17.進化したデッキ
ファイト開始から数ターン経過。アキラは一枚のカードを繰り出した。
「《慈しみの妖精リィリィ》を召喚! 登場時効果を発動──次に召喚するユニットが種族『フェアリーズ』以外なら、自分の場の『フェアリーズ』一体につきコストを1軽減できる!」
「っ、また妖精カードか……!」
「俺の場にはティティとリィリィ、二体のフェアリーズがいる! よってコストを2軽減し、来い! 《闇重騎士デスキャバリー》!」
《闇重騎士デスキャバリー》
コスト5 パワー4000 QC 【守護】 【復讐】
「黒陣営のカード!?」
これまで緑陣営のカードしか見せていなかったアキラが、突如として呼び寄せた禍々しい騎兵に驚きを隠せない対戦相手の少年。ふしゅぅ、と歯が剥き出しになった騎兵の口から漏れる重い息遣いに彼は思わず背筋を震わせた。
「デスキャバリーは守護者ユニット。加えて【復讐】というバトルに負けても相手ユニットを道連れにして墓地へ連れていく効果も持っている」
「ただでさえパワーが4000もあるのに、その上【復讐】まで!? なんて厄介なユニットなんだ」
白陣営でないことを踏まえればコスト5の【守護】持ちが4000のパワーを誇っているだけでも充分な価値があるというのに、そこに追加で別の効果まで盛り込まれているとは。しかもこれだけ強力な守護者ユニットがまさか緑デッキを使うアキラから飛び出してくるなどととは夢にも思っていなかっただけに、少年が受けた衝撃は余計に大きかった。
そのたじろぐ様を見てアキラは彼の実力の確かさを知った。
(デスキャバリーのパワーを知って驚くのは彼に知識がある証拠だ。強い効果を持てば持つほどユニットのパワーは下がる。それが常識。陣営の特色に反する効果であれば尚のこと……黒陣営の守護者として標準以上の『スタッツ』(※ユニットのサイズのことだが、ここで言うスタッツはコストや効果に見合ったパワーであるかの判定)を持ちながら更にメリット効果を併せ持っているデスキャバリーは紛うことなき強力なカード。それを瞬時に悟った彼は、それだけドミネイションズに造詣が深いということ!)
しかもこの闇の騎兵はなんとQCでもある。つまりライフコアのクラッシュによってドローすればコストコアを消費することなく召喚できるのだ。三つも有用な効果を持つデスキャバリーは、ドミネイションズ・アカデミアの本試験という大舞台に挑むアキラへロコルが贈った餞別品。貴重なレアカードを惜しげもなくプレゼントしたのは彼に『守り』の助言をした者としての責務か、それとも純粋なる善意か。どちらにせよ彼女がくれたカードはこうして早速アキラを守る堅牢な盾となってくれている。
「ありがとうロコル──俺はこの新たなデッキで、本試験を勝ち抜く! ティティでダイレクトアタックだ!」
「ぐっ!」
対戦相手の少年のライフコアがひとつ減り、これで残るは三。ファイトも佳境に入ってきたところで手番がアキラから少年へ移った。
「俺のターン、スタンド&チャージ! ドロー! 二体目の《タイラント》を召喚! これで《ドンタッチ・U》が更にパワーアップ!」
《ドンタッチ・U》
コスト2 パワー2000→4000
「そのカード以外の味方の赤ユニット一体につきパワーを1000上げる……だったね」
「その通り! 二体の《タイラント》がいることで《ドンタッチ・U》はデスキャバリーとパワーを並べた。道連れ能力の【復讐】もパワーが互角なら意味をなさない!」
「……、」
少年の言う通り、バトルが相打ちの結果に終わるのであれば負けても敵ユニットを破壊できる【復讐】の効果はないも同然。こんな形でデスキャバリーの優位性をひとつ潰してくるとは、とアキラは少年の実力を改めて認識する。流石にDAを目指す受験生。知識量もプレイングも、クラスの友人たちとは一味違うようだ。
だがしかし──。
「ドンタッチでティティへアタック! さあどうする、妖精と騎兵! 君はどちらを無駄死にさせる!?」
「俺は……」
パワー3000の《タイラント》には相手ユニットがバトルで破壊された時、そのターン中パワーを1000上げるという効果がある。ここでガードすればデスキャバリーは死に、続く《タイラント》の攻撃で十中八九ティティも破壊される。しかしガードしなければティティが先に死に、デスキャバリーのパワーに追いついた《タイラント》がアキラ自身へと攻めてくる。それをガードしても相打ちによる双破壊は避けられない。アキラは結局ユニットを二体失うことになる──そこまで瞬時に計算を終え、彼が下した結論は。
