176.予想外の才能
《超大暗夜蝶》
コスト6 パワー3000 【守護】
ばさりと、黒と白の複雑な紋様を浮かべた翅をひらめかせて舞い上がる一匹の巨蝶。《暗夜蝶》やそれを一回り大きくさせた《大暗夜蝶》とはまったく規模感の異なる雄大なその姿はまさしく、夜蝶の元締めにして大親分。たかだか昆虫とは思えぬ威厳にはムラクモも目を見開くしかなかった。
「《超大暗夜蝶》……こんなものまでデッキに入れていたのか」
そう驚きつつも、しかし意外とまでは言えないかと納得もする。何せ《暗夜蝶》と同名制限のかかる《大暗夜蝶》を採用しているくらいなのだ。であれば、そこから更に一歩踏み込んでこの化け物蝶も一緒に投入されていたとてなんら不思議ではない……何故なら《超大暗夜蝶》にはまさに夜蝶を統べるための能力が秘められているのだから。
「確かこいつの効果は……一度に『夜蝶』ユニットが複数破壊された際、無コストで自身を召喚するもの。それに加えて墓地の『夜蝶』の蘇生の制約──『ファイト中に一度きり』という縛りをなくさせるもの、だったか」
かなり特殊で、それでいて厄介な効果だ。《超大暗夜蝶》にも当然の如く自己蘇生効果があるが、2コストでパワー2000という標準的なスタッツを有しているからこそ便利な《暗夜蝶》に比べればその利便性は著しく劣る。6コストでパワー3000、緑陣営の守護者ユニットであることを加味すればこれでもステータスは決して低いとはいえない──が、取り回しに難が付き纏う時点でカード単体の強味で言えば低コストの《暗夜蝶》とは比較にもならず、またパワーでの僅かな優位性も3コストでパワー3000の《大暗夜蝶》がいる以上帳消しである。
ただしこれはあくまで《超大暗夜蝶》を単体で見た場合の評価。このユニットが真価を発揮するのはプレイヤーの墓地に《暗夜蝶》が眠っているとき……つまり今このとき、この場面こそが夜蝶の親玉の厄介さが存分に発揮される状況であるからして。
「ムラクモ先生ならそりゃあ知ってますよね。だけど一応義務として説明させてもらいます──《超大暗夜蝶》がフィールドに召喚されたとき、その時点で墓地にいるカード名に『夜蝶』と付くユニットの蘇生制限がまとめて取り払われる! 俺の墓地には四枚の《暗夜蝶》扱いのカードがいる。既に蘇生効果を使い終わっているのは一枚だけだけど、それは《超大暗夜蝶》の登場と同時になかったことになった。そしてこのユニットが場に居続ける限り、『夜蝶』ユニットは何度蘇生しようとも蘇生制限が付くことはない!」
「つまり《超大暗夜蝶》を退かさない限り、夜蝶ユニットがお前の墓地から無限湧きしてくるということだろう」
まったく面倒なことになった、とムラクモは無造作ヘアに片手を突っ込んでぼりぼりと頭を掻いた。退かせば解決するなら退かせばいい、などと単純にはいかない。何せ《超大暗夜蝶》を破壊した途端にアキラのフィールドには四体の夜蝶が湧き出てくる上に、《超大暗夜蝶》自身も一度だけなら自力で蘇られる。そうして出来上がる、子分たちに厳重に自分を守らせる布陣はとても酷いものだ。常在型効果で蘇生制限を取り払われた夜蝶たちが本当の無限ループを始めてしまい、いくらアタックを仕掛けてもアキラはおろか《超大暗夜蝶》にも二度と攻撃が通らくなってしまう。
同名ユニットの蘇生制限だけは消せないこと。要するに二枚の《超大暗夜蝶》によるループが発生しない点に関しては有情と言えるが、二度も《洗礼淘汰》という全体除去を切らされた後でこのような盤面を構えられてしまったムラクモとしてはその程度ではなんの慰めにもならない。
「やってくれたな若葉。……お前がここまで守勢においても巧みになっているとは、いい意味で予想を裏切られたぞ」
「先生にそう言ってもらえるほど、上手くやれているつもりはないですけどね。舞城さんみたいな鉄壁はまだまだ築けそうにもありません」
