166.間違った判断
効果破壊を声高に強調するということは、ムラクモの手札にはやはり二枚目のロートレーがあるのか──いや、しかし。仮にそうだとしても二枚目は一枚目の破壊をトリガーにすることはできない制約が課されている。デスキャバリーの【復讐】によって道連れにされたのが別の『スターライト』ユニットであれば問題なくフィールドに登場しただろうが……では、まさか。
もうひとつの可能性に行き着いたアキラに、ムラクモがそれを肯定する。
「お察しの通りだ。こいつの自己召喚効果の条件はロートレーのそれを更に限定的にしたものでな。つまりは一ターンの間に二度! 自分の場の種族『スターライト』ユニットが効果で破壊されている場合に限り自身を無コストで召喚することができるというもの……先ほどシロマネキの効果でロータスが、そしてたった今デスキャバリーの効果でロートレーが破壊された。これによって条件は整った! 若葉、俺のエースユニットを拝ませてやろう」
「ムラクモ先生の、エースユニット……!」
切り札を呼び出す。その宣言に合わせてムラクモの闘気が一層に高まった──来る。ロートレー以上に条件が狭められたそれは、であるなら当然にロートレー以上の脅威となってフィールドに現れるに違いない。そうでなければムラクモのデッキのエースを張れるはずもないのだからそこに疑問の余地などなく、故にアキラが憂うのはただひとつ。そのエースがいったいどれほどの支配的なユニットであるか、という一点。
脳裏に浮かぶのは彼が直近で目撃し、嫌というほどにその力を全身で味わったエミルのエース《天凛の深層エターナル》だ。ごくり、と我知らずアキラの喉が恐怖によって鳴る。ファイト中の彼らしからぬ弱気をムラクモの目はしっかりと見咎めた。
やはりこの修練と試練の間を用いる判断は間違っていなかった。そう確信を強めながらムラクモは手札から引き抜いた一枚のカードをボードへ置く。
「──来い、『スターライト』の押しも押されもせぬ一番星。《スターマイネス・ロートレック》!」
《スターマイネス・ロートレック》
コスト9 パワー10000 【重撃】 【疾駆】
筋骨隆々の肉体に、星マークが特徴的な衣装。そして発光している星型の頭部に別の意味で眩く輝く笑顔。全体的にロートレーを一段階パワーアップさせたようなロートレックは、持っている効果もまたその例に漏れず。
「こいつは【疾駆】持ちの【重撃】ユニット。登場、即、お前のライフコアをふたつ奪う」
「!」
「デスキャバリーを先んじて片付けたことでお前の場はまたしてもがら空き。遠慮なく攻めさせてもらおう」
ずい、と胸を張ったロートレックが前に出てくる。巨大な胸板と太すぎる腕。見るだけでも圧迫されている気になるロートレックのマッスル具合に若干引きつつ、アキラは先ほどのプレイを悔やむ。
デスキャバリーをあそこで散らせたのは、間違いだった。ロートレーの攻撃を通していれば、ライフコアは減らされつつもロートレックは出てこられず、【重撃】の脅威に晒されることもなかった。仮に──たとえばクイックチェックで除去スペルを引き当てた場合などで──ロートレーが破壊されて結局ロートレックが召喚されたとしても、デスキャバリーが存命であればその時こそ【復讐】の活かし時だったのだ。
要するに油断からくるプレイングミスである。ロートレーの制約を教えられてアキラは二枚目の存在に意識が向くあまり、別条件で飛び出してくる他のユニットへの警戒を怠ってしまった。無論それは先のターンでムラクモがロートレーを自爆させながらも何も召喚しなかったという事実に起因するものであり、加えて言えば『一ターン中に二度の効果破壊』がトリガーになるユニットの存在にまで気が回るはずもないのだからその全てをアキラの油断が招いたものとするには少々厳しすぎるだろうが……されど知っていなければ警戒のしようもないロートレックの有無はともかくとしても、目先のブレイクに怯えるあまりデスキャバリーを迂闊に切った軽々の判断については決して褒められていいものではない。
