180.若葉アキラの総評
ライフアウトによって敗者となったムラクモは、無念を感じさせないさっぱりとした手付きでファイトボードの上のカードを片付けながら言った。
「お前が口にしたように、機運や運気といったものにも波がある。一回のファイトにおいてもそれは激しく乱高下するものだ──そんなものを互いに互いを飲み干さんと『押し付け合う』んだからブレは尚更。そしてお前のように特にムラがあるタイプともなれば、その制御は至難だろう。だが」
それをアキラは見事にやってのけた。自ら高め、爆発させ、その一瞬だけに懸ける。そういった勝ち方しかしてきていなかったアキラの、これは明確な成長である。自然に揺蕩う己が運気の波の最高点、そして対するムラクモの飲み干すに易いタイミングまでも見極めて攻めた。無論、そこに至るまでの備えも怠らず、それ自体も感嘆すべき手腕で行われた──総じて文句の付け所のないプレイングである。六対一という不利どころではないライフ状況からこうも見事に逆転されたのだから、ムラクモとしてこのファイトはアキラへ満点をつけての終了以外になかった。
「爆発力に殊更頼らない。その課題を自ら自覚して取り組んでいる事実にも驚いたが、既にこのレベルにまで達していることには更に驚かされた。今お前が見せた、やってみせた勝ち方はプロドミネイターのそれだ。一戦一瞬だけでなく年間を通して安定した勝率を求められる彼らの、当然にやっている工夫。博打になりがちな、そして往々にして持続のできない『爆発』なんぞではなく、自然体に勝機を引き寄せる技量。運命力を操るとは即ちそういう戦い方を指す言葉だ」
若いドミネイター、中でもドミネイションズ・アカデミアに入学できるような優秀な子供こそが陥りやすい誤解。刹那の爆発に縋る爽快感に取りつかれ、それこそが強さだと勘違う。見誤る。凝り固まる──そして迷走する。順当な成長を辿ることなく歪なままに育ち、矯正も抑制も効かなくなる。そういう悲劇を防ぐためのDA教員であり、そういった段階に進むのはどんなに早くとも中級生以上になってからなのだが。
重要なのは爆発の度合い、取りも直さずアキラの爆発力は一際だ。一際の、逸品だ。それだけ優れていればその良し悪しもまた人より一際で、前述したように『頭打ち』の危機に彼は早くも陥っていた……いや、それを自前で持ち直したのだから陥りかけていた、というべきか。とにもかくにもたった一度の敗戦、爆発力を盛大に発揮してもなお勝てなかった苦い経験を機にアキラはそこを修正してきた。その利発、その発想、そして実行力にムラクモは素直に舌を巻く。
無論、九蓮華エミルとのファイト。準覚醒者の力を双方が惜しみなく発揮しての激突だ。その経験が、なおかつその敗戦が通常のそれとは比較にもならない経験値を有していることは疑うに及ばず、アキラが得た教訓や学びといったものはそれ以上に大きかったはずで。つまりはエミルの『敗北を刻む』云々の発言、そこの真意も畢竟このことに集約されるだろう──アキラの成長には必要だった。彼を次の段階へ進めるためには不可欠の行為だったと、そう見做すことができるのだ。
嫌な感じだ、とムラクモはこれもまた素直にそう感想を胸に抱く。一向にエミルに間違いがない。今のところ彼は彼の思うがままに行動し、望むがままの結果を出している。瑕疵がない。周囲に与える影響や被害を考慮しなければ彼は彼の世界をまったく誤らず生きていることになる……であるならば。コウヤ、オウラ、クロノ。アキラと親しいこの三人を伸して、昏睡状態にさせた蛮行。それもアキラの成長に必要不可欠の行いだったと後々に証明されてしまいそうで、とても気持ちが悪い。守るべき生徒を守れなかった身からすると反吐が出る思いだった。
「──なんにせよ。若葉、お前が今回見せた計算外れの爆発力ならぬ計算高い突破力は素晴らしい。それこそがお前に欠けていたもので、まだ完全とはいかずとも手に入れたものだ。一足飛びどころか十足飛びの飛躍だな……いくらムラがあると言っても今のお前を相手取るには同級生らではまず持て余すだろう。あるいは、中級生や上級生であってもな」
