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200.想いの募るファイト!

「《ベイルウルフ》、か。なんともね」


 呼び出された1コストユニットを眺めながら、エミルはその名を復唱した。小さな呟きではあったがそこにはハッキリとした侮りの響きがあった。それを敏感に聞き咎めたアキラは、小狼と一緒になってエミルへ厳しい目を向ける。


「俺のユニットがどうかしたのか?」


「どうもしないさ。どうともできそうにないから、少し不満なだけで」


 アキラのデッキには同じ緑陣営の1コストユニットとして《ワイルドボンキャット》が投入されている。それは以前のファイトで知り得たことであり、先ほどのイオリとのファイトから現在も続投されているのが確認できている。舞台へ上がる前にイオリやムラクモと会話をしていたエミルなので、その間にアキラが構築を変えている可能性もあるが……だとしても今彼が使っているデッキにも変わらずボンキャットは採用されているはず。そしてもちろん、投入枚数は上限目一杯の四枚だろう。


 1コストでコアブーストが叶う有用なユニットだ、デッキに入れるならフル採用以外あり得ない。そこはいい。ただし、それを前提に考えるのであればボンキャットに加え《ベイルウルフ》まで1コスト枠として入っているのは少々……いや、大分。その採用は著しくデッキバワーを落とすものであると指摘せざるを得ない。


「確かにボンキャットのみよりも他のユニットを足せば、先行一ターン目に動ける確率もぐっと上がるけれど。しかしそのためになんの効果も持たない、序盤くらいでしかカードパワーを発揮できない《ベイルウルフ》をわざわざデッキに入れる選択はよろしくない。それが活きるのはそれこそ一ターン目にどうしても動く必要のある速攻戦法、前のめりの構築をしたデッキくらいのもの……こんなことは今更私が教えるまでもなく、DAの生徒である君なら重々に承知していることのはずだね?」


「ああ」


「ならその《ベイルウルフ》はいったいなんのつもりかな」


 ウルフが何枚投入されているか、そこまではさしものエミルであっても予想はできないが。だが何枚が正解であろうといずれにせよ、そもそもウルフの採用自体が必要とは思えないのだから数など関係ない。これはアキラのデッキが決して速攻に寄ったものではないと確信しているからこその疑問でもあった。


 アキラとてわかっているはずだ、あの時のように早期決着を望むようなやり方では自分に敵うはずもないと──そこをあえて更に磨かれた速攻でもって一瞬の勝利を目指す、というのであればなるほど思い切った策だと多少の感心もするが。けれど、それではどこまで行っても感心止まり。正しくない方へ向かってしまったことに落胆は隠せない……よもやアキラがそのような情けない真似をするわけがないと、エミルは


 ロコルに出奔によって逃げられ、イオリに期待を裏切られ。家族にすら一切の信頼を向けないエミルは日ごとにその信条をより正しいものとして強く信じるようになっているが、そんな彼が自分以外に唯一信じられるもの。信じたいと思えるドミネイターが、この若葉アキラであるからして。


 だから他の者よりも厳しく審査してしまうし、まさかアキラまで己が期待を裏切るつもりではないかと勘繰ってしまう──信じているはずなのに疑ってしまう。そんな、普段の彼が侮り蔑む凡百の人間たちと同じような感情の波が自身の胸中に起こっていると気付くこともなく疑問のまま訊ねたエミルに、アキラは確固とした意志を感じさせる口調で答えた。


「心配しなくていい」


「! ……、」


「せっかくの再戦リベンジなんだ、慣れない速攻を選ぶなんてつまらない真似をして台無しにはしない……第一、万が一にそれで勝てても俺は嬉しくない。お前の全力を拝まずにファイトを終わらせるなんて勿体ないことだからな」


「ほう……つまり君は私の全力を歓迎すると。その上で私を捻じ伏せる魂胆であると、そういうことなのだね」


「そのために俺も、俺のデッキもあの日から大きく変わった。進化したと言ってもいい。俺も出し切れる全力で以てお前を満足させてみせるから──だから余計な心配なんてしてないで、そっちも遠慮なくこい!」


 フィールドでは《ベイルウルフ》もアキラの気勢に応じて勇ましくひと吠えする。このユニットもまた、自分を倒すためにアキラが選び抜いた一枚。短期決着のためではなく、あくまで自身が望む本当の勝利を掴むためにデッキへ入れられたものである……果たしてその構築がどういったものか、アキラの言う「進化」がいったいどんな変化を指しているのかは、まだエミルにも杳として知れることではないが。


 けれどその『わからない』という事実が、今のエミルを最大限に楽しませていた──()()()()とした気持ちを芽生えさせていた。


「……こんなにも落ち着かないのは、初めてファイトを経験して以来かもしれないな。君が見せたドミネイト召喚にも大層魅せられはしたが、しかし今の私を突き動かす衝動はあの時を遥かに超えている。ああ本当に、楽しみで仕方がないよ若葉君──いや、アキラ君。このファイトでなんとしても君を私の物にしてみせる」


「できるものならな、エミル。俺はこれでターンエンド! そっちのターンだ」


 ウルフを召喚しただけ。一手だけでアキラの初ターンは終わった──当然だ、使える1コストを消費しているのだからこれ以上彼にできることはない。それは後行とはいえチャージだけでは最大2コストしか溜まらないエミルにとっても同様ではあったが。


「私のターン。スタンド&チャージ、そしてドロー……このスタートフェイズの終わり際、アクティブフェイズへ移行する前に私はディスチャージを宣言する。これにより私は命核ライフコアをひとつ犠牲にして魔核コストコアをひとつ増やす。それを使って、コスト2。無陣営のオブジェクトカード《依代人形》をフィールドへ設置する」


 人の形をした、黒い紋様の描かれている藁の塊。どこからともなく出現したそれにアキラの顔付きが変わる。


「《依代人形》……他のユニットやオブジェクトが取り除かれるのを肩代わりするカード」


「ちゃんと覚えていてくれたね。そう、前回の君とのファイトでも役立ってくれたカードさ。だけどその様子からすると、一ターン目。守るべきユニットもいない内からこのオブジェクトを出した意図がいまいち読めない……といったところかな?」


「…………」


「図星のようだ。もっともの疑念だと思うよ」


 くすりと笑ってエミルは、自分の周囲に浮かぶライフコアのひとつへ手を添えて囁くように続けた。


「なに、私なりの敬意の示し方さ。もしも紅上君たちとのファイトのように、君に対しても一度のブレイクも許さない完全試合を目論むのであれば、ここで《ベイルウルフ》を処理するなり守護者を立てるなりするところなのだが。しかしそうしようとして紅上君には手傷を負わされてしまった上、まさか今の君を相手にパーフェクトゲームが達成できるとは思わない。流石の私だって、自分と同じ準覚醒者を前にそんな自惚れた考えは持たないさ」


 だから、おいでアキラ君。とエミルはまるで攻撃を誘うように、諸手を上げて迎え入れるようにして言った。


「速攻に頼らないとは言っても、攻められる時にあえて攻めない。という択を採るほど慎重にもならないと、君の闘志はそう言っている。ターンエンドだ」


「──俺のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー!」


 手番が回ってきた途端に素早くスタートフェイズを終えたアキラは、このターンから行えるディスチャージの権利を使うことなくアクティブフェイズへ。


「お望み通り! 無防備な内に攻められるだけ攻めさせてもらおうか──《ベイルウルフ》でダイレクトアタックだ!」



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