169.登場、ミキシングビースト!
プレッシャーが込められた問い。それにアキラが答えを出す前に、ムラクモはエンド宣言を行なう。
「これ以上使えるカードもなければアタックもできない。俺はターンを終了する」
「ふう……俺のターン!」
なんとか乗り切った。その安堵からアキラは汗を拭いつつ自分のターンに移行する──待ち侘びた安全な時間。しかして一個のライフコアだけが生命線の状況に変わりはなく、ここから先はムラクモのターン毎に必ずまた綱渡りを強いられる。ならば今のアキラがやるべきは、彼の足場である綱を少しでも太く安定性のあるものにすること……つまりは相手ターンを生き延びるために守りを固めることだ。
無論それだけではいつまで経っても勝ちに近づけないために、どこかでリスクを背負う必要はある。その足掛かりにすべくブルームスのランダム破壊に頼るのも悪くないだろうと考えていたアキラであり、そしてムラクモはその思考を推察した上でブルームスを生かした。これは決してアキラに塩を送っているわけではない。定石で考えるならここでリリーラを優先して除去するその判断に瑕疵などないのだから──だからこそアキラはそれを込みで得意の『運の押し合い』に持ち込もうと企み、できるものならやってみろとムラクモは申し出を受諾した形だ。
「振り切れる必要がある、か……スタンド&チャージ、そしてドロー!」
このドローによってアキラの手札は七枚となった。豊富である。ただしコストコアはまだ五つしか溜まっておらず、《緑莫の壺》で生み出せる黒のコアを含めても彼が使用できるコストは六つ。これではどんなに手札が豊富だろうとそこまで大胆に動けるものではない。《緑莫の壺》以外に『フェアリーズ』に代表されるようなコストコアブーストの手段を取らなかった……というよりも取る暇がなかったのが、いたく響いている。
もちろんそれはムラクモの猛攻がそういった行為を許してくれなかったという意味で、結局のところ彼の戦術に追いつけていないことが全ての原因であるわけだが。それを自覚したとてどうしようもないものはどうしようもない。今だってそうだ、崖っぷちの現状において手札に控える《恵みの妖精ティティ》を召喚できる余裕なんて皆無。こういったアド稼ぎのみに特化したカードは相手盤面への干渉力を全く持たないため、眼前に敗北が迫っている場面ではどうしたって使い様がないのだ。
故に振り切れる。先のことを思えばここでロートレックは必ず処理しておきたいが、そのためにコストはかけられない。最低限のコスト消費でパワー10000を誇るムラクモのエースユニットを打倒する──そんな無茶を成し遂げるカードを、たった今のドローで引いた。
「4コストで召喚──緑黒の混色ユニット! 俺の新たな切り札、《ダークビースト・マリナス》!」
「何っ……ミキシングカードを!?」
まさかアキラのデッキからミキシングが飛び出してくるとは思いもしていなかったムラクモだ。さしもの表情に薄い彼もこれには驚愕を露わとし、瞠目しながら見つめる先でそのユニットは降り立った。
《ビースト・ガール》のように人型で、しかし彼女よりも体格的には成長が見られる少女というよりも女性と称すべき見た目。黒い肌を覗かせる獣めいた衣装に身を包み──肌と同化するようにそちらも真っ黒だ──頭には動物の頭蓋骨を被って顔の上半分を隠している。そして何より特徴的なのが、骨から作られたと思しき武器を持っていること。武装している。他の『ビースト』ユニットにはまず見られないそれこそが、彼女が黒陣営と所属を共有している特殊な存在であることを明かしているようにムラクモには思えた。
《ダークビースト・マリナス》
コスト4 パワー4000 MC 【疾駆】 【好戦】 【復讐】
「若葉、お前。いつの間にそんなカードを手に入れた?」
「つい先日に父さんから貰ったんです」
元々ビーストのカードは全て父から譲り受けたものだが、しかし父が持つ全てのカードを譲られたわけではなかった──まだアキラには使いこなせない。そう父が判断して渡していないビーストもいたのだ。
ミキシングとして色々と制約のあるマリナスもそんな一枚だ。アキラが病院で精密検査を必要とするほど激しいファイトをしたこと、そしてその相手との再戦を誓っていることから成長を促す意味でも父は新たにカードを渡すことを決断。ちょうどアキラのデッキカラーである黒と緑の混色であるこのユニットを贈った……それがつい三日前のことであり、実際にマリナスを召喚するのはアキラも今回が初めてとなる。
「そうか、親御さんからの贈り物……」
ビーストのカード群はムラクモや泉といったDAの教師陣であってもその存在を知らなかった超希少なレアカードたちである。昔は熱心にファイトをするドミネイターであったというアキラの父のプロフィールをムラクモは把握しており、確か現在はドミネイションズのイベント事業を行う割と大きな会社でそれなりの役職に就き、国際的に幅広く興行へ携わっているとのことだったが──そこまで思い出して「なるほど」と納得する。
ムラクモは昔、まだプロの道に進むかそれ以外かの選択に答えを決めていなかった頃、それはもう熱心にドミネ界隈のシーンを追っていた。プロ・アマチュア問わずに当時の注目のドミネイターは全て頭に入っていたと言っていい。そんな自分が、己よりもひとつ上の世代であるアキラの父のことはまったく知らない。他に所持者が見かけられないビーストを操って戦う彼を一度でも目にしていたなら、あるいは情報だけでも入ってきていたなら、決してそれを忘れることはなかったろうに……つまり知識にないということは。アキラの父は一度だって日本ドミネ界の最前線に立ったことのない、されども希少なカードを息子に譲り渡すことのできる元ドミネイターであると推察され、そこから導き出される答えは。
──アキラの父はアキラに嘘をついている。
より正確に言うなれば『息子にすら身分を偽っている』といったところか。
(あくまで推測ではあるが、可能性は高いだろうな。アキラ越しにも父親の実力は窺い知れる。そしてそういった不自然に鳴りを潜めている強者が『世界を股に掛ける実態のよくわからない企業』に務めているというのは──ドミネコーポレーション。世界一の大企業にして世界で最も謎めいているあの組織に関りがあるのだと、そうとしか思えん)
そうだとすればレアカードの所持も腑に落ちる。いや、ともすればビーストのカードはレアどころか正真正銘の一点もの。唯一カードである可能性すらある。そんなものをまだ十三歳の息子に気前よく譲ってしまうあたり、親馬鹿なのか無慈悲なのか。いずれにせよ息子は何も知らない様子ながらに、父のカードをそれなり以上に使いこなしている。ならば教師として何も言うことはない、とムラクモは奇妙な親子関係に一旦目を瞑り。
「ただでさえ強力なビーストの、ミキシング。いったいどんな効果を持っている?」
場を荒らすことに長けたアキラの切り札たち、それが混色の力を得てどうなったのか。相手取らなくてはいけないムラクモとしては正直言って知りたくもないくらいだが、無論のこと知らないわけにはいかない。素直に訊ねた彼に、佇むマリナスへ目を向けてアキラもまた素直に答えた。
「マリナスは【疾駆】と【好戦】を併せ持つ緑らしい攻撃的なユニット。それに加えて黒らしい【復讐】という戦闘欲とは別の殺意も持っています。更にこのユニットには『戦闘では破壊されない』効果と、相手ユニットを自身が破壊した際に一ターンに一度だけスタンドできるという継戦能力もある!」
「……! これはまた、実にミキシングらしい欲張り具合だな」
困ったように、けれどもどこか嬉しそうにムラクモは口角を僅かに上げた。