それはムラクモにとって最上の評価の言葉に等しかった。振り幅の最低値を引いての苦戦がアキラの目に見えての課題であっただけに、仮に最低値であっても問題なく同級生程度になら勝てる──「勝ててしまえる」点を、彼は正確に評価する。この急激な飛躍もそれはそれで順当な成長と評していいものかどうか、そこに迷いはあれど。しかし上達は上達。そのスピード感に若干の懸念があろうとも生徒の成長に違いはない。特に、エミルという例のない強敵に立ち向かわんとしているアキラなのだから、なんにせよ歓迎すべき事柄ではある。
「防御への意識。それを転じての攻撃の意識改革……まさに花丸だよ、若葉。推測ではあるが、今のお前のデッキに《マザービースト・メーテール》は不在なんじゃないか?」
ビーストユニットの中でもとりわけの豪快な効果を有するメーテール。マザーの名に相応しいおおらかさと、相応しいとは言えないある意味で最もの攻撃性を併せ持つそのカードは、まさしく博打の代名詞。アキラの爆発力を活かすにおいて最大の見せ場を作るカードであるために、一から構築を見直したらしい現在のデッキからは一時的にせよ退場させているのではないか。教師としての知見からそう推論を持ったムラクモの問いに、アキラはこくりと頷いて肯定を示した。
「マリナスとガウラム。そして【守護】持ちのユニットを増やすために、メーテールだけでなくイノセントも、それから『ビースト』専用サポートのスペルもデッキから抜いています。それらはどうしても一撃必殺へ意識を向けなけいと使いにくいカードですから、防御を厚く構える戦法とは同居させ辛くて」
あるいは自分にもっと優れた構築力があれば共存も不可能ではないのかもしれませんけど、とアキラはどこか悔やむような調子でそう続けた。
日によって採用するカードを変えること。それ自体はなんら珍しい行為ではなく、ドミネイターなら誰しも日常的に行っている。アキラもその例に漏れずこれまでもファイトの度にカードを入れ替えてきたし、現在のデッキを完成させるために構築から外した既存の採用カードは今までの入れ替えと比にならないほど多い──が、それはそれとして。アキラにとって一等に特別な意味を持つ『ビースト』のカード。中でもメーテールは彼の勝利に大きく貢献してきた一枚でもあるために、それをデッキから抜く決断には重たいものがあったのだろう。
頼みの綱としてデッキに入れておきたい。そう思うからこそ不採用に踏み切ったアキラの決断を、ムラクモは心から称賛する。
「極論を言ってしまえば、メーテールを召喚さえしてしまえばお前の場合それだけで強力な布陣を完成させられ、余程に不利な状況でもなければそのまま勝ちまで押し切れるだろう。……そんなカードをデッキに入れたままにしておけば、心の奥底や頭の片隅。そのどこかにそれに頼り切ってしまう思いが──言うなれば『甘え』が生じることは否めない。爆発力ばかりに頼らないファイトを目指すからにはそれはあってはならないことだ。お前の考え方は正しく、そして実際に結果も出せている。何せ本気の俺にも勝利してみせたんだからな」
ムラクモとしてはファイト前に言った通り、アキラが自身に勝って成長すること、それを目標としてこの修練と試練の間を開いたのだ。一戦目で易々と勝たせるつもりなど毛頭なく、あり得ないことではないと思いつつもよもや本当に最初のファイトで──しかもあれだけ追い詰められた場面から劣勢をひっくり返して──勝利を掴んでしまうとは、いい意味で予想を裏切られた。嬉しい誤算とはまさにこのことだろう……だというのに、ひとつ気掛かりがあるとすれば。
「我ながら珍しく、なんの含みもなく生徒を褒めているつもりなんだがな。なのに若葉、お前は妙に『嬉しそうじゃない』な──それはまた、何故だ?」




