171.朽ちぬ戦意、蘇りのマリナス!
迸る白い光。神聖ながらに途轍もなく暴力的なその奔流にフィールドが埋め尽くされ、アキラのユニットたちは逃げ場もなく飲み込まれていく。まさしく淘汰。そうとしか言いようのない破滅の光景を前に、それを作り上げた本人の声が淡々と響いた。
「このスペルの効果は履修済みのようだな。だが唱えるにあたっての義務として説明をしておこう──《洗礼淘汰》は自分の場の【守護】持ちを対象として発動し、そのユニットのパワー以下のユニット全てを破壊するクイックスペルだ」
場に守護者がいなければ使用できないこと。破壊が自分の場も巻き込むこと。そういった扱いにくい点も多々あれど、しかし白陣営においては貴重な全体破壊の行えるクイックスペルである。黒が誇る汎用クイックスペル《ダークパニッシュ》のように「とりあえずの採用」が叶うほどの利便性はないが、元より守護者の層の厚さが特徴である白を使うならば構築の段階でひとまず投入を検討する程度には、こちらも優れたカードであることに変わりはない。
結果として、それが採用されていたためにアキラの築いた戦線は──スペル一枚で完全に瓦解してしまったのだから。
「っ、ここでそんなカードが出てくるなんて」
「せっかくクイックチェックで引いたのに無コストで唱えられなかったのは俺にとっても痛かったがな」
悔しげにするアキラにムラクモも小さく嘆息する。守護者どころかユニットそのものが不在だったのだからしょうがないが、とは言ってもそのせいで攻め入るチャンスを逃したのは大きい。せめてもう一体、ユニットを召喚できるだけのコストが残っていれば──このターンでファイトは終わっていたというのに。
(《洗礼淘汰》の自分のユニットまで破壊するデメリットも、『スターライト』にとっては有効活用できるポイントになる。何せそれに反応してロートレーは手札から自己召喚されるんだからな)
そう、ムラクモの手札には二枚目の《スターマイン・ロートレー》がいる。《洗礼淘汰》でアキラの守護者を一層しつつ、その破壊に別の『スターライト』も巻き込ませてロートレーを召喚、【疾駆】による速攻で最後のライフコアを奪う。そういう流れにも充分に手が届いたことを思えば、《洗礼淘汰》が手打ちになってしまったのは非常に残念なことだった。おかげでアキラはまたしても一ターン分の猶予を得たのだから、余計にだ。
「役に立つ全体破壊スペル、だとしても条件付きでの5コストとなるとやはり重いと言わざるを得ない。まあ、それを踏まえても採用する価値のあるカードではあるが……とにかくコストコアを使い切ってしまったからには仕方ない。俺はこれでターンエンドだ」
「っ、」
頼りにしていた守護者二体に加え、新切り札であるミキシングユニット《ダークビースト・マリナス》までまとめて除去されたアキラからすればムラクモのこの物言いには大いに不満もあった──が、ユニットの犠牲によって生き延びられた。そこに安堵を覚えているのも確かなので言い返すべきセリフもなかった。
(切り替えて考えよう。フィールドはリセットされてしまったけど、ムラクモ先生の場のユニットだってロートレックからただの守護者であるらてぃんくるへとパワーダウンしている。あのユニット自体に特別の恐ろしさはない、けれど……)
標準的な白の守護者というスタッツをしているらてぃんくるには特殊な効果などなく、また相手プレイヤーへダイレクトアタックができないという例の制約も課されている。それ単体で警戒すべきところなどない存在であるが、アキラが着目しているのは彼(?)の種族が『スターライト』である部分。対処に誤ればまたしてもロートレーやロートレックといった厄介なユニットが飛び出してきかねない……と、まさにムラクモの企みを嗅ぎ取る形でアキラは彼の三枚の手札をじっと見やった。
(三枚。あの中にいると思った方が無難だろうな。するとらてぃんくるを効果で破壊するのは自傷のようなものか……そしてだからと言って放置するのもよくない、《魂歯みのシロマネキ》や《洗礼淘汰》。ムラクモ先生のデッキには自分のユニットを効果破壊する手段も豊富に用意されているんだから!)