「ガードはしない」
「妖精を見殺しにするか。ならお望み通りやってしまえ、ドンタッチ!」
タキシードを着こなした炎の化身が、その紳士的な雰囲気をかなぐり捨てたように極度に体を膨張させて襲いかかる。明らかにパワフルになっている彼を相手に非力な妖精が敵うはずもなく、ティティにできるのはただ己が運命を受け入れて瞳を閉じることだけだった。
「くっ……、」
犠牲となったティティに内心で謝りつつ、だがこれでいいとアキラは思う。どのみち相打ちを狙える以上、ここで相手は確実に──。
「次は《タイラント》でのダイレクトアタックだ!」
自分を攻撃してくる。読み通りの行動である。故にここでもアキラは慌てなかった。
「ガードは、しない」
「そこまでデスキャバリーが大事か!? だったらライフを削らせてもらう!」
誰に憚ることもなくアキラの陣地にまで堂々と進軍してきた赤黒い岩のような肌をした獣が、頭部から生やした太い一本角で彼を貫かんとしてくる。それを防ぐべく一個のライフコアがアキラを庇って散った──これでライフは相手と同じく残り三、敗北まではまだ幾ばくの猶予がある。だからこそアキラはアタックを受ける選択をしたのだ。
そして何より、今のアキラのデッキは以前とは異なり。
「──引いたっ、クイックカードだ!」
「なにぃっ!?」
守りの手段に厚くなっているのだ。
「5コストを支払うことなく、黒のスペル《ダークパニッシュ》を発動! 相手のユニットを一体破壊する! 俺が選ぶのはこのターンに召喚された《タイラント》!」
黒い閃光がアキラの掲げたカードより放たれ、それに狙い撃たれた二体目の《タイラント》は反応すらできず全身に光を浴びて倒れた。自分がこうなっていたかもしれない、と場に残された二体は共にゾッとしているようだったが、しかし彼らの末路はもう決定付けられている。
「赤のユニットが減ったことで《ドンタッチ・U》のパワーは下がる。そして《タイラント》の自己強化も俺のターンまでは続かない……そうだろう?」
「ぐぐ……お、俺はターンエンドだ」
《ドンタッチ・U》
パワー4000→3000
《タイラント》
パワー4000→3000
ユニットの弱体化が待っていようともエンド宣言をするしかない少年。手番の終了に合わせて彼のユニットが共にパワーを落とす様を眺めながら、アキラはデッキからカードを引く。
「パワー3000でレストしているユニットが二体……これなら《昂進作用》はいらないな」
「なんだって?」
「このターンで決着を付けられそうだと言ったんだ! 行くぞ、俺は《ビースト・ガール》を召喚する!」
「ビースト、ガール……!?」
デスキャバリーに続きまたしても見たことのないカード。ドミホが戦うべき受験生を示しても動き出しが他より遅く、覇気も感じず、なんてことはないように見えた相手だが。ひょっとすればそれは自分のとんだ勘違いだったのではないかとこの時になってようやく少年は気付いた。
「【疾駆】を持つガールで《タイラント》を攻撃! 難なく破壊! バトルに勝ったことでガールはスタンド、それと同時にもう一体ユニットを破壊できる! 《ドンタッチ・U》も撃破だ!」
「な、な……!」
攻撃するユニットの数は『足りている』ものの、油断なく先に敵ユニットから倒すアキラ。見知らぬカードをこうも使いこなし、プレイにも隙という隙が見当たらない。つまりこの対戦相手は──自分にとってとんでもない外れだったのだと、彼は理解させられた。
「ガールとリィリィでダイレクトアタック! ……クイックカードはなしか。だったらこれで終わりだ、デスキャバリーでダイレクトアタック!」
「まさかとは思ったが……それだけの力がある守護者なのに、相手プレイヤーにもアタックできるのか!?」
「闇の騎士は死してなお忠義に尽くす盾であり矛! 何人であっても彼を止めることはできない──ファイナルアタックだ! デス・スパイラル!」
「うわぁああっ!!」
死したる名馬を繰りフィールドを駆け抜け、主人の敵へと向けて黒一色に塗られた突撃槍を突き出す。迅速かつ無慈悲なその一撃によって少年の最後のライフコアは呆気なく砕け散った。相手をライフアウトさせたことにより、このファイトの勝者はアキラとなった。
「よしっ! まずは一勝だ!」