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186.カメオと東雲兄弟の想うこと

 大講堂に向かうエミルを静かに眺めていたカメオは、その姿が完全に見えなくなってから「ふう」と大きく息を吐いた。これにて任務完了である。いくらセンサーが壊れていると言っても、そうさせられた張本人との対面は彼にとって決して気軽に請け負える任務ではなかった。一・二年時に世話になったムラクモからの急を要する頼みであっても──なんでも他の教師や生活保全官は動かしづらいわけがあったらしい。カメオは詳しく事情を聞かされていないしあえて訊ねもしなかった──本当なら即答で断りたかったところだ。


 しかし、自分がファイトの矢面に立つわけでもないのに「九蓮華エミルが怖いので何もしません」では、未練たらしく生徒会長の立場にしがみついている意味がいよいよなくなってしまう。こんな自分を、どんな理由にせよムラクモは頼ってくれた。上桃原カメオならエミルの前にも再び立てると信じてくれた。その期待を裏切ることは生徒会長としての死にも等しい。ドミネイターとしてはとっくに死んでいるというのにこれ以上エミルにカメオという人間を殺されては堪ったものじゃない。そう思ったから彼は生徒会入りを希望する三・四年生らを集め、エミルの足止め任務を引き受けたのだ。


(俺一人じゃあ、到底できなかったろうな)


 自ら道化を演じることでエミルの殺気を薄れさせて後輩たちを守ったカメオだが、真相と言うならその逆だ──彼ら守るべき後輩がいたからこそああやってエミルを相手に丁々発止のやり取りを行うことができた。つまり守られていたのは自分の方だと、カメオは呼びかけに応えてくれた約三十人に心から感謝の念を覚える。


 まだ生徒会長でいさせてくれてありがとう、と。


「……さ、お仕事は終わりだ。めでたくムラクモ先生と泉先生の覚えも良くなったことだし、ここらで解散といこう。お前さん方も講堂へ向かいな──そしてしっかりと観戦しようぜ。先生の言ってたことが本当なら、今から行われるドミネファイトはDA世紀の一戦になる」


「はい! ありがとうございました、上桃原生徒会長!」


 代表して一名が答え、そして全員がカメオに向かって深々と頭を下げてから言われた通りに講堂へ急ぐ。この素直さ、溌剌とした様子が、カメオにはなんとも眩しかった。生徒会入りを目指していた頃の自分と、もういなくなってしまった仲間のことを思い出す。


「先に言われてしまったな」


 きっと彼らはいい役員になる。生徒会は定員五名+αなので全員が全員生徒会役員を名乗れることはないが、委員会は他にも風紀委員や保健委員等々、色々とある。来年には六年生が九蓮華エミルただ一人となることもあって、引き継ぎの暇もなく(というより余地もなく)彼らは即戦力として活躍していくことになるだろう。誰を採用するか悩む余裕もなくなった、という意味では委員編成の責任者の立場にいる泉の「楽ができる」云々もあながち間違いじゃなく、彼からしても割かし本気の発言であったのかもしれない。


 成績や生活態度でよほど決定的に優劣がある場合でもなければ直接のファイトでどちらが希望する委員会に入れるかを決める、というルールもある。これもまた授業の一環ではなくともDA名物のイベントのひとつに数えられている……のだが。前述した通り五年生はエミル以外全滅、六年生も通学生はカメオ一人。現役・・の者がいないため来年からは中級生がいきなり全委員会の中核を担っていかなければならない。ファイトによる選別もないのだから例年からすれば信じられないほど平和的に委員会は立ち上がるだろうが、そのぶん業務内容は平和とはかけ離れて激化したものになるはずだ。生徒会の引き継ぎはまだしも自分がやれるだけにそこまでの不安もないが、他の委員会は……とそこまで考えてカメオは笑いながら首を振った。


(半ドロップアウトの俺なんかが心配するようなことじゃあないな。あいつらなら大丈夫。そう信じてやればいい)


