168.間違いのない二者択一
「反撃か。ならば受けて立とう──だが本当に反撃なんてできるのか? お前が呼んだ守護者はどちらもロートレーにパワー負けしているようだが」
《スターマイン・ロートレー》
パワー7000
《デスデイム・ブルームス》
パワー3000
《獣奏リリーラ》
パワー5000
黒や緑には珍しいクイックユニットの【守護】持ち。それを引き当て、なんとかファイナルアタックを阻止できたのはいいが、どちらもロートレーを相手取るには力不足。戦闘で一方的にやられるのは確定で、であるならとてもではないが『反撃』と言えるだけの戦果はあげられないことになる。無論、ファイトの敗北を凌げるというだけでも戦果と言えば戦果であり、それを反撃の一端だと認めることもできはするが。しかしそれだと先のアキラの気勢と比してやや消極的な姿勢だと言わざるを得ない……そう考えたムラクモに「いいえ」と否定の言葉が飛ぶ。
「ブルームスもリリーラも、俺が頼りにしているのは彼女たちのパワーではないんですよムラクモ先生」
「ほお、そうなのか。ならばお前が言う頼りとはいったいなんなのか聞かせてもらおう」
打てば響く。というように先を促すムラクモのそれは生徒の自主性を育てんとするまさに教師の態度だった──導かれている。真剣勝負のファイトであってもこれも指導ファイトの内。そうと理解しながら、アキラもそれに有り難く乗っかる。なんにせよ互いに本気であることに変わりはないのだからそれでもいい。
「この二体には【守護】以外にも能力があるんです。ブルームスにはガードした時、相手ユニットを一体ランダムで破壊する効果が。そしてリリーラには自分の『アニマルズ』ユニット全てに【守護】を付与する効果があります」
「クイックユニットながらにどちらも強力だな……デスキャリバー同様にコスト以上の働きが期待できる優秀なカード。それによってお前は俺に『二者択一』を迫ろうというわけか」
「さすが、ムラクモ先生。話が早いや」
ニッと笑うアキラにムラクモは「ふむ」と頷いた──ロートレーには相手ユニットの登場時に自爆することでそのユニットを破壊する能力がある。どうやらアキラはそれを忘れず、彼からすれば厄介極まりないこの効果を利用して不自由な二択をムラクモへ強いるつもりでいるようだ。これはなかなかにいやらしく、そして褒めるべきプレイだと素直に認めることができた。
(ブルームスとリリーラが単なる守護者であるならロートレーの効果は使わず、アタックするのが吉だった。ただしブルームスがいる以上無策で突っ込ませればガードされて『ランダム破壊』の効果を発動させてしまう……そうなると二分の一の確率でロートレックが場から消える)
破壊の対象がロートレーであれば被害は軽微だ。何せロートレックにはアタックによって墓地からロートレーを引っ張り上げることができ、それを十全に活かすならばむしロートレーにはガンガン死んでもらった方が都合がいい。【重撃】持ちのロートレックで圧をかけつつ鉄砲玉のロートレーを立て続けに撃ち出す。そういった戦法を取るつもりでいたムラクモだが、今後の展開を察したアキラはそれを踏まえた上でムラクモのプレイに迷いを生じさせようとしている──それがこの二択に現れている。
(つまりここで最善なのはロートレーにアタックさせるのではなく弾の補充も兼ねて自爆させること。問題になるのはそれでどちらを破壊すべきか、という点)
ロートレックの破壊を嫌うのであれば優先して処理すべきはブルームスに思える。だが戦闘が発生しないのであればブルームスの効果は発動されず、少なくともこのターンに彼女によってロートレックが消される事態にもなり得ない。ガードすることが能力のトリガーである彼女が再びの脅威となるのは次のムラクモのターンからだ。それまではただの守護者ユニットに同じ。
それに対してリリーラは今こそただの守護者ユニットだが、アキラにターンが渡れば途端に脅威を発揮する──何せ彼女は『アニマルズ』へ無差別に【守護】を付与する強化能力を有しており、しかもこういった常在型効果にありがちな「自分が場からいなくなれば付与した能力も失われる」という制約がついていない。一度付与さえしてしまえばたとえリリーラが先に除去されても【守護】は残り続ける。となれば、あとたったひとつのライフコアを守り抜かねばならないアキラにとってリリーラはこの上なく頼もしく、反対にあとたった一撃さえ通せば勝利が決まるムラクモにとっては目の上のたんこぶのような存在に他ならない。
(墓地利用に巧みな黒の特色も加味すれば尚のことブルームスを先んじて破壊する意味はない……しかし俺の手札に除去札はない。ロートレックの蘇生効果を使うにもアタックは必須であり、その際にブルームスが存命であれば結局はランダム破壊が発動してしまう。確実に取れる内に取っておく方が安全だ、という考え方もできるか)
攻めの主軸に据えるべきロートレーを失うことと、相手の場に壁となる守護者が乱立すること。どちらにせよムラクモの攻め手が鈍ることは必至であり、しかもそこには運の要素も絡むために確率論だけで正答を見つけられるものでもない。不自由な二択とはつまりそういうことなのだ──選ばされている時点で転がされている。真っ直ぐなファイトスタイルとは裏腹にアキラはこういった相手を弄するような強制二択を仕掛けるプレイをこれまでも時折していたが、その手管にますます磨きがかかっている。そうムラクモは感心しつつ、答えを出した。
「ロートレーの条件適用効果を発動。相手ユニットの登場に合わせて自爆し、一体を道連れに破壊する」
「わかりました。それで、破壊対象は?」
「お前の思惑を外すならばここで選ぶべきはブルームスなんだろうがな……俺が対象とするのは《獣奏リリーラ》だ」
「!」
アタックではなく効果発動を選んだことには見越していたとばかりに頷いたアキラだったが、自爆の道連れとするユニットの選択には驚いたようだった。目を見開いた彼の眼前で頭部の輝きを強めながらリリーラに向かって突進してきたロートレーが激しく爆発四散。至近距離で発生した衝撃に巻き込まれてリリーラはなす術もなく破壊されてしまった。そこに残った粒子こそキラキラと美しくも、実態はド派手な心中。その名残である星屑の残滓がフィールドから霧散していく中、アキラは口を開いた。
「……訊いてもいいですか、ムラクモ先生。俺は先生がリリーラを選ぶだろうと予想していました。その予想を予想できていながらあえてその通りにした理由って、なんですか?」
「確実性を取ったまでのこと。次のターンでお前が『アニマルズ』を召喚すればするだけ【守護】持ちが増える、それは確かだ。ドローで七枚になる手札にまさかデッキの主体である『アニマルズ』が不在などとは考えられないしな。だがブルームスの場合は俺が除去札を引ければ解決する上、それが叶わずともユニットを呼び出せばそこ分ランダム破壊でロートレックがやられる確率も下がる。何重にも運が絡み、どこにも確実性がない。……無論、お前がそういった運否天賦を極限まで利用してこのファイトをひっくり返そうとしているのはわかっているさ」
「だったらどうして──」
「これはテストだと言ったはずだぞ若葉。だからお前の思惑にも乗る。別段お前に有利でもなんでもない運気と機運の押し合い。もしもそれを完全に制し、ファイトの流れすら決定的に変えてしまうようであれば──それこそ俺の待ち望んだ逆転。このテストに求める展開なのだから、試してみることもやぶさかじゃあない」
それに応えられるか、と。
ムラクモは静かにアキラへ問うた。
応えられぬなら、ここからいつまでも出られないだけだ。




