18.勝者誇るべし
デスキャバリーは最高の活躍をしてくれた。実質的には場に出た彼がやったことと言えば、たった一度アタックしただけなのだが。しかしデスキャバリーは強力な守護者であることから、ただ場にいるだけで相手プレイヤーを抑制することができる。それによってプレイングミスを誘発させることも期待が持てる──実際、デスキャバリーが出た次のターンで対戦相手の少年が攻めに拘らず守りを固める選択をしていたなら、まだファイトは続いていたことだろう。
それがわかっているだけにアキラは、ロコルの言っていた『一枚でもやれることのあるカード』。黒のカードで採用するならそこを重視した方がいいというアドバイスがどれだけ的を射たものであったかを強く実感していた。何せ彼女がうってつけだと言って渡してくれた《闇重騎士デスキャバリー》は、ドミネイションズ・アカデミアへの入学を本気で狙えるようなドミネイターすらも惑わしてしまったのだから。
「ラ、ライフアウト……この俺が、初戦で負けた……? そんな、嘘だ」
「…………」
地面に両手をついて呆然としている少年。そうなってしまうほど受験に意気込み、それ以上に受かる自信があったのだろう。だが三勝しろと言われた試験の初戦で敗北してしまったからには、たとえこのあと戦うチャンスが何度あったとしても挽回は厳しいだろう。
会場中を飛び回る無数のドローンがここで行われているファイトのひとつひとつをカメラに映してつぶさに観察していること。そしてそのカメラを通して試験官たちが受験生に評価を付けているであろうことは、わざわざ説明を受けずとも全員が悟っている。それはアキラも、対戦相手の少年も例外ではない。
「あの……」
「やめとけば?」
「!」
項垂れたままでいる少年へ声をかけるべく近づこうとしたアキラを、制止する声。驚いて振り向けば、そこにいたのは試験開始前に一人だけリラックスしていたあの子供だった。口からキャンディの棒を飛び出させている彼は、それを一旦手に持つことで喋りやすくして。
「なんて言うつもりなの?」
「なんて、って……」
アキラには答えられなかった。何を言えばいいものかわからぬままに声をかけようとしていたからだ。それはよくないことだと、キャンディをぺろりと舐めつつ水色の髪が特徴的なその少年は続けた。
「友達でもないってんなら放っときなよ。勝った側が負けた側を慰めるなんて残酷すぎ。それ、余計に惨めにさせるだけだから。まーボクは負けたことなんてないから敗者の気持ちなんてよくわかんないけどさ……でもそういうものなんでしょ、ドミネイターって。プライドだけで生きてるっていうかさ」
「……それは」
そうかもしれないが。しかし、とアキラは膝を屈したままの対戦相手を見やる。彼は自分だ。負けていればアキラがああしてショックに打ちひしがれていたことだろう。勝った自分が、彼をそうさせた。DA合格という夢を打ち砕いたのだ。挫折の絶望を味わっている相手を捨て置くのは果たして正しいことなのか──。
「それって偽善? それとも打算ありきの行為?」
「え」
「逆恨みで敵増やしたくないっていうなら、アフターフォローするのも理解できなくないけど。そうじゃないなら捨て置くのが吉でしょ。そもそもの話、勝つことに負い目を感じるくらいならファイトなんてすべきじゃないと思うな、ボク」
「……!」
まさしくその通りだ。何を言おうがアキラは自分の夢のために対戦相手の夢を破った。そしてそれは多かれ少なかれ、ドミネファイトの根底に通ずるものだ。勝者がいるのだから敗者もいる。必ず明暗が分かれるのがファイトというものであり、コレクターを卒業しプレイヤーとなりその道へ踏み出したからには、アキラもまたこの残酷な優劣の付け方と無関係ではいられない。
「敗者に語れる言葉はなく、勝者もまた言葉でなく態度で示すべし。勝利を誇ることが唯一許される敗者への敬意の表し方だって……ドミネ憲章にもそーいうのあったでしょ」
