183.DA生徒会長、上桃原カメオ!
「まだ在任されていらしたんですね、カメオ先輩。あの日、私がトーナメントで優勝したその日に、てっきりあなたも学園から去ったものだと思っておりましたが」
カメオの左腕にある腕章、生徒会長の立場を知らしめるそれに目をやりながらエミルがそう意地悪く言えば、彼は肩をすくめて。
「そうしたかったさ。そうするつもりだったよ、本当に。何せ来年から役員を任そうと考えていた後輩たちは揃いも揃って退学してしまったし、現役だった庶務も書記も会計も副会長もだーれも学園に足を運ばなくなってしまった。俺一人だ。役職を捨てなかったのは──捨て切れなかったのはな」
ドミネイションズ・アカデミアの六年生。卒業を間近にする彼らには、他の学園とは違って決まった時間割などない。元より自由なDAのこと、どの学年も決まりきった予定表で動いてはいないのだが、それに輪をかけて六年生の体系は特殊だということだ。授業と言えば希望者のみが受けられる特別授業があるだけで、それ以外は自主的に同級生らととにかくファイトを積み重ねること。彼らに課されているのはただその一点であり、そしてその一点が果てしなく険しい。一年間を通して行われるサバイバルマッチ、そこで残る最終的な戦績によって希望の進路へ進めるかどうかが決定されるのだから皆が皆必死になる。
毎年必ず退学者が出るDA。そこで五年以上も生き抜いた猛者たちによる最後の蹴落とし合い。それが想像を絶するほど過酷な様相を呈することは学園職員であれば誰しもが知っており、実際に卒業生であるムラクモや泉をしても二度とあんな体験はご免であると口を揃えて述べる程度には、控えめに言って『地獄の期間』だ。
いかな猛者と言えどそこで耐え切れずにギブアップしてしまう例も多く、そうなった生徒は大半が登校をしなくなる。最終成績に望みをなくしてしまった以上は敷地全体がサバイバルフィールドとなっている学園になど来なくて当然。というより、通う意味がない。プロの資格取得に拘らなければ『DAの卒業生』という肩書きだけでも十二分に就職の武器にはなる……はらば、むしろ無様な敗北を重ねるよりも潔く戦いから退いた方がいい。将来がかかっているのだからそういう打算的な考えで身を引くのは何もおかしなことではなく──だからこそ。
一切の打算なく、五・六年生の全員が揃いも揃って。九蓮華エミルを除く軒並みがプロへの進出を諦めてしまった今年は、異常極まりないのだ。
「五年生は退学、六年生も最終成績など目もくれずに実家に戻った。全ては九蓮華後輩、お前と長く争うことを避けたためだ。合同トーナメントという六年生からすれば最後の楽しみ。五年生としては上級生となって初めての活躍のしどころ。その舞台で皆の心が折れた──お前の醜悪で残酷な才能の発露に、誰も耐えることができなかった。俺も含めてだ」
そこで耐え切れないのならプロ入りを諦めるのは、あるいはそれ以前にDAから去ってしまうのも、致し方ないこと。むしろ賢い選択であるとカメオは思う。自分のような中途半端よりは余程に前を向いていると。
「心が折れた、というのなら。何故お前はまだ学園にいるんです──そして兄さまに対しこの仕打ちはなんのつもりですか。兄さまの学び舎に通う資格を失くした落伍者如きが、このような真似をする謂れがどこにある!」
無礼であろう、と。兄の腕に自身の腕を絡めたまま、身を寄せたままで周囲の生徒諸共にカメオを威嚇するイオリ。人の形をした蛇のようなその形相、激しい怒りを前にたじろぐ者も多かったが、しかしそれを真正面から受け止めてもカメオだけはどこ吹く風といった様子で。
「おぉ怖い。兄さま呼びってことは九蓮華後輩の妹さんか何かかな」
「イオリは弟ですよ」