 ムラクモが自分を信じてくれたように。信頼されること、それは人が持つ本来以上のパワーを発揮させてくれる原動力にもなる。今回のことでそれを強く実感したカメオは故に、彼らにとって目標たる上級生らしくどんと構えていようと決めた。信頼がパワーになるなら疑心を向けるのは反対にその人のパフォーマンスを下げる要因にもなる。自分だけはそんな真似をしてはいけないし、するつもりもない。と誓って後輩らの助けになろうと心に決めながら歩き出そうとした、ところで声をかけられる。


「カメオ先輩」


「おーう、東雲兄弟」


 誰かと思えばそこいたのは東雲サイジに東雲タイガ。中級生のトップワン・ツーの兄弟だ。後輩の中でも親しい間柄である彼らの登場に、カメオは気安い調子で片手を上げた。


「まだ外にいたのか。そろそろ始まっちまうぞ?」


「そのようですね。俺たちも席に向かいますよ……でもその前にどうしても先輩に謝っておきたくて」


「謝る? 何をだ?」


「カメオ先輩の呼びかけに応じなかったことを、です。筆頭の俺たちこそが率先すべきだとわかっていた、頭ではそうわかっていたんです。だけどどうしても──」


「どうしてもエミルの前には立てなかった、だろ? 当然だ、お前は中級生で唯一の九蓮華エミルの被害者。つまり俺たち上級生と同じくトラウマってものを刻み込まれている。誘ったのだって駄目で元々の気持ちだったんだ、断られたからってそれを他ならぬ俺が憤慨したりするもんか」


 だから謝る必要なんてどこにもないんだ、とカメオは言う。これは本心からの言葉だった。


 実際、彼と彼の弟を誘ったのは中級生筆頭と次席だから、ではなく。自分と同じ心の傷を負ったサイジと、それに寄り添ってケアに務めているタイガ。そんな彼らが一緒にいてくれたらカメオにとっても心強いから、という理由の方が大きかった。だから駄目元でも一応は誘いを入れて、案の定拒否されてもカメオに思うところは特になかった──むしろ「拒否させてしまった」ことを申し訳なく思ったくらいだが、しかしここで心を奮い立たせてエミルと対峙することができれば、サイジが自身の夢を取り戻すきっかけにもなるかもしれない。そんな老婆心も彼らを誘った理由に含まれていなかったと言えば、嘘になる。


 余計な気遣いだったかもしれない……いや、かもではなく本当に余計だったのだろう。自分が夢をもう追えないから。だから後輩が夢を取り戻してくれれば、まるで自分が立ち直れたようで。そんな気分になりたくて浅ましく声をかけてしまった。もちろん誘った際にそんな思惑を自認していたわけではないが、振り返ってみてそれを否定することはできそうになかった。その根拠となるものをカメオは持ち合わせていない。


 バツの悪さから、カメオは苦い笑みを浮かべながら自分を見る兄弟へ続けた。


「もう次期生徒会長なんて重荷を背負わせたりはしないから、安心してくれ。……お前自身がまたそれを望んでくれるなら俺は喜んで推薦し直すがな」


「俺なんかを、まだ推してくれるんですか?」


「東雲兄。今でも俺はお前が適任だと『信じている』。一度も心が折れたことのない奴よりも、折れても立ち上がれた奴。全生徒の代表に相応しいのはそういう人間だと考えているからな」


 最近になってそう思えるようになったんだ。そんな風に衒いもなくカメオが、尊敬する生徒会長が言うものだから。サイジの心にもほんのりとした温かみが──エミルとファイトしたあの日になくしたはずの熱が、少しだけ蘇ったような気がした。


「……編成の決定まではまだ時期がありますよね。少し、考えてみてもいいでしょうか」


「そうか、そうかそうか。いいとも、時間ならある。じっくりと考えて答えを出すがいいさ。まだ四年生のお前にはそれができるんだから」


 謝罪を述べていた時の暗い顔付きから一転、若干だが明るさを取り戻したサイジ。兄の思わぬ復帰カムバックを予期させる言葉に驚きながらも嬉しそうにするタイガ。未来を感じさせてくれる兄弟を前に、カメオもまた苦笑ではない朗らかな笑みを見せることができた。



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