194.若葉アキラに見えるモノ
《エデンビースト・アルセリア》
Dコスト パワー3000 【重撃】 【疾駆】
アキラが放った光に導かれるように、あるいは導いた先の印のように。空間を叩き割って異次元より姿を現わした巨大な少女に悠然と見下ろされ、イオリの背筋に震えが走る──それは紛れもなく恐れであり畏れ。まるで神に許しを請う信徒のような気持ちを自分が抱いていることに気付いた彼は、ギチリと強く歯を鳴らした。
あれほどの威圧感があった《キングビースト・グラバウ》と比較してなお遥かに。高重力の惑星がそこに出現したかのようなこの圧倒的な存在感は、確かに。ドミネユニット。エミルが操る《天凛の深層エターナル》に匹敵する強度と脅威を感じさせるものだ……だが、しかし。アキラがドミネイト召喚を成立させた、そこだけは認めるとして。しかしその「方法」がイオリには大問題だった──腑に落ちない。納得がいかない、と言ってもいい。何せドミネユニットを呼び出すために必要となるのは捧げられる贄なのだ。
兄のエターナルが『三体のミキシングユニット』を食らって登場することを知っているイオリは、故にアルセリアの召喚条件に疑問を持たずにいられない。
「どういうことだっ? 何故グラバウだけでなくイオリの場の《ダークビースト・マリナス》までが贄になったのです!?」
「別に難しい理屈は何もないよ。アルセリアの召喚条件はフィールドのビーストユニットを二体以上取り除くこと……そこに『自分のフィールドのみ』という指定はない。つまりイオリ、君のフィールドにいるビーストだってアルセリアを呼び出すための素材にすることが可能なんだ」
「なん、ですって……!」
なまじエターナルをよく知るだけに、その召喚条件となる贄があくまで使用者のユニットと限定されているだけに、まさか自他のフィールドの区別なく贄を食らうドミネユニットがいるとは想像だにしていなかったイオリだ。もしもこういったドミネイト召喚もあるとわかっていれば──いや、たとえ事前にこの事実を知れていたとしても、マリナスのような強いユニットを奪うより除去することをイオリが優先できたかというと怪しいところではあるのだが。
だからイオリが知るべきだったのは、アキラそのもの。彼の操るアルセリアの情報も含めて知れるだけのことをエミルから聞き及んでおくべきだったのだ。彼の口から気になるその名が出た時点で計算高いイオリは排除も算段に入れていたのだから、そのためには油断も慢心もせずに全力を尽くすべきだった。情報収集と対策を練るのも当然に実力の内。迷いなくそう思えるイオリなのだから迷わずそうすべきだった……。
とはいえ。そんな弱者よろしくの小賢しい努力を、よりにもよってエミルを頼って行うことはイオリにとってかなりのリスクを孕む。仮にアキラの強さを正しく認識できていたとしても、九蓮華としての誇り。そしてエミルからの評価を気にして結局は無策のままに挑んでいた可能性が高いだろう。なので、おそらくどっちみちのことではあったのだ。
こうして相手の力を『奪う』という得意戦術が裏目に出るのも、イオリにとって最悪の形でドミネユニットの登場を許してしまうのも──全てはなるべくしてなった結果である。
「君の場にユニットはもういない。俺の場にもアルセリアのみ。本当にさっぱりとしたもんだな……あとは。君の身を守るそのライフコアを消し飛ばせば見通しも更に良くなる」
「ッ……、」
「防ぐ手立てはないだろう──アルセリアの条件適用効果を発動! このユニットの召喚のためにフィールドから離れたビーストユニットの合計パワー、その数値によって得られる能力が変わる!」
「パワーの数値によって……?」
「そう、合計値が5000以上であれば相手ユニット一体を破壊する起動型効果を得る。7000以上であればパワーが+7000される。そして9000以上であれば二回攻撃と相手のカード効果を受けない耐性を得る──捧げられたグラバウとマリナスのパワーはそれぞれ7000と4000、合算は11000! よってアルセリアは全ての能力を得ることができる!」
シン・アルセリア。潜在能力の全てを解き放った状態の彼女はアキラと同じく眩い光を全身から放ち出す。まさに「神々しい」としか表現できないその威光は、イオリに自身の結末を予感させるに足るものであった。
「こ、これは……これが、あの兄さまにも目を向けられるあなたの力!」
「感じたかイオリ。そうだ、エターナルが君の兄の意志を現すものであるのなら! アルセリアは俺の意志をその身に宿す化身! 君を倒すに相応しいユニットだ!」
アキラの宣言。そして赤い月を思わせるアルセリアの瞳が真っ直ぐにイオリを射貫く。鋭く、妖しく、激しく突き刺さるその視線に彼は言葉を詰まらせた。
「アルセリアは元々【重撃】を持つ。その上で二回攻撃を得ている、からには。君の残りのライフコアを全て奪い去れる計算になるな」
ぬばたまの効果を使うために自らライフを削ったイオリは、既にアルセリアの攻撃による致死圏内にいる。そのことに気付いて顔を歪める彼に構わず、アキラは高々と相棒へ命じた。
「アルセリアでイオリへダイレクトアタック! 一撃目だ!」
「ぐぅ……ッ、」
アルセリアの素早い飛翔、そこから繰り出された両腕での一撃はイオリを守るライフコアを二個まとめて吹き飛ばした。一度のアタックでふたつライフを減らすのが【重撃】。これでイオリはあと一撃アルセリアから攻撃されればその時点で敗北が決まってしまうこととなった──馬鹿な、と彼は焦燥と困惑の中でクイックチェックによってデッキから引いたカードに縋る。
「ク、クイックスペル《凶乱動地》を引きましたよ! このカードはアタック済みの相手ユニット一体のコントロールを奪える──対象は当然、《エデンビースト・アルセリア》!」
「無駄だ、アルセリアには相手カードの効果を受けない耐性があると言ったはずだ──もちろん予想していたさ、その手のクイックスペルも君のデッキなら入っているに違いないとね。だけど全効果が適用されたシン・アルセリアにはまったくの無力! 俺の相棒の支配は君にだって奪えやしない!」
「ッッ……!!」
青のクイックスペル《凶乱動地》は不発に終わり、もう一枚の引いたカードもどうやらこのタイミングで使えるものではないらしく、イオリの動きが完全に止まる。そうなればもうアルセリアは、アキラは止まらない。ファイトの決着へ突き進むのみだ。
「アルセリアでイオリへ二度目の攻撃! ファイナルアタックだ!」
「そんな、嘘だ……イオリがこんな奴に! 九蓮華でもなければ御三家でも高家でもない、在野のドミネイターなんかに屈するなんて……こんなの──」
あり得ない、と。そう言い切る間もなくアルセリアによるトドメの一撃は放たれ、残りふたつのライフコアも砕け散った。それと同時、まるでイオリ自身のプライドまで粉砕されたかのように彼の身体からは力が抜け、がくりとその場に膝をついてうな垂れる。
九蓮華エミル、ライフアウト。ファイトはアキラの勝利で終幕した。終わってみればイオリは一度しかアキラのライフを削れておらず、ターン数もそこまでかかっていないあっさりとした内容であった。明らかに実力差の垣間見える決着。そんな負け方を己がした、それが余計にイオリの自尊心に深い傷を残したのだろう。
ぽたりぽたりと、彼の目元からは流れるものがあった──。