つまるところこうなったのは、ブレイクひとつを過度に恐れるほど追い詰められたここまでのファイト展開。ムラクモの白黒構築による速攻という思わぬスタイルに対処できなかったツケが祟ったのだと言っていい。
思考が鈍り、視野が狭まる。そんな状態になるまで手早くライフコアを削ったムラクモの熟練した勝負強さが、経験値において圧倒的に劣るアキラを本人が思う以上に苦しめていた。
「覚悟はいいな? ロートレックでダイレクトアタックだ」
「ぐぅ……っ、」
ドン! とロートレーを超える速度で迫ってきたロートレックの分厚い肉体がアキラの視界を塞ぎ、次の瞬間には轟音と共にふたつのライフコアが砕け散っていた。これでアキラを守るコアは、残すところあとひとつ。敗北の一歩手前にまで追い詰められたことになる。
「王手だな、若葉」
「っ、だけどブレイクされたからには! 俺にはクイックチェックのチャンスがある!」
「クイックカードを引き当てて、次のターンに望みを託すか。──なにがなんでもそれが叶うカードを引けよ、若葉」
「……!?」
「言ったろう、俺はお前に王手をかけている。それが詰みとなるかはお前の引き次第だ──相手プレイヤーのクイックチェックの前に、コアブレイクしたロートレックの効果を使用する!」
「このタイミングで発動する効果だって!?」
いったい何が起ころうとしているのか。目を見張るアキラの目の前で、自軍の立ち位置に舞い戻ったロートレックがビシッとポーズを決めた。すると彼の頭部の輝きが一際に増し、それに呼応するように小さな光がフィールドの上で瞬いて──それがどんどん大きくなったかと思えば明確な形を取り、すぐにアキラも見覚えのある姿となってフィールドへ振り落ちてきた。
「なっ、ロートレーが降ってきた……!?」
「そう。ロートレックは自身のアタックで相手ライフコアをブレイクした時、自分の墓地の種族『スターライト』ユニット一体を蘇生召喚することができる。それにより俺はデスキャバリーと相打ったばかりの《スターマイン・ロートレー》を呼び戻したというわけだ」
そして言うまでもないことだが、と三度目の登場でも変わらぬ力強さでロートレックと並んでポーズを取っているロートレーを見ながらムラクモは続けた。
「知っての通りこいつも【疾駆】持ち。蘇生されたその瞬間からアタックが可能だ──そして若葉、お前のライフコアはもうラスト。ワンアタックで倒せるな」
だから王手か、とアキラは奥歯を強く噛み締める。確かにこれでは、今すぐにロートレーをどうにかしなければ次のターンを迎えることすらできない。ここまで込みでムラクモがプレイしていたかと思うとそら恐ろしくなる……清々しいまでにアキラは彼の予定通りに踊らされていたことになるのだから、もはや感嘆するしかない。
たった一度の判断ミスから敗北の瀬戸際にまで追い込まれた。これは、この極限までのヒリ付き方は──まさにエミルとのファイトを思い起こさせる、気持ちの良い緊張感。ムラクモがそれを再現してくれていることに、アキラはようやく気が付いた。
流石は先生だ、と笑みを浮かべるアキラ。それを見てムラクモの平坦な目付きにも少しばかりの変化があったが、彼はあくまでも淡々とした声音でそれを命じた。
「俺はロートレーにダイレクトアタックを命じる。さあ、若葉。二枚分のクイックチェックでこれを凌げるか?」
「──勿論! ふたつのコアがブレイクされたことで俺はデッキからカードを二枚ドロー! それがクイックカードであれば瞬時に無コストで使用することができる! 俺が引いたカードは……!」
軽やかに。敗北寸前であるとはとても思えぬ、心から生き生きした所作と表情でアキラは二枚のカードを揃ってプレイした。
「黒のクイックユニット《デスデイム・ブルームス》! そして緑のクイックユニット《獣奏リリーラ》を共に召喚する!」




