165.更なる成長のための
デッキの主体とはならない差し色のカードに『コンボ性』を求めない。それはデッキ構築の基本のキと言ってもいい鉄則。初心者やそれに毛が生えた程度の段階のドミネイターであれば絶対に守るべきもの──それはそうだ、主体となる色に足りない部分を補うための差し色である。それによって逆に事故ってしまえば本末転倒、補うどころかデッキの完成度を著しく下げることになってしまう。これは別段、誰に習うでもなく初心者が最初にやって自ずとその失敗を教訓に学ぶまさしく基本中の基本の部分ではあるのだが。
逆に言えば。優れた使い手であれば差し色へ工夫を凝らしても、つまりは単体性能以上のものを求めたとしてもそれでデッキが成り立つ、回るのであればなんら問題はないということになる。鉄則だろうが基本だろうがそれらに縛られない者は必ずいるし、ドミネイターとしての成長を積み重ねればいつかはその段階へ辿り着くことは確かなのだ。
若葉アキラはそこへ行ったのだと。少なくとも本人はそう自負しているらしいことを、ムラクモは彼の採用カードの変化からそう気付いた。
(今の自分であれば多少扱いの難しい黒のカードだってデッキに組み込める……そういう自信があるわけだな)
単体除去のクイックスペル、その代表例と言っていい《ダークパニッシュ》──の派生スペルである《ダークモーメント》は、蘇生対象が墓地にいなければ使用できず、また破壊できる相手のユニットも限定される制約付きの代物。言うに及ばず利便性においては一長一短があり単純に比べられるものではないが、取り回しのしやすさについてははっきりと本家《ダークパニッシュ》に劣ると言っていいだろう。その分、状況にハマれば《ダークモーメント》の方がアドバンテージを得られる。要はこの安定と最大値のどちらを取るか。往々にしてカードの選択とはそういった天秤になりがちで、『最大値で安定』させられるならば無論のこと後者を選ばない理由はない。
(確かに。多くのライバルと切磋琢磨し、ドミネイト召喚に目覚め、華々しい勝利も苦渋に塗れた敗北も経験した今のお前は、もう入学当初の頃とは違う。すっかり新芽からつぼみとなって──そしてこれから大輪の花を咲かせようとしている)
教え子の成長を実感する。教師としてこれ以上に喜ばしいことはない。アキラが本当に現在のデッキを十二分に操れるほどの技巧者になっているかはともかく、ここでしっかり《ダークモーメント》の強味を活かしてきたからには、そしてそれを殊更に嬉しがったり誇ったりもしていない様子から、その自信が決して自惚れや虚勢の類いではないとムラクモにもわかる──ただし。
「俺の場にユニットを残さないこと。そして《闇重騎士デスキャバリー》という守護者ユニットを構えること。それをひとつのスペルで叶えたのはいいが、若葉。そのためにお前はまたディスチャージによってライフを自ら減らしたな。これでお前のライフは残り三。呑気をしていていい数じゃなくなっているのは、理解しているな?」
「……!」
ムラクモの指摘通り、アキラの周囲に浮かぶ彼を守ってくれる命綱たる命核はあと三つ。対するムラクモを守るコアはまだ六つとほぼ初期値のままだ。
後行プレイヤーは二度のディスチャージが行え、その分先行プレイヤーよりも自らの意思でライフコアを削ることになるのは道理であり、大抵の場合はライフを減らしてでも手札やコストコアを増やす方が各段に勝利へ近づくためドミネイターたちは──ファイトに精通すればするほどに──ディスチャージによるライフ損失を恐れない。それと同じくアキラもドミネファイトを再び始めた当初こそ自傷めいたこの行為に並みならぬリスクを感じていたものだが、今となってはそれも懐かしい感覚である。そちらのリスク以上に戦術の幅が狭まるリスクの甚大さを理解したからにはもうそこに恐れはない。
