もある。本人が前に言っていた通り「出し得」かつ「使い得」のカードを温存したからには。
「厄介な展開になりそうだ、と思っているね」
「!」
「わかるとも、私だよ? そして君だ。通じ合えなくてどうするというのだ──君だって重々に感じているだろう、この昂りを。もはやどちらがどちらの鼓動なのかもわからないくらいにね」
「……そうだな、しっかりと聞こえるよ。お前と俺の胸の高鳴り。血潮の脈動、湧き立つ細胞の一粒まで。まるで全てがお前と繋がっているように思えてくる……嬉しいぜ、エミル。お前がここまでこのファイトを楽しんでくれていることが」
「それはこちらのセリフだよアキラ君。再戦をそうも心待ちにしてくれて、こうも心躍らせてくれて。そのことが私はとても嬉しい。……だからこそ」
今度こそ完全に君を叩き潰す。
そう言って、エミルはターンエンドを宣言する。彼のフィールドにはオブジェクトが二個設置されているだけ、ユニットはいない。つまりがら空きだ。ならばアキラがやることはひとつ。
「俺のターン! スタンド&チャージ、ドロー! 《ベイルウルフ》でエミルへダイレクトアタック!」
「…………」
迅速果断の攻撃命令。飛びかかってきた小狼に対しまたしてもエミルはなす術なくライフコアを散らされた。それはまるで先のターンの再現のような光景であったが、しかしその結果だけは違っていた。
「クイックチェック──の前に」
「!」
聞き覚えのある文言にアキラの目が見開く。通常ならブレイクとクイックチェックは一連の流れとして行われる、そこに割り込む効果処理と言えば。
「私のライフコアがブレイクされたことで手札から効果発動。このユニットは自身を無コストで召喚することができる──おいで、《神器絶殺アンドルレギオ》」
《神器絶殺アンドルレギオ》
コスト7 パワー8000 MC 【守護】 【呪殺】
ずるりと空間の歪から這い出てきた巨大なワーム。またしてもミキシング、それも大型ユニットの登場にアキラは歯噛みする。アンドルレギオの厄介さを彼は既に履修済みであるからして、エミルは目に見えた反応に上機嫌だった。
「はは、このユニットのこともよく覚えているようだね。当然か、忘れられるはずもない……君の最高の切り札である《エデンビースト・アルセリア》。ドミネユニットたる彼女を退けたのが、他ならぬこのアンドルレギオであるからには」
「……!」
「だが残念だ。今はこの子の高い殺意も発揮しようがない……アンドルレギオの登場時効果を発動、相手ユニットの破壊と手札に戻す処理を順に行う。手札へのバウンスに関しては一体のみだが、破壊できる数はライフコアがブレイクされた数に相当する。まあ、《ベイルウルフ》は【重撃】なんて持たない通常のユニット。よってアンドルレギオが破壊する数も一体きりに収まる……どのみち君の場には《ベイルウルフ》しかいないから関係もないがね」
前回のファイトではアルセリアの【重撃】、一度にふたつのライフコアを奪ったアタックに反応して出てきたために、アキラの場を壊滅に追い込んだアンドルレギオだったが。現状はその圧倒的な処理能力を十全に活かせる舞台が整っているとは言い難かった──それでもエミルがここでアンドルレギオを呼ぶことを選んだのはアキラに対する示威か、それとも。
「《ベイルウルフ》を念殺! バウンスに関しては対象となるユニットがいないために不発だ。それからクイックチェックでカードを一枚ドローする」
此度も発動はなし。エミルは引いたカードを手札に加えるだけに終わった。クイックカードでの追い打ちがなかったのは幸いだが、しかしそこ以外からこんなものが出てくるとは。藪を突いて大蛇が飛び出してきた感じだ、とアキラは薄く息を吐く。これだからエミルのライフを削るのは神経に悪い。前回も使われたカードであるだけに警戒はしていたのだが、警戒したとて対策のしようがないのも攻撃の苦しみに拍車をかけていた。
苛烈に攻め立てているように見えるアキラだが、その実内心ではドキドキだ。決して恐れ知らずに踏み込んでいるわけではない。ただ、恐れるばかりでは勝てやしないと。エミルに挑むからにはどんな苦難だろうと「楽しんでみせる」という気概が必要だとわかっているだけに、彼は踏み止まることをしないのだ。
エミルとどう戦うか。それはとっくにアキラの中で定まっている、故に。
「アンドルレギオくらいで怯みはしない! 俺は《恵みの妖精ティティ》を召喚、登場時効果発動! デッキからカードを二枚ドローし、その内の一枚をコストコアへ変換する!」
「ふむ。変換されたのは、《ダークビースト・マリナス》か。私の知らないミキシングカードだね。それはともかく、ミキシングの特性としてチャージされる際はレスト状態で置かれる。せっかくスタンド状態でコストコアを増やせるティティの能力でコアゾーンへ置くには勿体なかったんじゃないかい? ミキシングはやはり場に出してこそだろう」
理に適ったエミルの指摘に、アキラは返答をしなかった。否、そこからのプレイングこそを彼への答えとしたのだ。
「──『ミキシングカードがコストコアとしてコアゾーンに置かれた』この瞬間、手札から効果発動!」
「何──、」
「このユニットを無コストで召喚することができる! 来い、黒緑のミキシングユニット! 《遠笛吹きのオリヴィエ》!」
《遠笛吹きのオリヴィエ》
コスト6 パワー5000 MC
山羊のそれに似た二本の角を頭から生やした、美しい顔立ちの男性ユニット。華やかながらにどこか儚げな印象の彼は、登場してすぐに自身の口元へ粗末な意匠の施された手作りの笛をあてがった。
「私のアンドルレギオと同じく、自己召喚効果持ちのミキシングユニットを君も……!」
驚きながらも口角を上げるエミルの見つめる先で。オリヴィエの艶やかな唇から息を吹き込まれた笛が、どこまでも透き通るような、それでいておどろおどろしくもある音色を周囲へと響かせた。




