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161.ムラクモの決断!

 ──やはり、止まらないか。


 アキラの思わぬ言い分に驚きはしても、しかしエミルに挑む意思をより強固にするその姿勢自体には納得する。彼の言葉を聞く前から、元よりそうなるだろうと確信してもいたからだ。なのでムラクモは、まだアキラへ何かを言いたげな泉やミオに先んじてこう言った。


「いいだろう。九蓮華エミルはお前が止めろ。止めてみせろ、若葉」


「ムラクモ先生……!? しかしそれでは」


「俺の決定は先にお伝えした通りですよ、泉先生。若葉にそのつもりがあるのなら渡りに船というやつです」


 渡りに船。その文言の意味からムラクモの言いたいことをなんとなく察する一同であったが、彼は義務を果たすかのように説明を怠らなかった。あるいはムラクモらしからぬその丁寧さは、彼なりの罪滅ぼしのようなものかもしれない──生徒に生徒を託すという教師として情けない選択を、罪を犯そうとしている。そういった認識があるのだろう、今のムラクモからは倦怠感が漂っていた。


「九蓮華エミルと若葉アキラ。一人エミルもう一人(アキラ)へ並みならぬ興味を示すであろうという予測の下、この二人を衝突させる案は最初から上がっていた。──ああそうだ、俺が学園長に泉先生と若葉のファイト、その顛末を報告した時点からな。とはいえ時期尚早の慎重性の欠片もない提案だ。アイディアとして残りはしても到底採用に至るはずもなかったのだが……折悪くそこに奴の様々な容疑が重なったものだから、その矯正にも役立てる形でお前たちを戦わせてみようと、そういう意見を出す者も増えてきた。それでもリスクの方が大きいと反対意見も多かったが途中からは情報部の茶々入れもあってな。職員室での会議はそれはもう混乱を極めたものだ」


 大の大人が何人も雁首を揃えて間抜けなことだろうと、自罰的にムラクモは言った。それに同意する者こそこの場にはいなかったが、しかしそうやって教師陣の動きが鈍化している隙にエミルが先に動き、職員室の決定など知るかとばかりに好き放題されているのは確かだ。


 情報部に裏切り者がいる。その疑いをほぼほぼの確定情報として持っているアンミツや泉は鈍化最大の原因をわかってもいるが、子供らからすれば一連のことは職員室の純粋な失策としか思えない。そこも含めて自身を──そして踊ってばかりで会議を前に進められなかった教師全員を指して──間抜けと称したムラクモは、多分に困惑の含まれたミオの視線、胡乱げに何かを考えるロコルの目付き、そして一切変化のないままに黙って話を聞かんとするアキラの瞳。それらから目を逸らすことなく見つめ返しながら続けた。


「知っての通り俺たちは出し抜かれた。情報部共々にエミルの動きについていけなかった──方針決定の間もなくお前と奴の接触を許してしまった。夏休みが終わるまでにはお前に協力を仰ぐか否かを決めよう。というその考え方自体が、あまりにノロマだったな。そして甘かった。九蓮華エミルという男は隠したくらいでお前というもう一人の準覚醒者を察知できないほど温い奴じゃあなかった。既に知られていた。既に味見・・も済まされた。ならばもはや俺は、推される衝突策にこれ以上反対することもない。そんなことをする意味がなくなったからな」


 アキラを守るため。彼をエミルの被害者としないための反対だったのだ。だがアキラはもう目を付けられている。エミルの執着が勝手に晴れることは絶対になく、またアキラ自身もエミルに対して自らの手でリベンジを果たそうとしている。彼もまたそうと決めればテコでも動かない。これまでのことからよくよくそう理解できているムラクモは、であれば取るべき手段はひとつだと考えを改めたのである。


「掌を返させてもらう。今から俺は衝突案の賛成派だ──ただしそれは情報部が望むのとはまったく別の意味合いで、だがな」


 情報部が、そして一部の教師が期待しているのは化学反応。準覚醒者と準覚醒者のファイトという貴重なデータを取ることと、あわよくば一遍に二人の『覚醒者』が学園から誕生してくれないかという小賢しい願望に基づいたものだ。無論そこにはエミルが他の生徒に与える悪影響をどうにかしたいという本来の目的も含まれていることは確かだろうが、しかしそれが二の次三の次でしかないのも確かな事実だろう。


 教師の目線とは異なり、情報部が生徒を見る目は品質管理のそれだ。生徒の向上を願うのはあくまでドミネイションズ・アカデミアのドミネイターとなる彼らが優良な品質を持っていなければ学園の格を保てない。そういったリスクヘッジの観点からくるものであり、実際に生徒と触れ合う教師とは考え方もやるべき仕事もまったく異なる。その点、生活保全官は情報部所属ながらに生徒と直に接する職種のためにまだしも教師と思考が近くあるのだが──けれど部署そのものの傾向としては、間違いなく職員室との間に一線が引かれている。


 明け透けな畜産業の如きやり方を毛嫌いする教師も中にはいるし、ムラクモも決して感心できたものではないと感じている。ただし彼は、日本最高峰のドミネイションズ専門校であるDAが通常の教育現場とは比較にもならないほどに特殊な場所であることを重々に理解しており、その運営には教師とは異なった視点から生徒を管理する組織というのも必要不可欠だろうと受け入れてもいる。


 ──が、存在を受け入れているからと言って唯々諾々と従ったりはしないのが彼だ。


「化学反応なんぞクソ食らえだと言っておこう。覚醒者の誕生になど期待しない、この際九蓮華エミルの矯正にだって目を向けない。『あいつを止める』。ただそれだけを確実に行いたい……俺の言っている意味がわかるか、若葉」


「はい。俺やDAの生徒たちに限らず、この先にエミルの被害に遭う全員を救う。今だけじゃなく恒久的にエミルの凶行を止めること。それがムラクモ先生の望みですよね」


 エミルは日本ドミネ界をひっくり返すつもりでいる。それを阻止することは即ち日本のドミネイター全員を救うことと同義であり、エミルを止められなければドミネイター全員が丸ごと彼の被害者になるということでもある。その責任を、未来への転換点を生徒一人に任せるという決断はムラクモにとって非常に重たいものだったが──アキラはそれにしかと頷いて。


「俺の望みも同じです。そしてムラクモ先生の想う通り、エミルをその思想ごと打ち破れるとしたらそれは……エミルにとって後輩で、後発の、未完成の俺だけでしょう」


 だから自分でなければならないとアキラは言ったのだ。エミルを倒し、コウヤたちへ打ち込まれた楔を取り払う、だけでなく。未来永劫彼の手にかかる犠牲を生み出させないためには、まだ彼には遠く及ばないと。そう彼自身に思われている未完の大器がその予測を覆して彼に勝利すること。それが絶対の条件であると、ロコルとアキラ。そしてムラクモはそう考えた。


 互いの思惑は一致している。目標も定まっている。であれば後は、簡単なこと。


「ついてこい若葉。お前に託す、その前に。俺にはどうしてもやっておかねばならないことがある……ああ、いや。正しくはお前にやってもらわねばならないことがある、だな」


「ムラクモ先生……?」


「まだ夏休み中だってのに悪いがな。若葉、お前にはこれから臨時のテストを受けてもらうぞ」


 俺手ずからの特別なテストだ、と。静かに告げたムラクモはもうその身から倦怠感など漂わせておらず、彼の表情はどこまでも生徒を推し量らんとする教師としてのそれだった。



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