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181.合格の意味、ムラクモの試練!

「ムラクモ先生に勝てたことは、もちろん嬉しいですよ。だけどこの勝利が本当に価値のあるものなのか、俺にはわからないんです」


 課題克服を見据えたデッキ構築。それを贅沢にも実技担当教師との実戦において手応えを確かめられたという意味では言うまでもなく大いに意義があった──だがこれを、エミルに挑む試金石。遥かな強敵へ勝つための準備として捉えた場合、アキラにはどうしても『足りない』としか思えなかった。


「全力と本気は違うって言ってましたよね。今日の先生は確かに本気だった、戦っていてそう感じました。けど、全力ではなかった。そうじゃないですか?」


「……何故そう思う?」


「だって先生は最初から最後まで俺を『倒す』んじゃなくて『試す』つもりで戦っていた。その過程で倒し切ることを躊躇しない気持ちはあっても、でもそれはあくまでも先生としての……生徒を見る教師としての目線で、精神性で。一介のドミネイター同士の戦いとはまったく違うものです」


 もしも最初の最初から、最後の最後まで。試す気持ちなど一切持たずにムラクモがプレイしていたなら結果は違っていただろう。全力ではあっても本気ではない普段と反対に、本気ではあっても全力ではなかった先のファイト。前者は授業で指導ファイトを行なう教師として、後者は「修練と試練の間」で生徒を鍛え上げる教師として、どちらも正しい姿勢だと言うことができる……その点はアキラも否定しない。だがその正しさを置いてでも、本気かつ全力で戦ってほしかった。そういう気持ちも否定はできなかった。


 感情ひとつの差でもファイトの勝敗とは左右されるもの。ならばムラクモがどのようなメンタリティで挑んだか、それ次第でこの特別テストの意味合いはがらりと変わってくる。だからアキラは素直に喜ぶことができないのだ。


「テストである以上はしょうがないことかもしれないですけど……でも成長を促すつもりで、なんなら俺の反撃で負けることを待ち望んでいる節まであったムラクモ先生に勝てたからって、エミルに勝つための準備が整ったなんてとても言えない。そう自信を持つには過酷さが足りていないんです」


 エミルのそれは強烈だった。彼とのファイトで生じる重圧は、過去のどのファイトを比較対象に持ち出してもまったく不足するほど、言葉通りに前代未聞の過酷さがあった。それに対してムラクモの試練のなんと優しいことか。どんなに口調や態度がぶっきらぼうであっても、見た目にだらしなさがあっても。それでも彼は立派なDA教師、常日頃から親身になって生徒のことを考えている人物であるからして。特別テストなどと銘打ってアキラを地下に連行しようとも、そこで課す内容はとてもではないがエミルが課すプレッシャーとは比べ物にならない──比べてはいけない類いのものになるのは、ある種当然とも言えた。


 アキラはムラクモの持つ優しさ、生徒の成長を第一に願い慮るその清さを──直近のファイトがどこまでも自我のぶつかり合いだったことも相まって──戦っている最中にこれでもかと感じ取っていた。それ自体は、素晴らしいと掛け値なしに思う。勝利することで彼の想いに多少なりとも応えられた、そういう観点ではそれなりの自信だってついた。だが。


「九蓮華エミルとのファイトに、絶対勝つ。意気込みだけでなくそう言い切れるだけの実力をつけるためのものとしては立ち塞がる試練として呆気なく、越えるべきハードルとしては低すぎる。要は物足りない・・・・・と。お前はそう言いたいわけだな?」


「……はい」


 エミルに挑むという自分の意思を尊重して、こんな場所にまで連れてきて実戦練習に付き合ってくれたムラクモに失礼なことを言っている。そのバツの悪さから俯くアキラに、彼の返答は実にあっさりとしていて。