「ふうん、弟。可愛らしい弟さんだな、兄のため健気にも大層怒って……俺の感性がまだまともなら、いくら子供とはいえ『九蓮華の殺気』にもっと怯えられたんだろうが。生憎とそういうセンサーはとっくに馬鹿になっていてな。まあ良かれ悪しかれだ」
人一倍臆病だったから。だからトーナメントでのエミルを目の当たりにして、恐怖への感性が壊れてしまった。素直に逃げ出すことを選んだ他の生徒に倣えなかったのは、そうするだけの気力すら湧かなくなったから。そして臆病故に、自ら築き上げた当代の生徒会を捨て去ることができなかった。自分まで学園を去れば、本当にこれまでの道程の全てがなかったことになってしまう。それにも耐えられず、かといってプロの道へ縋りつくことすらできず。本当に上桃原カメオとはどこまでいっても半端者であると、元々生徒会入りしたのも少しでもファイトの成績を補おうという、それこそ純粋な打算目的であったことを思い出しながら。
彼はニヒルに笑った。
「しかしこんな俺だからこそムラクモ先生の頼る当てになれたのだと思えば、半端者にも多少の救いにはなる。これが九蓮華後輩、お前の横暴と覇道を阻む一助になってくれれば最上だよ」
「──阻む? 私の道を、あなたがですか?」
すぐ隣で怒りのあまり顔を青白くさせている弟とは対照的に、面白い言葉を聞いたとばかりにエミルはくすくすと笑い声を漏らす。彼の機嫌は悪くない。『こんなもの』は機嫌を損ねるほどの大した事態ではないと、大勢の生徒に取り囲まれている現状をそう認識しているからだ。
「それはどういった冗談でしょう、カメオ生徒会長。ムラクモ先生の名が出ましたけど、まさかあの人に頼まれたのですか? 唯一学園に残っている上級生、そのガッツを見込まれて私への刺客となってくれとでも……それとも、一対一ではなく。まずはたくさん引き連れているこの烏合の衆を私にけしかけるおつもりですか」
烏合の衆。あからさまな侮辱の発言を受けて集団がざわつくが、しかしエミルどころかその五つ下の弟であるイオリの殺気ひとつでガタついてしまう彼らに反論などできるはずもない。もしも本当にエミルへ挑むことになれば、たとえ全員がかりだろうとまったく相手にならず、瞬く間に処分される。そういう未来予想が共有できてしまっているだけに一同の表情は極めて硬く、そんな彼らを庇うため、「いやいや」とカメオは努めて軽い調子でエミルの言葉を否定した。
「そうじゃないさ九蓮華後輩。落伍生徒会長である俺なんぞの呼びかけに集まってくれた可愛い中級生たちを、まさか鉄砲玉よろしくお前にけしかけるはずもない──そして俺がお前と戦うこともあり得ない。言ったように俺の心はすっかり折れているからな、ファイトしたくともまず不可能だ。それがかえって良かったんだよ。お前をこうして待ち伏せして足止めするのには、な」
優れたドミネイターが放つ闘志、闘気、殺気。言い方は多様なれどとにかく戦う者が当然に持つオーラの類い──ドミネ高家である九蓮華家が標準装備しているそれは一級品。発信もそうだが、受信にも強いという特徴がある。
もしもここで待機しているのが、元から頭数だけを頼りに集められた三・四年生とその指揮のためにいるだけのカメオでなかった場合……つまりはほんの少しでもエミルへの対抗心や闘志を燃やしている者がいた場合、その気配をエミルは取り囲まれるよりも先に察知し、行動を変え、足止めすることは叶わなかっただろう。
「……なるほど、そういう意味では確かにあなたと、あなたが率いる戦う気概を持たない有象無象は適任なのでしょう。ついつい殺気にばかり気を向けてしまう私たちのようなドミネイターの意表を突く役割を担うのは──しかし、そうだとしても、まったく解せませんがね」