「いや何、単に守備の堅さだけを言っているんじゃあない。判断力も含めて巧みだと褒めているんだ──そうも自信を持って夜蝶を最後の砦とするからには、もう気付いているんだろう?」
「はい。先生が使っているデッキは『スターライト』の奇襲性と、それを活かすための黒の破壊でアドを取る特徴を組み合わせた攻撃的デッキ。赤や緑での速攻戦法すらも置き去りにするほどの速度で相手を攻め立てるパワーとテクニックが同居した構築……だけどその代わり、先生のデッキはどうしても『破壊に偏っている』。戦闘破壊と効果破壊のみに除去を頼っていて、それ以外の手段がまったくない! そこが弱点です」
緑陣営の代表的クイックスペル《大自然の掟》。相手ユニットを墓地送りにするという破壊を介さない除去であるが故に有用かつ有名であるこのカードを例に挙げれば明らかな通り、破壊以外で相手ユニットに対処する方法というのはとりわけ重要である。除去手段が破壊オンリーでは破壊耐性持ちに何もできないばかりか、《暗夜蝶》のような破壊をトリガーに効果を発揮するカードにも翻弄されるようになる。
破壊以外の除去を盛り込むことがデッキ構築の絶対ではないが、しかしそれができている方がより多くのデッキタイプに勝率を持てることは確実だ。それが理解できないドミネイターはおらず、逆に言えばそこを妥協しているからこそムラクモはファイト開始からたった数ターンでアキラのライフコアを残りひとつまで削ることが可能だったとも表現できる。どこかを尖らせれば別のどこかに弊害が生じるのは構築においても必然。圧倒的な奇襲力のツケというものが、序盤で決めきれなかった代償としてムラクモの前に立ち塞がっているのが現状だ──けれども。
「見事と言っておこう。的確に弱点を見抜き俺の困る盤面を作り上げたこと。そしてここに至るまでたったひとつのライフコアを守り切ってみせたその手腕、とてもではないが一年生レベルにはない。ともすればお前こそが早期進級の対象者に相応しいと思えるほどのファイトタクティクスだ……追い詰められてからしか実力を発揮できない点はマイナスだが、それを補って余りある才能がお前にはある」
──九蓮華エミルに目を付けられ、あまつさえ欲しがられるのにも納得の才能が。
きっとアキラにはDAの入学テストの際に自分が見出した以上の『何か』があり、正体不明のそれをエミルははっきりとその目に映し出しているのだろうが。そうと認めつつもムラクモは、アキラがエミルと同じ道を辿るなどとは露ほども信じてはいなかった。己とエミルとに大した違いなどない。アキラ本人の口からそんなセリフを聞いた後でもその思いは変わらず……いやむしろ、この本気のファイトを通してより彼の思いは強く確信へと変わっていっていた。
九蓮華エミルを止めるのは若葉アキラ。必ずそうなるし、そうならなければならない。あるいはそれこそがエミルのためでありアキラのためでもあるのだと、ムラクモは信じている──だからここで、この『修練と試練の間』にてどこまでもアキラを試す。彼がエミルにも勝るドミネイターとなるための試金石となるのだ。
「だからと言って勝ち誇るには早い。俺のデッキにはまだ《洗礼淘汰》が眠っている上、他にも複数破壊に適したカードがある……ロートレックの攻撃を確実に通すための方法としてそこは厚く積んでいるんでな。《超大暗夜蝶》を単体で排除しつつ、小粒の夜蝶共も残さず葬る。『スターライト』の攻撃性能と除去スペルを合わせればそれも決して不可能ではない。加えて言えば夜蝶はそのどれもが相手プレイヤーにダイレクトアタックできない守護者ユニットだ。つまり若葉、お前は敗北に遠くともまだまだ勝利にだって近づいてはいない──、」
と、そこでムラクモが生徒のために行う講釈を途切れさせたのは。そんなものは必要はないと言わんばかりの、こちらを見つめるアキラの眼差しに確かな力を感じたからだった。




