189.九蓮華イオリの得意戦法!
「続けて、《ワイルドボンキャット》が変換された2コストを使ってこのユニットを召喚する──来い、《幻妖の月狐》!」
《幻妖の月狐》
コスト2 パワー2000
ぽん、と薄煙と共にフィールドに現れたのはいつもの白い狐。慣れた様子でそのユニットを呼び出したアキラと同様に、狐自身も手慣れた所作でそれを行なう。
「登場時効果発動、デッキからカードを一枚ドローして、その後手札を一枚墓地へ捨てる」
月狐がふわふわの尻尾で掃くようにして舞い上がらせた一枚のカードを手札に加え、それとは別の一枚を墓地へ置くアキラ。その淀みなさは初めからどれを捨てるかが決定されていたことを意味している──たとえ何を引こうとも墓地へ送っておきたいカードがあった。それがいったいなんなのか気になるイオリだったが、しかしエミルほど優れた『目』を持たない彼ではほんの一瞬だけ見えたカードの全容を把握することなど到底不可能。咄嗟に目を凝らしはしたが名称どころか陣営すら確かめられなかった……まあいい、と彼は内心で鼻を鳴らす。
兄のような真似ができずとも、ファイトに勝つにはなんら不足などないのだ。
「俺はこれでターンエンド」
「一ターン目からコストコアを四つも溜められて鼻高々……って感じですか? その上でユニットも出せているんですから、なるほど及第点以上。ビートダウンの立ち上がりとしては満点に近いでしょうけれど──その代わり! 速攻に近しい速度感で動いた代償はあなたの手札によく表れていますよ、若葉アキラ!」
「……、」
初ターンを終えたばかりでありつつも、既に手札は三枚。まだアタックすらしていない時点でここまでカードを使っているのは確かに速攻戦法並みの──いや、速攻と比べてもなお一段と荒い消耗であると言える。コストコアブーストに手札の交換。大きな代償に相応しいだけの対価も得ているアキラだが、しかし得られた対価で活かすべき元手が欠けてしまえば本末転倒だ。先が見えているとはとても思えないこの極端な手札消費は、まさしく転倒への第一歩を歩み出しているに等しいと。イオリはそう指摘しているのだ。
「だけどそれをただ待つことはしない。あなたの破産、イオリが手助けして差し上げますよ。イオリにはそういったこともできるんです!」
「破産の、手助けだって?」
何を言っているのやらわからない。そういった具合に眉間へしわを寄せるアキラへ、イオリは蛇蝎の如く笑って。
「イオリのターン! スタンド&チャージ、そしてドロー! さあ、まずはイオリもディスチャージ権を使いますよ! ライフコアを一個、コストコアへ変換です!」
パリン、と独りでに砕け散ったライフコアの輝きがイオリのデッキへと降り注ぎ、その一番上のカードをコストコアへと作り変える。これで彼が使えるコストは3になった。
「今あるコストコアを全てレストして! 3コストで召喚、《誘うぬばたま》!」
しゃなりと身をくねらせてイオリの場に現れたのは、深い紫色の鱗を持つ一匹の蛇だった。美しい色味の体とは唯一の異色である黒い珠を思わせる蛇の瞳、そのつぶらながらに無機質な残酷さの覗く硬い輝きが月狐を捉える。
《誘うぬばたま》
コスト3 パワー1000
「この子は3コストにしては低パワーの、とても非力なユニット。だけどご存知でしょう? スタッツの低さとは即ち効果の強力さ! そうでなければまずデッキに採用なんてしませんから──ご多分に漏れずイオリもぬばたまの能力を見込んで使用しています。早速御覧に入れましょう、この子の凶悪さを!」
登場時効果を発動! そう高らかにイオリが叫んだ瞬間、彼のライフコアがまたひとつ弾け飛んだ。
「……!?」
「ふふふ、奇怪だと思いますか? ですがこれこそがぬばたまの持つ効果──ライフコアをひとつ犠牲にすることで、相手フィールドのユニット一体の『コントロールを得る』!」
「! コントロール奪取の塗力だって……!」
「たじろぎましたね、いい気分ですよ! だけど慌てたってもう遅い、ぬばたまの瞳が持つ幻惑効果によって《幻妖の月狐》はイオリの物になりました!」
彼の宣言通り、月狐はまるで魅入られたように蛇の瞳に誘われるがままアキラの下を離れてふらふらとイオリのフィールドへ、その傘下へと入ってしまった。心なしか月狐の目にもぬばたまのそれと同じ無機質な輝きが宿っているようにも思え、アキラの表情は険しくなる。
──相手のユニットの支配権を奪う。それはやられる側からすれば厄介極まりない戦法だ。何せ自らのユニットが強力であればあるほど、奪われてしまった場合には強大な敵となって立ち塞がるのだから。それを防ごうと思えばユニットを展開しないことが最も手っ取り早いが、そうなると勝ちの目がなくなってしまう。特に大型ユニットで勝負を決めることが定番であるアキラのビートダウンデッキにおいてはコントロール奪取の拘束力は一級となり。
「おわかりですよね若葉アキラ。これこそがイオリのデッキ、イオリの戦い方! 相手の力を奪い、そっくりそのままお返しすること! 相手がどれだけ強かろうと──否、強ければ強いほどイオリは簡単に勝ててしまうんですよ!」
「《誘うぬばたま》だけじゃあなく、デッキのコンセプト自体がそうだってわけか……」
それが九蓮華イオリの得意戦法。流石にあのエミルの弟だけあってテクニカルかつ対処に難しいファイトをする。そう認めて、アキラは彼に笑い返した。
「面白い」
「……面白い?」
「ああ。よかったよ、これなら本命の前のいい準備運動になる」
「っ……、」
アキラの物言いにぴくりと眉を動かしたイオリだったが、しかし先のように激昂することはなかった。なんとでも強がればいい、既に流れを掴んでいるのは自分なのだから。後はその流れのままに勝ち切るだけ。
「まずはライフコアがブレイクされたことでワンドロー。なおこのドローでクイックカードを引いてもプレイすることはできません……クイックチェックはあくまで相手からブレイクされて行うものですからね」
自殺、とも呼ばれる自分で自分のライフコアを減らし、それを代償に強い効果を使っていく戦法。主に黒陣営などで見られるスタイルだが、セルフブレイクではクイックチェックの機会が失われることを思えば見かけ以上にリスクの高い、まさに死と隣り合わせの戦い方だと言える──が、死ぬ気など毛頭ないイオリはなんのリスクも背負っていないかのような気軽さでカードを引き、それを手札へ加えたあと。
「はい、イオリの月狐でダイレクトアタックです」
「!」
《幻妖の月狐》が召喚されたのは前のアキラのターン。つまりイオリのターンへ移っている今、その召喚酔いは解除されている。奪った戦力で即座に攻める。これもコントロール奪取が持つひとつの強味にしていやらしさである。
もはや本当の主人が誰であるかなどまったく判断もつかない様子の月狐によってアキラのライフコアがブレイクされ、彼は正当なクイックチェックを行う。
「俺もデッキから一枚ドロー……発動はなしだ、手札に加える」
「ふふ、何も引けませんでしたか。闘志ばかり立派で強気の割には大したことないんですねぇ、あなたの運命力も。すっかり場はイオリの支配下ですよ?」
「………」
「言っておきますが、若葉アキラ。ぬばたまで月狐を奪ったのはほんのお遊び。イオリはこれよりあなたの全てを奪って奪って奪い尽くし、兄さまからの寵愛もあなたから奪い取らせていただきますので──せいぜい覚悟することです」