「ドミネ憲章……IDRが定めている、全ドミネイターが遵守すべき掟っていうあれか」
「そ。さすがにペーパーテスト突破者ならそれくらい当然に知ってるよね。なら、少しはドミネイターらしく振舞ったら?」
「そう、だな」
反論の余地はなかった。確かに、勝者である自分が何を言おうと負けた彼を傷付ける結果になるのは目に見えている。ならば冷たく見えようがなんだろうが、今やるべきは敗者に背を向けること。胸を張ってこの場を去ることだけだ。そう思ったアキラは、先に歩き出した少年のあとについていくように対戦相手から離れた。
「でもしょーじきな話、そりゃお兄さんが勝つよねって」
「……?」
歩きながら少年がそんなことを言ったので、アキラは困惑する。咄嗟に言葉を返せなかったその意味を察したか、少年は「だってそうでしょ」と当然のことのように続けた。
「あっちの人はデスキャリバーのせいでプレイングが崩れて攻め急いだ。少し冷静になればあんなの悪手だってわかりそうなもんなのに……それに対してお兄さんは、ガードするかしないか選ぶ時にちゃんとクイックカードを引ける確率も計算してたね。そして相手ライフをゼロにできそうになっても、油断なくクイックカードでひっくり返されることを警戒して先にユニットから全滅させていた。文句なしのプレイングだ。ボクは最後の二ターンしか見てなかったけど、どうせ終始こんな感じでお兄さんが押してたんでしょ? あっちが負けるのはもはや自然の摂理っていうか、なるようになった結果としか言いようがないよ」
強い方が実力の通りに勝っただけ。のんびりとした歩調のまま少年はシニカルにそう言い放った。これにアキラはまた別の意味で驚かされた──あの攻防だけを見てそこまで見抜いた上に、ファイトの大まかな流れまで予測してしまえるのか。それがピタリと正解しているだけになお凄まじい。
「なかなか強いじゃん。どうせならお兄さんぐらいしっかりしたドミネイターと戦いたいなー。ボクの対戦相手もてんで弱っちくてさ」
聞けば、会場内で最も早くファイトを終えたのがこの少年であるらしい。勿論、勝ったのは彼だ。手も足も出ずに敗北し呆然としている相手のことは放って、ぷらぷらと他のファイトを眺めながら散歩していたところ、アキラのファイトの大詰めの場面に出くわしたとのことだった。そこで足を止めたのは決着の匂いを嗅ぎ取ったからでもあるし、決着が近づいていてもブレの見えないアキラの的確な判断に感心したからでもある。
「とにかく初戦突破おめでとー。あと二勝……他の人たちのレベルを見た限り、お兄さんならまあ余裕なんじゃない? よっぽど相手が悪くない限りは」
「ありがとう。君ほどのドミネイターからそう言ってもらえると、少しは緊張も紛れるよ。君もあと二勝くらいなんてことないんだろうな」
称賛の言葉を素直に受け取りつつ、アキラも少年に称賛を返せば。彼は何かが気になった様子で不意に立ち止まり、勢いよく振り返ってアキラを見た。
「『君ほどの』? それってまるでボクのことを知ってるみたいな口振りじゃん。どこかで会ったっけ。それとも弟とか妹でもいる?」
「いや、君のことは何も知らない。でも試験開始前にすごく落ち着いているところを見たからさ……きっと強い子だって確信してたんだ。案の定一番乗りでファイトを終えてるし、その観察眼。俺の感覚は間違ってなかったみたいだ」
「ふーん。珍しいんだ」
「珍しい?」
「ボクってほら、ちっちゃいし。自分で言うのもなんけだけど、かわいいでしょ? だから大抵の相手は舐めてくるんだよね。舐めるっていうか、舐め腐ってくる。見た目だけで判断する馬鹿ってけっこう多くて嫌になっちゃうよ。年下がこの会場にいるって時点で少しは頭を働かせよって感じ」
「年下……ってことは、君はやっぱり」
そうさ、といたずらっ子めいた可愛らしさと生意気さの同居した笑みで少年は言った。
「ボクの名は泉ミオ。年齢は九歳。DAへの飛び級受験の資格を得た、超天才ドミネイターさ!」