174.再臨のヒーロー、宇宙戦士ロートレック!
「このターンに使えるコストコアは残り四つ……それでお前はどうする?」
マリナスという切り札を自ら排してまで手に入れた4コストだ。仮にあの行為が自発的破壊のみを目的とした、つまりはそれに反応して蘇る《暗夜蝶》と《呼集生来》のコンボを通すためだけのプレイイングだったとしても、しかしそこで満足してこれ以上何もしないということもあるまい。そう読んだムラクモに、アキラはカードをファイトボードに置くことで応える。
「もちろん! 俺にはまだやれることがあります──残りの4コストを全て使って、召喚! 《呼戻師のディモア》!」
《呼戻師のディモア》
コスト4 パワー2000
真っ黒なローブとフードで年齢も性別も不詳の、だがおそらくはまだ子供の範疇であろう小柄な体躯をしたディモア。ずるずると裾を引き摺って歩くその姿からは陰鬱な気配というものが漂っている。
「そのユニットは……!」
「ディモアの登場時効果を発動! 場のユニット一体を破壊することで、黒陣営以外の墓地のユニット一体を蘇生する! 破壊対象は既に自己蘇生効果を使っている最初の《暗夜蝶》。そして蘇生対象は……今し方墓地へ行った《ダークビースト・マリナス》!」
「やはりそうくるか!」
先ほどはマリナスを黒陣営ユニットとして扱うことで《繁栄の対価》を適用させたが、今度はそれの反対。マリナスを緑陣営ユニットとして扱うことでディモアが持つ蘇生の制約を潜り抜けた。初めてミキシングカードを使用しているとは思えないほど堂に入った特色の利用ぶり。どうやらカードを譲った父からアキラはある程度の薫陶を受けているらしいと悟り、それを組み込んで初めてのファイトでここまで発揮できていること──掛け値なしに素晴らしいと思う。だからこそムラクモに迷いはなかった。
ディモアがどこぞより取り出したハンドベルをリンと鳴らし、その音色にいざなわれるように身を散らせた黒蝶と、それと入れ替わるように地の底から勢いよくその身を現したマリナス。そこまでを見届けてムラクモは言う。
「マリナスが蘇生召喚されたこの瞬間! ロートレーの条件適用効果を起動する──召喚されたユニット共々、このユニットを破壊する!」
「ウッ……ぐ、」
蘇ったマリナスに星の頭を持つ巨漢が素早く接近、そして即自爆。流星の衝突のようなあっという間の出来事には、それを覚悟していたはずのアキラの目を晦ませるだけの激しさと眩さがあった。だが想定通りであることに変わりはなく。
「先生こそ、やはりそうきましたね。マリナスみたいなエースカードは生かしてはおけませんか」
「無論だ。《暗夜蝶》は択になるが《ダークビースト・マリナス》は率先して破壊しなければならない。何せ墓地を経由して戻ってきたそいつはレストが解除されて再びスタンド状態になっている……要するにまた俺のユニットを破壊して自身の効果でスタンド、追撃が行える状態ということ。こいつのためにもそんなユニットを野放しにしてはおけないんでな」
「……こいつ?」
「ああ、若葉。俺がマリナスに対しロートレーの効果を切ることを想定していたようだが、しかしここから先は読めていたか?」
すっと。ムラクモは三枚の手札の中から一枚を取り出して、まるで講義のように言葉を続ける。
「今はお前の手番だが。俺はこのターン、シロマネキの効果によってらてぃんくるを。そして自身の効果によってロートレーが破壊されている……つまり一ターン中に二体の『スターライト』ユニットが効果破壊されていることになる。ここまで聞けばもうわかるな?」
「それは……その条件で出てくるユニットは!」
そんなのはもうあのカードしかない、とアキラが全てを察すると同時に答え合わせが行われる。取り出した一枚をファイトボードに置くムラクモの手付きには無駄も力みもなく、クイックチェックで《忌々しい記憶》を引き当てたあの瞬間からここまでが彼の想定であったのだと、アキラは知るともなく知った。
「俺の切り札。二枚目の《スターマイネス・ロートレック》を自身の効果により無コストで召喚する!」
《スターマイネス・ロートレック》
コスト9 パワー10000 【重撃】 【疾駆】
ロートレーを更に強化したような常軌を逸したレベルで発達した筋肉を持つ、星頭の大男。アメリカンコミックのヒーローのような衣装を身に纏っている彼がフィールドに降り立てば、途端にそこが狭くなったように見えた。ロートレックよりも大きな体格をした巨獣ユニットを多数操るアキラでもそう感じるのは、単純な背丈だけでなくその身から放たれているプレッシャー。10000という大台に届く強大なパワーに裏打ちされた力の波動のせいなのだろう。
「くそ、また自己召喚を許してしまったなんて」
呻くようにアキラはそう言った。まさかロートレーだけでなくロートレックの二枚目までもが既に手札に控えていたとは、流石に想定外だった。ミオや、あるいはあのエミルのような優れた洞察力がアキラにも備わっていれば、ひょっとしたらここまでのムラクモの目線や言動などでその事実も読み取れたかもしれないが……いずれは彼も必ずそこに至るだろう、と本人以上にそのことを確信しつつもムラクモはそれをおくびにも出さず。
「ロートレーの自爆を切る絶好の機会を与えてくれたことには感謝しよう。お前の迂闊のおかげでロートレックを弄せず呼び出せた。コストが大きく浮いて助かったぞ、若葉」
ロートレックは高パワーに加え仲間を墓地から蘇らせる効果まで持っている、まさしくエース級のユニット。そのせいでコストは9とかなり重たく、ムラクモとしてもいざとなれば正規召喚を行なえるようにとコストコアブーストの手段をデッキに盛り込んではいるものの、だとしても手打ちは少々重きに過ぎる。
それはプレイングの幅を大きく狭めるものでもあるからして、ムラクモとしてはなるべくコスト踏み倒しに拘りたいところだ──少々難しいかと思われた今回もそれが叶った。まさにムラクモが言ったようにこの展開はアキラのプレイに助けられた部分もあり、感謝の言葉は皮肉でありながら半分は本心でもあった。もちろん、そこに本当に感謝の気持ちがあったとしてもアキラからしてみれば百パーセントの皮肉と同じではあるが。
何はともあれ盤面の形勢は五分。いやむしろ自分の方がやや有利。ロートレーを自爆で失ったのも、彼を蘇生できるロートレックが代わりに場に出たのであればそう痛くない。手札にある二枚のカードを見ながらそう結論するムラクモ同様に、アキラもまた自身有利の結論へ達しているようだった。
「確かにロートレックは【重撃】と【疾駆】を持つパワフルで厄介なユニットです。だけど一番の厄介なポイントである『スターライト』蘇生の効果は、俺のライフコアをブレイクしないことには発動できない。つまり今の状況からするとロートレックはその真価を発揮できない、ただの大型アタッカーでしかない!」
「そう思うか、若葉。満を持して呼び出した二体目のこいつを、俺が活躍させてやれないと」
「違うというのならどうぞやってみせてください、ムラクモ先生。コストコアを使い切っている俺にはどのみちもうこれ以上動けない……ターンエンドします」
「ならば俺のターン。スタント&チャージ、そしてドローだ」
このスタートフェイズによってムラクモのコストコアは十個、二桁に到達した。ロートレックが既に場に出ている以上、彼はこの大量のコストを自由に使えることになる──手札を持つアキラの腕に、ぐっと力がこもった。




