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160.アキラとエミル、二人の思想

「それは、どういう意味だろうか若葉君。君と九蓮華君が『大して違わない』……? そう言われても、どちらのことも知っている私たちからすればまるで頷けない話なのだが」


 エミルの自分本位の在り方、他者を省みないその良くも悪くも徹底された自己主義ナルシズムは今更論ずるまでもない。それに対してアキラの方はどうかと言えば、こちらは驚くほどに我が身を省みない利他主義だ──などと言ってしまうとさすがに過言になってしまうかもしれないが、しかしあながちこの評価も間違いではないだろう。実際アキラは新山チハルの退学を取り消させるために自ら退学の危機に陥ったり、進学してくれた方が彼にとっては得となるはずの強力なライバルである泉ミオを同学年に引き留めんと教師に無謀なファイトを挑んだりと、利他的行動の枚挙にいとまがない。


 彼のそういった、他人のためにリスクを背負える、背負ってしまう性分はまさにエミルの対極にあると言っていい。そう思うだけに困惑を隠せない泉の素朴なまでの問いかけに、アキラは。


「我が身を省みない。そう言えば美徳のようですが、それって要するに正義の押し付けだ。こうあるべきだと思うからこうさせる。退学回避のためのトーナメント優勝も、ミオを進学させないための泉先生とのファイトも。美談になっているのは俺が弱いから。その挑戦が無謀なものだったから、でしょう。仮に俺が優勝なんて歯牙にもかけない、先生とのファイトだってあくび混じりで勝てるようなとんでもない実力者だったとしたら……これらのエピソードは美談足り得ますか?」


「……それは」


「そう、それは、圧倒的な強者による我儘でしかない。エミルのやっていることと同じになるんです」


「待ってよアキラ」


 と、話に割って入ったのはミオだ。思わず言葉に詰まった様子の泉に代わって彼が口を開いたのは、自身がアキラに助けられた立場だからだろう。この中で最もアキラの自己評価を聞き捨てならぬと発憤したのが彼だった。


「君はファイトを手段にして思う通りの結果とした。そこだけを、本質だけを見るなら確かに九蓮華エミルと何も変わりはないだろう──けれど、なんのために。誰のためにそうしたのかって部分がごっそり抜け落ちてるよ。エミルは徹頭徹尾自分のためだ。それ以外には何もしない、何も思わないのが彼っていう人間なんだろう。でも君はそうじゃないよね、アキラ。君が怒るのはいつだって他の誰かのためだ。ファイトで事を為そうとするその時、君の傍にはいつだって助けを求めている人がいる。その助けになるために戦うことを、ボクはエミルの行いと一緒だなんて絶対に言えやしない」


「……ありがとうミオ。俺のためにそう言ってくれるのはとても嬉しい。だけど違う、そうじゃないんだ。本質と言うのならそこじゃない……俺とエミルが同じなのは、やっていることだけじゃあないんだよ」


「え──?」


「俺の中にもあるんだ。エミルに負けないだけの思想が、元から。理想のドミネイター像……ドミネイターならこうあらねばならないっていう凝り固まった正しさが。それにそぐわないことを良しとはできない、歪んだ正義感の話なんだよ。チハル君を助けたのだって、ミオを引き留めたのだって。結局は自分のためなんだ。俺が思うドミネイターに忠実であるためにそうせざるを得なかった。それだけのことでしかなくて──そしてそれは弱いドミネイターをドミネイターと認めないエミルだって同じだ」


 だからこうも思う、とアキラは淡々と言葉を紡ぐ。


今はまだ・・・・誰かを助けたい、その意思で動けている俺だけど。いつかどこかでそれが曲がってしまわないか。もしも俺がDA生唯一の準覚醒者だったとして、増長することなく進級することができたのか。九蓮華エミルの今は、俺が辿るはずだった未来なんじゃないかって」


「……学園にやってきた当初のエミルはただ猫を被っていただけだ。一年時から──いや、妹の話を聞く限りじゃそのずっと前から奴の本性はああだ。はっきり言ってお前と重なるところはない」


 ぽつりと挟まれたムラクモの否定に、しかしアキラはゆるゆると小さく首を横に振った。


「だとしても俺がエミルのようにならない保証とは成り得ない。それはムラクモ先生の方がわかっていることなんじゃないですか?」


「…………」


 眉根に皺を寄せたムラクモは、返事をしているようなものだった。アキラの言う通り、たとえ変化が後発であったとしてもエミルの今にアキラが追いつかないとは限らない……どころか本格的にファイトを始めてまだ一年弱。その貧弱な経歴で既にここまで辿り着ていることを思えば、今から四年後。五年生になった彼がどうなっているかなどまったく予想すらできないくらいなので、変貌の具合で言えばエミル以上のがあることは確かである。


 ──だから正直言って、助かりました。


 独り言のような声量で不意に漏れたアキラの一言に、場はまた戸惑いの空気感に包まれた。


「助かっただと? いったい何を言っているんだ」


「エミルがいてくれて良かった。あいつが『先にいる』ドミネイターで本当に助かった……おかげで俺は学園唯一の生徒だと調子に乗らずに済んだし、進む道の先に何が待っているのかも知ることができた。エミルが反面教師になってくれたから、曲がらずに済む。まあ、あいつの方はきっと先輩として進むべき道を示してあげたと、そう思っているんでしょうけどね」


「若葉……お前は」


「コウヤたちを誘い出してこんな目に遭わせた理由も察しが付きました。きっとこれもあいつなりの道の示し方なんです。だってあいつには友達がいないから。そんなものはドミネイターには不要だと断じるような奴だから、俺にもそうすることを押し付けようとしているだ」


「……! それじゃあ紅上たちが狙われたのは、お前を自分の想う通りのドミネイターとするため──即ち『強くするため』の行為だったと言うのか?」


「はい。加えて言えば『あいつが欲するドミネイター』にするためです。そうだよな、ロコル」


 唐突に。ここまで黙して聞き役に徹していたロコルへ話を振ったアキラ。矛先を向けるように話を振られた彼女は、けれどまったく動じることなくそれに応えた。


「違いないっす。エミルが求めているのは信者であり国民。自分が神として築く新世界、新しい日本ドミネ界の構成員となれるドミネイターっすから。特にその中枢に据えられる一級国民の確保は火急かつ絶対の要件。だからあいつは狩るんすよ──弱いドミネイターを排除しながら、新世界の住民に相応しい人材を見つける。一石二鳥の行いだと思っているはずっす」


 厳しい選別に耐え、アキラはエミルのお眼鏡に叶った。それも中枢中の中枢である『新しい九蓮華家』の一員に迎え入れることを前向きに考慮されるほど気に入られた──その迎え入れの方法についてはあえてここでは言及しないロコルだったが、とにかく重要なのはどのみち避けられないということだ。


「センパイとエミルの再戦は絶対っす。覚醒の兆しを持つ者同士が互いに望んでいるんすから、当然にそうなるっす。止めることは誰にもできない……裏を返せば」


 センパイならエミルを止められる──かもしれないっす。


 不安げに、だけど隠しきれないだけの希望を込めて投げかけられたその言葉に。


「ああ。俺もそう思う」


 力強く頷いてアキラはそう答えた。復讐心を別にしても『そうすべき』であると。九蓮華エミルを食い止めるのは若葉アキラでなければならないと、ごく自然に思えたからだ。

 


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