19.泉ミオは超天才児!
「九歳……! 飛び級受験の資格者だって!?」
ただでさえ超難関と言われているドミネイションズ・アカデミアへの入学。それに九歳という、他の受験生と学年で言えば三つも離れている子がチャレンジしているとは──チャレンジできているとは。飛び級受験なる制度の存在すら知らなかったアキラからすれば信じ難い話であった。
「知らなくても当たり前だって。この制度、ボクのために用意されたようなものだし」
「君のために?」
「そ。ボクのパパがDAで教師しててさ。超天才のボクだから、わざわざ他の受験生と足並みを揃える必要もないってことを学園長へ進言して、飛び級受験っていう新しい制度が生まれたんだよ」
ただしその資格者に相応しい試験として、予選のペーパーテストは通常よりも難度の高い内容になっていたのだが……それを軽々とパスしたために泉ミオはこうして本試験の会場にいる。ちなみに彼はそれが高難度のテストであったことにすら気付いていない。あまりにも簡単だったために、もっとちゃんとした試験にしなくていいのかと逆に心配したくらいだ。
「でもそんな制度ができたってことは……それが知られれば来年からは年齢に関係なく、小学生ドミネイターの全員がDAを受験するようになって大変なんじゃ」
たとえ落ちるにしたって何度も挑戦できるというだけでも意義はある。チャンスは多ければ多いほどいいし、受験という独特な大一番を経験して場慣れするというメリットもある。DAを目指すドミネイターであれば幼い内から挑戦しておくに越したことはない……とアキラが来年以降の合格倍率が数百倍どころか数千倍、数万倍になってもおかしくないとおかしな危惧の仕方をすれば。
「そんなことにはならないよ。飛び級受験の資格はそう安々と手に入るものじゃないんだ。ボクだって実績を示したからこそ受験することを認めてもらえたんだし」
「実績?」
「そう。興味なかったからそれまで出たことなかったんだけど、今年の全国大会の小学生の部でね。ちょっと優勝してみせたんだ。それでOKを貰えたってわけ」
「ぜ、全国大会優勝……!」
優勝の実績欲しさにふらっと出て、そのまま本当に優勝してしまう。そんなことができるなら確かに彼は天才を自称するに相応しく、また飛び級でDA入学に挑むのにも納得がいく。
「優勝って言っても所詮は注目度の低い低学年の部だから、そう大したものでもないけど。でも実力を示すにはそういう箔をつけるのが一番だからね」
低学年の部は高学年以上の部と比べて牧歌的というか、子供たちのためのイベント的な色が強い。無論真剣に優勝を目指して参加している子もいるが、それ以上にレジャーの感覚で親に連れて来てもらう子の方が圧倒的に多いのだ。形式もトーナメントではなく今回の本試験のようにランダムに指定された相手とファイトを行ない、勝ち数の最も多い子が表彰されるというシステムで、それ故に一度に複数の優勝者が出ることもままある……が、ミオの場合は全戦全勝しており、他に戦績で並ぶ子がいなかったために一人でトロフィーを受け取ったのだった。
ちなみに、ありし日のコウヤやオウラも大会に出ており、同じトロフィーを貰っている。
「とにかくボクは天才で、特別だってこと。そんなボクから見てもお兄さんは見込みあるし、ちゃんと祈っといた方がいいよ」
「祈るって何を」
「あと二戦の内、ボクと当たっちゃわないことをさ」
「……! いや、君と当たるなら望むところだ」
誰が相手でも勝つ。その気持ちでいなければ、仮に受験に受かったとしても魔境とまで称されるDAで通用するとは到底思えない。故に天才少年の挑発にも──彼自身には挑発したつもりなど微塵もなかったろうが──臆することなくそう返したアキラに、ミオはひゅうと口笛を吹いた。
「言うじゃん。ま、精々がんばってよ。そろそろ一戦目のファイトも全部終わりそうだしボクは行くね」
