191.全てを欲する者
「ミキシングのユニット、ですか……うふ、うふふふ。まさかそれがあなたのデッキに入っているとは」
それは言わずもがな入手困難な希少カードだ。ようやく日本のランカーたちにもちらほらと採用者が出始めたくらいで、まだまだ市井には行き渡っていない混色カードであるからして、いかに天下のドミネイションズ・アカデミア。その生徒であったとしても容易にデッキへ組み込めるようなものではない──そんな代物をよもや、よりにもよってこの若葉アキラが手にしているとは。何か強力な伝手でもあるのだろうか?
ひょっとしてエミルが彼に注目しているのは、ファイトの実力以上にそこを目当てにしているのではないか……などと嫉妬混じりの益体もない考えを浮かべてしまう程度には、イオリの感情は荒れ狂っていた。
(欲しいっ……! 兄さまも使いこなすミキシングを、いい加減にイオリだって武器にできていいはず!)
九蓮華の八兄弟においても真っ先にミキシングを取り入れ、そこから更に強さを伸ばしたエミルだ。現当主である父の計らいでエミルに次いで上の兄や姉たちにもミキシングが下賜され始めているが、ロコルと並び末っ子であるイオリにまでその流れが届くのはもう少し先のことになるだろう。エミルに劣っていることを認められない愚か者たちの、後塵を拝す。そんな屈辱の扱いに怒りを堪えつつも必死に耐えているところだというのに、アキラは、エミルからの期待も厚い彼は、既にミキシングまで手にしているというのか? ……これを許しておけるほど九蓮華イオリという少年の業は浅くなく。
「俺はターンエンドだ」
「イオリのターン! スタンド&チャージ、ドロー!!」
わだかまる激情を噴出させるように、アキラのエンド宣言の途端に自身のターンへ移行。勢いよくデッキからカードを引いた彼はすぐに一枚のスペルを唱えた。
「2コストで《未練の末路》を詠唱! このカードは相手ターンに破壊された自分の場のユニット一体をコストコアへ変換するもの。……イオリが変換対象に指定するのがどのユニットか、あなたにはわかりますか?」
「そっちの場で破壊されたユニット、ってことは──」
「お察しの通り! イオリが指定するのはマリナスに破壊された《幻妖の月狐》! あなたの墓地にいるそのユニットですよ!」
青陣営のコストコアブースト用のスペル《未練の末路》は、イオリの説明通りに青らしく一捻りされた効果を有している。直前のターンでユニットが破壊されていなければプレイが叶わないという点だけに着目すれば単に緑や赤の類系スペルに劣るだけのカードであるが、しかし今回のようにコントロール奪取と組み合わせると独特の挙動が叶いもする……イオリがこのカードを採用している目的はまさにそこにあった。
「イオリの場で破壊されてさえいれば元の持ち主が誰であろうと関係がありませんからね。うふふ、若葉アキラ。あなたがやったのと同じことを、これまでイオリが戦ってきた連中がしてこなかったと思いますか? 戻ってこないなら倒してしまえばいい、などと安直にねぇ……そうやって取り返したつもりになっている相手にはこれでもう一度奪ってやるんです」
「奪った奪われたにとことん拘るんだな、君は」
「当然ではないですか、イオリは奪うのは好きですが奪われるのは大っ嫌い。到底に我慢なんてできないものですから!」
さあ、効果処理です! その言葉と同時にアキラの墓地から《幻妖の月狐》のカードが浮かび上がり、まるで吸い寄せられるようにイオリの下へ。そのままコストコアゾーンへと収まってしまった。二度奪われた月狐は、今度はフィールドの戦力としてでなくイオリのプレイを手助けする魔核として彼の力になるのだ。無論、コアになってしまった彼を取り戻そうとするのはユニットとして倒せばよかった先ほどとは訳が違う──難度が違う。相手のコストコアへ触れられる変則的な戦術をアキラは取らないし、そもそも緑にそういったカードが(彼の知る限りでは)存在しない。
コアデス(※相手のコストコアを減らす戦法の通称)を得意とするのはそれこそイオリの使う青陣営や、あるいは黒陣営あたりとなる。アキラのデッキには黒も投入されてはいるが無論のこと、投入理由はそんな特殊な戦法を取るためのものではないからして。つまりこのファイト中にアキラが《幻妖の月狐》を奪い返せる確率は限りなく低くなった……率直に言ってしまえばほぼゼロになった。それを指してイオリは悦に浸っている、のだが。
「そうか。だけど俺は別に拘らないよ、月狐が今どこにいたって。だってイオリ、君を倒すことが奪われたカードを取り返す最良にして最短の方法なんだからな。もう一度言うよ──俺の予定に変更はない。依然変わらずだ」
「っ……!」
その言葉はつまり、イオリが何をしようとも。どんなセリフを吐こうがどんな戦法を取ろうが、微塵もアキラは揺らがない。イオリでは彼を動揺させること能わず、それ即ち彼にとってイオリは「なんともない相手」である──「どうでもいい相手」であるという意味。少なくともイオリ自身はそう受け取った。
現に、あてつけとして月狐を再度奪ってやったというのにアキラの表情には怒りも悲しみも一切ない。それどころか、どこか自分に対する憐れみのようなものまで感じる。──ふざけるな、とイオリは思う。憐れまれるべきは今から負けるお前であって自分ではない。断じて己は見下される存在ではないのだと。エミルをしてその執念を蛇に喩えられる彼は、まさしく鎌首をもたげる一匹の蛇の如くに手札から一枚のカードを抜き出した。
「イオリを倒せば取り戻せる? ハッ、その目障りな余裕が! 果たしていつまで続くのか見物ですね──ターンが終わっても同じことを言えたなら褒めてあげますよ! 月狐を加えて残り三つとなったコストコアをレストして、この子を召喚します! 来なさい、二体目の《誘うぬばたま》!」
「!」
既に二体目を手札に抱えていたのか──ぬばたまの能力は今し方披露されたばかりなので、この後に何が起こるかもアキラには予想でき、その読みに違わずイオリは。
「ぬばたまの登場時効果を発動。ライフコアをひとつ犠牲とし、相手の場のユニット一体を奪い取る! イオリが指定するのはもちろん《ダークビースト・マリナス》! 寄越しなさい、そのミキシングユニットを!」
「く……!」
マリナスと言えどもぬばたまの幻惑の視線に抗う術はない。もしもその効果を無力化できるとすれば『効果の対象にならない』やそもそも『効果を受け付けない』といった強力な耐性が必要となるが、そういった能力は言うまでもなく希少である。いくらミキシングと言ってもマリナスの力は大半が戦闘面、相手ユニットの除去能力に割り振られており、耐性面での強固さは皆無と言っていい。その隙をまんまとイオリに突かれた形となった。
先の月狐同様、ぬばたまに誘われるがままにふらふらとした足取りでイオリの軍門へ下るマリナス。くるりと向きを入れ替えた彼女が構える長槍、その刃の先にはアキラがいる。
「あははは! あなたの切り札をゲットです! イオリのために強いユニットを召喚してくださってありがとう、この子の力は存分に役立たせてもらいますよ──あなたを惨めな敗北者へと仕立てるためにねぇ!」
「…………」
──『ビースト』のカードが自分に牙を剥く。ファイトにおける初めての体験、そして敵として向かい合って改めて感じさせられるマリナスの力強さにアキラは……ワクワクとした気持ちを抱いていた。