が、しかし。そうは言ってもライフを減らす行為自体の本質が『敗北への接近』であることに違いはなく、通常のドローやチャージだけで手札もコストも充分に確保できているならディスチャージに頼る必要はない。頼らないに越したことはないのだ、本当なら。だが現代ドミネイションズにおいてディスチャージはやって当たり前、多くのドミネイターはそれを込みで計算してデッキを組んでいるくらいだ。その弊害がアキラにも表れた、ライフ差において余裕のない現在。
ここまであっさりと二度目のディスチャージに踏み切ったアキラのそれは果たして磨かれた臨機か、考えなしの軽挙か。ムラクモはそこに疑問を投げかけているのだ。
「お前の成長を否定はしないがな……だがもう少し悩むべきなんじゃないか? まだ往復四ターン目だというのに、ライフコアに倍の差がついていることをな」
「……出遅れたことは認めます。だからこそ今はそれを取り返すために必死にならなきゃいけない場面なんだ。ごちゃごちゃ悩むのはこのファイトが終わってからにさせてもらいますよ。勝った後の反省点として、ね。これで俺はターンエンドします」
「お前らしい物言いだな。やはりファイト中は人が変わったようだ」
彼のこういった部分。普段の弱気からは想像もつかないほどドミネファイトのこととなると極端に豹変する部分にこそ、濃厚に才覚が匂う。タイプこそ異なれどそれは長らく猫を被っていた──否、化けの皮を被っていた九蓮華エミルともどこか通じるものである。その共通項をアキラがエミルに引きずり込まれる凶兆と取るか、エミルがアキラに引き上げられる吉兆と取るかは意見の別れるところだろう。そこはムラクモにも断言できはしないが……しかしだとしても、悩ましいからこそ生徒を信じ支えてやらずに何が教師か。
そうも思う故に彼は。
「俺なりに本気のプレイングを見せる。その上で一切の加減も容赦もなしにいくぞ」
「!」
「俺のターン。スタンド&チャージ、そしてドロー。3コストを使用し《ロードスター・ロータス》を召喚。その登場時効果により墓地の種族『スターライト』のユニットを二体選び、一方をコストコアへ変換しもう一方を手札へ回収する。俺は《ラ・てぃんくる》をコストコアへ、《スターマイン・ロートレー》を手札へ戻す」
「またロートレーが手札に……!」
「先の展開が読めるか、若葉……だが甘いな」
「!?」
「お前が思う以上に状況は悪いということだ。てぃんくるが変換されたことで俺が使える残りコストは3──二枚目の《魂歯みのシロマネキ》を召喚、その登場時効果でロータスを破壊して俺はデッキから二枚ドロー、内一枚をコストコアへ変換する。そして自分の場の『スターライト』が効果破壊されたことでまたこいつがフィールドに登場する。来い、《スターマイン・ロートレー》!」
へやっ! と再登場に張り切ってマッスルポーズを取るロートレー。その相変わらずのムキムキ具合と白い歯を光らせるスマイルに思わずアキラが圧を感じて仰け反ったところ、先の再現のように筋肉星男は再び突っ込んできた。
「【疾駆】。ロートレーでダイレクトアタックだ」
「っ、デスキャバリーでガードする!」
ロートレーには相手が召喚したユニットを自爆で自身諸共破壊する効果もある。牽制も兼ねて【復讐】持ちのデスキャバリーとは戦わせずにターンを終えるという選択肢もムラクモにはあったはずだが、考える素振りもなく彼はロートレーをけしかけてきた。
そこに不穏なものを感じつつもこれ以上ライフコアを減らすわけにはいかないアキラとしては当然にそのアタックをガード。ロートレーの大きな拳が兜ごとデスキャバリーの頭部を粉砕し、しかしその手から落ちた槍が独りでに浮かび上がり、持ち主の仇の心臓を背後から刺し貫いて仕留めた。
「相打ちだな。わかりきっていたことだが……しかしここで重要になるのが、ロートレーの方はあくまで『効果によって破壊された』という点だ」




