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159.沈鬱の保健室

 保健室。と聞けばとても大した設備とは思えないだろうが、しかしここは天下のドミネイションズ・アカデミア。ベッドと救急箱くらいしか置かれていない通常のそれとは異なり大病院並みの機能が持たされている。当然充実した設備があっても活かせる人材がいなければ意味はないので、そこに務める養護教諭は医師と教師両方の資格を有するプロフェッショナルばかりだ。養護教諭とは学校内で起きた事件・事故で負傷した生徒の手当てを行なう専門性の高い職種であり、加えて時には体の傷だけでなく心の傷にも向き合うカウンセラーとしての役目も果たさなければならない。DAの養護教諭ともなればその専門性は更に高まり、ドミネファイトに関連したメンタルケアも彼らの重要な任務となっている。


 故に、エミルとのファイトが原因で昏睡状態にあるコウヤたちを預けるのにも適しているだろうと。むしろ外部の医者に任せるよりもずっと安心できると、症例が特殊なだけにアキラとしてはそう思った。保健室棟。一棟丸々が保健施設となっているそこは敷地内に建てられた病院そのもの。そこでアキラはミオやロコルと共に、養護教諭から診断結果を聞いているムラクモと泉が部屋から出てくるのを待っているところだった。


「…………」


 長椅子に腰かけてむっつりと黙り込んだまま床を見つめるアキラの静けさは、怒りと悲しみがない交ぜになった痛ましいものだった。その重みに釣られるように最初は間を埋めようと頑張っていたミオも沈黙し、その受け答えに終始していたロコルも彼が何も言わなくなったことで自ずと口を閉ざした。子供三人が作り上げているとは思えない暗い雰囲気。廊下の端で目立たぬように佇みながらその様を見守っているアンミツとしてはとても居た堪れず、見ていられなかった。アキラの──今となってはミオやロコルもその対象に含めるべきだろうが──護衛を務めている立場でなければ自分も視線を逸らし、床ばかりを見ていたかもしれない。そんな風に彼女が思ってしまう程度には、陽が差し込んできて明るく暖かいはずの廊下は空気が冷え込んでいた。


 そうやってただ待つこと、もう数十分。不意に扉が開いてムラクモと泉が出てきた。それに真っ先に反応して立ち上がったのはやはりアキラだった。


「ムラクモ先生、コウヤたちは……」


「これから階を移される。栄養を直接投与しながらそのまま寝かせて、自然回復を待つしかない……だそうだ」


「それってつまり」


「ああ。まったく打つ手立てがないってことだ。唯一やれることは現状維持したままの様子見くらいのもの……他の医者に診せても変わらんと言われた」


 ややぶっきらぼうに吐かれたムラクモの言葉は、彼の胸中をよく表していた。生徒の手前取り乱すような真似こそしないが、しかし自分の担当する生徒が三人も眠ったまま起きる気配がないのだ。それを為したのがかつての担当生徒であることも相まって、彼の感情は水面下で荒れ狂っているところだった──そしてそれ以上に、外面にもわかりやすく激情の大波を立てているのがアキラだ。


「やっぱり、そうですか」


「やっぱり? まるで養護教諭がなんと言うのか予測できていたような口振りだな」


「予測はできていましたよ」


「何……?」


「俺にはわかっていたんです、これは医療でどうにかなるものじゃないって。コウヤたちは『心が壊された』んだ。ドミネイターとしての死を味わったんです。エミルの悪意によってそうなった、からには。誰かがその悪意を壊さなければならない。そうしないとコウヤたちに打ち込まれたは外れない。三人の様子を見た時になんとなくそう感じたんです」


「……!」


 静かな口調で、されど絶対の意志が込められた声で。そう訥々と話すアキラにムラクモだけでなく一同の驚きに満ちた視線が集う。彼はそれを意にも介さず続けた。


「エミルを倒さなくちゃならない。そうすれば解決する。そうしなければ、解決しない」


「奴をファイトで倒す。そうすることで三人は──いや。それ以外の方法では三人は目覚めない。お前はそう直感したということか、若葉」


「はい。ファイトで生じた被害はファイトで払拭するしかない。それは道理ですし、覚醒の兆しを持つあいつがその力を意図的に悪用していると泉先生のお話で理解もできました。だったらやるしかない。同じ力を持つ俺が、あいつをその野望ごと粉々に打ち砕く。二度とこんなことを仕出かさないように──今度は俺がエミルの心をぶっ壊すんです」


 ドミネイターの意思と闘志の体現であるドミネユニット。《エデンビースト・アルセリア》ならばそれも可能だろう、とアキラは言う。それに反論する者はいなかった。誰しもがその考えを肯定する。何故ならここにいる誰もがエミルの脅威度を正しく認識しており、そんな彼の心がもしも折れることがあるとすれば。


 ──自分と同じ才能を持つ者に真っ向から否定され、敗北する。そういった決定的な出来事が必要不可欠だろうと推測できるだけに、アキラの直感はもはや直感ではなく一同の共通認識に等しかった。


 しかし、だとしてもだ。


「少し危ういな、若葉君」


「泉先生。……危ういとは、なんのことでしょう」


「九蓮華エミルに再び挑むことが──ではなく。勿論そちらも危険極まりない行為であるのは前提として、しかしそれ以上に。私が危ういと感じているのは君の思想だよ」


「思想……?」


 なんのことだかわからずに訝しむアキラへ、「それだ」と泉は我が意を得たとばかりに言った。


「疑問にも思っていないね。準覚醒者の力で以て一人のドミネイターを終わらせる。その発想と、そして実行に移すことをなんら躊躇わない。それはまさしく九蓮華エミルの言動であると君は気付いているかね?」


「…………」


 思わぬ指摘にアキラは口を噤んだ──まるでエミルのような言動。そう言われてしまえばぐうの音もない。アキラ自身、目には目を。エミルがやったことをそっくりそのままやり返したい気持ちを抱いていることに自覚的であるから余計にだ。


 光陰寺から若葉家へ向かう道中、泉がムラクモに語った懸念はまだ晴れていない。アキラは無事だったし、エミルがファイナルアタックを取り止めたためにルール上の敗北も免れた。けれど彼が負けたという事実は他ならぬ彼自身が認めていることであり、コウヤたちのように床に臥してこそいないがアキラの身にもなんらかの変調があってもおかしくはない──エミルからの影響・・を受けていたとしても、何もおかしくないのだ。


 むしろない方がおかしいくらいだ。そう判断するのが早計ではないことが、此度のコウヤたちの被害を受けて明らかになった。それ故の疑問視。自らエミルの思想に染まろうとしているのではないかという泉からの疑いの目に、アキラはその真意を察して答える。


「先生たちからは、そう見えるでしょうね。実際に過激になっていると自分でも思う。エミルへ対抗するためにエミルと同じ手段を自然と取ろうとしている、そこにあいつからの影響がないとは言い切れない……だけど先生、俺はこうも思うんです。俺とあいつに元々、そう大した違いなんてないんじゃないかって」


「な……なんだって?」


 アキラのその発言は泉からすれば理解に及ばないほど突拍子もないものだった。聞き間違いかと我が耳を疑ったのは彼だけでなく、このとき()()()の全員が一様に戸惑いの表情を浮かべていた──。



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