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182.夏休み明けのアカデミア!

 九蓮華の送迎車。執事が運転手を務めるその車内で、学期明けのドミネイションズ・アカデミアへと運ばれながらエミルは「ふわあ」と口に手を当てながらあくびを零した──中性的で、非常に美しい顔立ちをしている彼はそんな気の抜けた行いひとつとっても非常に絵になり、様になる。車窓から朝の陽ざしを浴びて眠たげなまなこを擦るエミルの様子は幼気な子猫のようでもあり、人を惑わず色香を纏った化生のようでもあった。


「兄さま」


 と、不意にそう呼ばれて。確かな親しみを感じさせるその声の主にエミルは視線を向けた。


「なんだい、イオリ」


 八人いる兄弟姉妹の、七番目にして四男。九蓮華イオリはエミルの弟でありロコルの兄にあたる少年だ。歳は十二歳。来年から中学生になる彼は、一年間だけでも敬愛する兄のエミルと共に通いたいとDAへの進学を希望していた。九蓮華では世代ごとにDAへ入学できるのは一人だけだと厳しく定められているため、本来なら彼がいくら嘆願しようとエミルがその立場──筆頭後継ぎ──に選ばれている以上、叶わないはずなのだが。


 しかしエミルが次代の九蓮華家を担っていくことは現時点でほぼ確定的であり、それでいて彼は圧倒的だ。他の兄弟姉妹をまったく寄せ付けない絶対の候補者となっている彼が一言現当主に提案・・すれば、その定めも容易に引っ繰り返るだろう。そうしてもらうために、イオリはこうしてエミルについてきているのだ。


「すみません、大したことではないのですが……なんだかとてもドキドキしてしまって。DAと言えば日本最高峰のドミネイター養成所であり、何より兄さまが籍を置かれている学校。その敷地を初めて跨ぐかと思うと、イオリは胸の高まりが抑えきれません」


「あはは、そうなのか」


 それこそ媚びた猫のような声音と顔付きでこちらに身を寄せてくる弟へ、エミルは花のような笑みを返した。それは実の弟から見ても思わずドキリとさせられてしまうほど嫋やかで可憐な笑顔だった。


「可愛らしいことを言う可愛らしい子だ──だけど、だからと言って甘くはしないよイオリ。いくら君が私の弟で、それでいて私に忠実な弟であったとしてもだ」


「それは、もちろんです兄さま。兄さまに未だに迎合しない他の兄さまや姉さまがおかしいのであって、イオリはただ当然のことをしているだけ。次期当主であるエミル兄さまに忠誠を誓うのは然るべき行為なのですから、それで過分に褒められたくはありません。どうぞありのままのイオリを見定めてください、兄さま」


 イオリの通う小学校はDAよりも夏休みが長い。つまり彼はまだ始業式前の自由が利く期間におり、それを利用して兄の登校に同伴しているのだ。同伴して、共に登校して、何をするかと言えば。


「中級生。DAの三年生と四年生である彼らを、最低でも十人は。それができれば私はお父様に直訴しようじゃないか。無論、できないのなら直訴はなしだ。DAへの入学は潔く諦めるように」


 狩る。それは言葉通りの意味であり、それ以外の意味は持たない。まだ小学生ながらにDAの中級生を下せるだけの実力があれば、エミルはこの前々から自身におもねる「賢しらな弟」のことを真に認めるつもりでいた──つまりは四女にして末っ子である妹のロコルや、彼女と共に目を付けた兆し持つ者のアキラ。この二名同様に己が築く新世界の中枢を担う人材として、だ。


「将来九蓮華の当主となった際の右腕として、イオリが欲しい。だからDAで揉まれるべきだ……とでも真摯に言えばお父様は納得してくれるだろう。いやさそんな風に頼み込む必要すらもないかもしれないが、とにかく私にそうして欲しければ負けないことだよ。仮に三、四年生以外の誰かと戦うことになっても、やるからには私が満足するまで勝ち続けるのが絶対の条件だ。それはわかっているね?」


「承知しています、兄さま。兄さまがイオリを見てくれる。それだけで天にも昇る気持ちのイオリは、なのでお約束します。誰にも負けません。兄さまの世界に相応しい住人と認められるまで、残忍に容赦なく。全てのドミネイターを屠り去って御覧に入れましょう」


 普段着にしている着物の袖で口元を隠してにたりと笑う彼の仕草は、確かにエミルとの血の繋がりを感じさせるものだった。猫を被った蛇。そういう印象を見る者に与える弟の演技力はエミルからすればまだまだ、どころかまったく拙いものでしかなかったが。けれど健気に己を愛らしい弟に見せようと努力している様はやはり際立って賢しく、二度と挑めもしないほど負けを認めている癖に頭を垂れることもできずにいる愚昧の長男長女などと比べれば雲泥の利用価値がある──少なくともそれを見極めるために自身の貴重な時間を割いてもいいと、そう思えるくらいには期待があった。


「まずイオリは誰を下せばよろしいですか、兄さま」


「ん、それはもちろん中級生の中でも最強からだよ。先生方が言っていた──確か、東雲サイジとタイガという兄弟。この二人が現三・四年生のトップだったはずだ。片方は私に惨敗を喫しながらも未だにドミネイションズから離れていないなかなか骨のある子らしい。イオリ、君が彼に引導を渡してあげなさい」


「ああ、兄さまと戦って生き残っている御方。兄さまの『食べ残し』を頂けるのですね……! イオリはとても感激です、そのように貴重な人物と矛を交えられるなんて」


 確かにこの手で絞め殺して差し上げますね、と。にこやかにそう返事した弟にエミルは満足気に頷き、また窓の外を見た。その景色の移り変わりから、目的地に近い場所を車が走っていることに気付く。


「もうそろそろつく頃合いだ。私は始業式に出るから、その間は図書館でも覗いて時間を潰しているといい」


 今日は授業はなしで、始業式後のロングホームルームも午前中で終わり。その後は自由だ。生徒たちも各々で動き出す、そこを狙って東雲兄弟に襲撃をかける。といった予定を兄と弟は共有し、そして送迎車はいよいよDAの門前へと到着。自動で開いた扉から降り立った二人は、執事の恭しい挨拶に背中で返事をして出発させる。そして兄弟で仲睦ましく腕を組みながら校門を潜り抜けて──そこでぴたりと足を止めた。


「……なんの真似でしょうか、これは」


「別に、なんでも? ただの新学期明けの挨拶習慣だよ九蓮華エミル」


 エミルとイオリを取り囲んだ複数人の生徒を代表してそう答えたのは、集団の中でも上背のある、一人だけ明らかに年上の男子生徒。こちらを見るともなくドミホを操作している彼に、エミルは眉をひそめる。


「長期休暇明け早々に精の出ることですね、生徒会長・・・・。しかし質問の答えになっていませんよ。『おはよう』の挨拶もなく私たちを足止めするその不躾の理由はなんなのかと訊ねているのです」


「おやおや。唯我独尊の才児の割には嫌にせっかちなことだな九蓮華五年生。そして堪え性もないときた。わからないことがあったらすぐ人に訊ねる前に、自分でも考えてみたらいい。と先輩の俺としてはそうアドバイスを送っておこう」


 現六年生。エミルのファイトを見てプロ入りを諦めた一人であり、それでいてエミルを前にも怯えを見せない変わり者。単身で生徒会役員を務めている上桃原かみとうばるカメオは、手に持っていたドミホを仕舞いながらそう言ってニヒルに笑った──エミルやイオリのそれとはまるで違う、全てを諦めたような、それでいて不屈を燃やすような、そんな笑みで。



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