もうすぐ二戦目が始まる時間。それを意識すると自ずと体が固くなってしまうアキラだったが、対するミオはあくまでも緊張などどこ吹く風といった調子の、実にのんびりとした足取りで去っていった。人混みに紛れて彼の小さな背中が見えなくなった時、まるで見計っていたかのようにモニターがついた。画面に映っているのは、例の異様に覇気に欠けるムラクモ試験官である。
『えー、全ファイトが終了したのでこれから二度目の対戦通知が行われます。先ほどと同様各々指示に従ってファイトを初めてください。……それから『通知が鳴らなかった』場合は残念ながら失格ですので、速やかに会場から退出するように』
「失格……」
ムラクモ試験官の温度のない言葉にアキラだけでなく会場中が動揺を見せた、そこに鳴り響く通知音。しかし一度目のそれよりも明らかに喧しくない……ということは、そんな差ができるほどに音が減った。つまりは多くの失格者が出たということでもあった。
「あ──、」
戦う相手を探すよりも、自身のドミホが鳴らなかったことですごすごと会場から出ていこうとする受験生たちへと目がいき。そしてその中に、一戦目の対戦相手だった少年を見つけたアキラは冷たい指先に背筋を撫でられたような気分になった。彼は駄目だったのだ。そうさせたのは自分。ここではたった一度の敗北が夢の全てを終わらせる──その厳しい現実を突き付けられて、アキラは。
「……探さなきゃ。倒すべき相手を!」
心を奮い立たせ、ドミホの表示に従って進む。立ち止まってはいられない。負かした彼のためにも、自分は戦わなければならない。そして勝たねばならない。そうすると決めたのだから──だから。
「! どうやらお前が俺の次の相手か? へへっ、大したことなさそうで安心したぜ。また楽勝で勝ってやるよ」
「…………」
小学生にしてはとても恰幅のいい、いかにもガキ大将といった風情の少年が細い体躯のアキラを嘲笑う。顔立ちが柔和で、どちらかと言えば少女的でもあるアキラはよくこうして見知らぬ相手から侮られることがあった。
「わかるよ、泉くん。見かけで馬鹿にされるのってイヤな気持ちだよね……でも今は逆にありがたいかな。相手にとっても俺にとっても、油断するようならそれも含めての実力だ。勝ちが欲しいなら悪い相手じゃあない」
「ああ? 何をぶつぶつ言ってんだ? ほら、早くファイトの準備をしろよ。さくっとぶっとばしてやっからよ!」
「──ライフコア展開、手札を五枚ドロー」
「「ドミネファイト!」」
◇◇◇
「ぶべえっ!?」
「これで君はライフアウト。俺の勝ちだ!」
一戦目よりも早くファイトが終わった。結果はアキラの勝利。一度も優勢にすらなれず負けてしまった恰幅のいい少年は、尻もちをついた体勢で目に涙を浮かべている。
「お、俺がこんなひょろっちい奴に負けるなんて……そんなのありっこねえ! 何かしたんだろ、イカサマとか! そうに決まってる! こんな勝負無効だ、試験官に訴えてやる!」
「ドアホかてめえ。ドミネファイトでイカサマしたらその時点で敗北判定が出るだろうが。ズルい真似なんかできっこねえよ──だから世界中でこんだけ流行ってんだし、強いドミネイターは尊敬されるんだろうが」
「っ、なんだよお前! 関係ない女が急に口出してきてんじゃねえ……あでででっ!」
正論で諭されてバツが悪かったのか、逆ギレして詰め寄ろうとした恰幅のいい少年だったが。逆に腕を取られて捻られ軽々と締め上げられてしまった。その少女の腕っぷしと、そして勝ち気な笑みにアキラは見覚えがあった。
「コウヤ!?」
「よ、アキラ」
「なんだよ、お前ら知り合いかよ! 痛いから放せって!」
「そーだ知り合いだ。だから無関係ってこたぁねえんだよ。──これ以上アキラにクソ下らねえ暴言吐くようなら、痛い程度じゃ済ませねえぞ」
「ひっ……」
「大人しく負けを受け入れるよな? てめえだってドミネイターなんだから」
「わ、わかった。もう何も言わねえよ」
「おお……さ、さすがコウヤ」
粗野な少年をそれ以上の粗野で抑えつけたコウヤ。男である自分よりよほど男らしい幼馴染に、アキラは思わず感嘆の拍手を送ってしまうのだった。