またぞろ破壊によってアドバンテージを生むシロマネキのようなカードとコンボを組まれては大変だ。そうやって場が整えられて再び強く攻勢に打って出られてしまえば、ただでさえ必死に守り抜いているところのたったひとつのライフコアなどあっさり消し飛ばされて終いだろう。そうならないためにはなんの効果もない守護者ユニット一体に対しても慎重に、万全を期して当たらねばならなかった。
(《暗夜蝶》は墓地にいる状態で自分のユニットが破壊されないと自己蘇生ができない。他のユニットとまとめて破壊されたからにはこのターン中に呼び戻すことはできない……きっとムラクモ先生はそれも計算尽くで全体除去に踏み切ったんだろうな)
そのせいで《暗夜蝶》を場に構えるにはもうひと手間がかかるようになってしまったが、しかしアキラのデッキカラーは黒緑。黒の採用により彼もまた自分ユニットの破壊手段には事欠かない。
「俺のターン、スタンド&チャージ! そしてドロー!」
このターンにすべきことを既に定めているアキラは、まずはと場に残されている唯一のカードであるオブジェクト《緑莫の壺》をレストさせた。
「《緑莫の壺》から黒のコアをひとつ生成、これで俺が使える合計コストは七つ──を活かす前に、墓地のマリナスの効果を発動!」
「何、マリナスの墓地効果だと……?」
「マリナスは『アニマルズ』と『ダークナイト』、双方の種族を併せ持つ。そしてこのユニットが墓地にいる時、墓地の『アニマルズ』と『ダークナイト』のユニットをそれぞれ一体ずつデッキに戻すことで一度だけフィールドに蘇ることかできる!」
「蘇生能力まで備えているのか!」
アキラの墓地に動きがあるとすれば《暗夜蝶》以外にはない。そう見越していたムラクモからすればこれは驚愕の事態だった──あれだけ攻撃性能に尖った効果を有していながら、自己蘇生効果というある意味での場持ちの良さまで得ているとは。間違っても4コストのユニットに詰め込んでいい能力ではないが、しかし納得と言えば納得でもあった。
(比較対象になる同コストの《ビースト・ガール》がそもそも単色ユニットとは思えないほど盛られたカードだからな……他のビーストたちも大概に効果は派手だ。つまり推定若葉家のみが所持しているビーストカードとは『そういうもの』だということ。ならば混色となって進化したとも言えるマリナスがここまで強力なのも何もおかしくはない、か)
「墓地の《獣奏リリーラ》、《闇重騎士デスキャバリー》! この二体をデッキに戻して──甦れ、《ダークビースト・マリナス》!」
《ダークビースト・マリナス》
コスト4 パワー4000 MC 【疾駆】 【好戦】 【復讐】
考え込むムラクモを置いてアキラは二枚のユニットカードを墓地からデッキへと移し、マリナスを場に呼び戻す。しれっとクイックカードが再びデッキへ仕込まれたことにムラクモは目を細め、その無駄も油断もないプレイングに感心する。
アキラのデッキには緑にも黒にも墓地を参照するカードが多数入っており、それと墓地のユニットを減らしてしまうマリナスの蘇生条件は間違いなくアンチシナジーであるが……しかしクイックカードを狙ってデッキに戻せるのであればそれも許容範囲だろう。新たなクイックユニットである『ダークナイト』のブルームスや『アニマルズ』のリリーラを採用したのも、おそらくはこの流れを想定してのもの。だとすれば彼の新構築はつい先日見直したばかりとは思えないほどよく練られており、現時点でも悪くない完成度だと認めてもいい──。
が、しかし。
(問題はここからどうしてくれるか、だがな)