「間違っちゃいない」


「え?」


 思わぬ肯定の言葉に顔を上げる。そうして見えたムラクモの表情はいつも通りであった。いつも通りの、無愛想ながらに生徒を想う気持ちは本物の、教師としての佇まい。


「お前の挑むものに対して課した試練が安すぎる。俺だってそう思うさ──もしもたった一度の勝利だけでここから解放してしまうのであれば、そんなものは試練足り得ないとな」


「一度の勝利だけで……って、ことは」


「ああそうだ。これを見ろ」


 スーツのジャケットを広げるムラクモ。そこには無数のデッキがずらりと並んでいた。まさかこの全てが──? というアキラの思考をなぞるように彼は言う。


「無論、全てが『本気』で構築したデッキ、だ」


「え……じゃあさっき使っていた『スターライト』のデッキは?」


「あれだって本気用のひとつに違いはない。おい若葉、たかだかファイト歴数年の一年生おまえらと同列にしてくれるなよ? 本命デッキくらいいくつも持っているのは当たり前だ」


「……!」


 考えてみれば、考えるまでもなく当たり前。ドミネイションズに携わってきた年月が違うのだ。自分やライバルたちのほとんどが、たった一個のデッキを試行錯誤して強化していく環境にあってアキラにはその発想がなかったが。しかしムラクモほどの熟練したドミネイターともなれば本気で戦うためのデッキがたった一個しかないなど、そちらの方が考えづらい。同級生の中でも特段に構築力に優れたミオなどは現時点でも数え切れないだけのデッキを持っているくらいなのだから、DA教師ともなればより完成度を高めた『デッキの群れ』を所持していてもなんらおかしくはないのだ。


「一個を極め続ける稀有なドミネイターだってプロにはいるがな。しかし勝利とエンタメこそが命題であるプロと違ってDAの教員には複数所持が半ば必須だ──上級生相手には指導ファイトでもこれらで相手する機会があるからな。ま、それに関しては五年後を楽しみにしておいてもらって……試練の続きといくか、若葉。二戦目・・・だ」


「に、二戦目……」


「顔を引きつらせてどうした。何か勘違いでもしていたのか? 本命のデッキがひとつだけとは言っていないし、たった一度勝ったくらいで認めるとも言った覚えはないぞ」


「でもさっきは花丸合格をくれるって」


「あれはあくまでもあの状況から逆転した手腕を指しての評価だ。それだけでテストそのものに合格とはならん……九蓮華エミルに挑めるお墨付きをくれてやるわけには、いかん」


 一戦目だろうと、本命デッキの一個目であろうと。すぐに勝たせるつもりがムラクモになかったのは事実であるが、しかしそこの予定が狂ったからといってテストにはなんら支障などなく──否、むしろ想定以上の順調さで進んでいることが喜ばしいくらいだ。そうでなくては彼としても困る。用意したデッキの数は二十個もあり、そしてその全てに「最低でも一度」は勝ってもらわなければアキラをこの地下から出すわけにはいかず、長引けば長引くだけムラクモ自身も長期に渡って拘束されてしまうのだから。


 いつまでも、どこまでも付き合う。それがアキラに託す者として当然の務めである……その覚悟はあっても、やはり早く済むに越したことはない。何せムラクモは合理性を何よりも重視する男、それ故に。


「ペーパーテストに例えるならようやく一問目が解けたってところだ……もう一度言うぞ。どれだけ早くここから出られるか、それはお前次第だ若葉。連戦は途中休憩を挟んでも否応なく集中力を奪っていく。無論、体力もな。精々気張って勝ち続けてくれよ。そうでなければ夏休みが明けてもお前はここで俺と戦い続けることになるぞ」


「それは冗談じゃないですね……色んな意味で。でも」


 またぞろ冷や汗をかきながら、しかしアキラの顔付きは今までのどこか浮かない雰囲気とは一変しており。


「エミルと戦う前の試練に相応しいと、喜んでいる自分もいる。──ワクワクしてきましたよ、先生!」


 ドミネファイト! 声を合わせてそう叫んだ二人は、そこから濃密に過ぎるファイト漬けの時間を過ごした。



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