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158.惨状・発覚・怒れるアキラ

 一同がドミネイションズ・アカデミアに到着し、コウヤを探すために散開したのがしばらく前のこと。夏休み期間には閉鎖されている建物も多く、またいくら人気のない学園とはいえ利用可能施設となれば流石に常駐の人員もいる。そういった事情から、もしもコウヤとエミルがファイトをするならそれは十中八九屋外で行われるだろう。という教師陣の予想に従って捜索場所をある程度狭めたからか、もしくはこれもまた彼が持つ一種の導きなのか。


 単独捜索の開始からそう時間をかけず、を発見したのはアキラであった。


「なっ──」


 言葉も出ない。地面に横たわるオウラとクロノ。散らばったカード──そして一人だけ離れた位置で倒れ伏している、ボロボロのコウヤ。そんな惨状を見つけてしまったからには思わずアキラが固まってしまうのも無理からぬこと。しかし彼の硬直はほんの一瞬、すぐに友人たちの下へ駆け寄るべく走りだした。


「コウヤぁッ!!」


 特に一目で『酷い』とわかるコウヤの様子を確かめる。跪いて肩を持って抱き起し、その顔を覗き込む──息は、しているようだ。だが反応は一切ない。この距離から繰り返し呼びかけてみても目を覚ます気配が一向になく、コウヤがただ眠っているだけではないとすぐに気が付いた。それは直感に等しい知覚。身体以上にコウヤの精神こそが傷付けられている……何故かそのことが、腕の中にいる彼女の容態がアキラには手に取るように理解できた。


 そして彼女がどうしてこうなったのか。誰によって、ここで何が行われたのか。それはもはや考えるまでもなく明らかであった。


「……ッ!」


 同じように目を覚ましてくれそうにもないクロノにオウラ。そしてゴミのように打ち捨てられている周囲のカードがコウヤのデッキが散らばったものであると知り、アキラの手に力がこもる。コウヤをぎゅっと抱きしめるようにして、そして怒りを噛み締める。


「九蓮華エミル……!」


 何故こんなことをする必要がある。自分はリベンジを誓った。エミルの要望通りに、より強くなっての再戦を約束した。確かにそう伝えて、彼もそれに満足していたはずだ。だというのにどうして。どうして自分ではなく、友達を狙ったのか。なんでコウヤたちがこんな目に遭わなくてはならないのか、アキラにはまったく意味がわからず。そのあまりの理不尽と、痛ましい三人の姿にふつふつとはらわたが煮えくり返るようだった。


「見つけたか若葉! っ、これは……」


 アキラの絶叫に近いコウヤへの呼び声が聞こえたのだろう、ムラクモを始め一緒にDAへやってきた面子が続々と集まってくるが、その場の光景を目にした彼らのリアクションは似たり寄ったりだった。それだけコウヤたちのぐったりと力なく倒れている様子には、言い様のない不吉が醸し出されていた──アキラが当初、真っ先に呼吸の有無を確かめたのもそのためだ。命に別状はなさそうだ。それが確認できたのは良かったがしかし、そんな疑いを抱かせられた時点で腹立たしく許し難い。アキラは後から後から滲み出てくる真っ赤な感情をどうにか抑えつけながら、なるべく冷静を心掛けて言う。


「三人とも生きてます。でもどんなに呼びかけてもまったく反応がありません。……夏休みでも保健室は開いてますか、先生」


「開かせます。手配は私が」


 そう答えたのは捜索に加わっていたアンミツだ。アキラたっての頼みで一時彼から離れてコウヤを探したのは、少しでも彼女が無事で見つかる確率を上げたかったからだ。それが様々な意味でのアキラの安寧のためにもなる。そうでなくともDA生の補助が主な仕事である生活保全官として、罪なき一生徒が傷付くことを良しとできるはずもない……が、祈りも虚しく結果は「手遅れ」。エミルがコウヤに何をしたのか、アキラとのファイトの一部始終を見ていただけにアンミツにも想像は容易く、そしてあの時と違ってコウヤを庇える者がここにはいなかった。だとしたら──いや、そんなことは考えるな。今はとにかくコウヤたちが無事に目覚めることを祈るだけだ。


 祈りが無駄に終わったばかりでまた祈る。そこに己が無力を感じながらドミホで手配を行うアンミツ。その傍ではムラクモと泉が話をしていた。その顔色は、どちらも良いとは言えなかった。


「ムラクモ先生。これは……あまり大きな声では言えない可能性ではありますが、ひょっとすると」


「ええ、俺も同じことを感じました。というより、そうとしか考えられない」


 保全官が出払う隙を突かれた。灯台下暗しを地で行かれた状況だとわかっている──だがいくらなんでも、だ。DAの内部で行われたこの凶行は、あまりに大胆が過ぎるだろう。


 カード狩りの死神として(一応この疑惑はまだ確定ではなく推定の段階ではあるが)活動する際においては、DAの膝元での犯行は避ける。それだけの警戒と用心深さは見せていたエミルにしては些か思い切ったやり口である。ならばそこには、彼をそう思い切らせるだけの要素があったと見るべきだ。なんの理由もなくDA職員に現場を目撃されて取り押さえられる危険を冒した、のではなく。そうはならないという絶対の自信がエミルにはあったのだと。


 ということはつまり。


「エミルと通じている者が、情報部にいる」


 それが論理的な帰結。ムラクモの言葉に泉も神妙に頷いた。甘言で抱き込まれたか、はたまた狂気に脅されたか。どちらにせよ内通者がいるのはエミルの動きからして間違いのない事実だろう。それが果たして何人いるのか、情報部だけに留まっているのか。悪い方向に考え出せばキリがないが、いずれにしても道中でのムラクモの提案。『コウヤがDA(・・)に呼び出された』という部分に違和感を持った彼の、他の教師や情報部に助けを求めるのは一旦控えようという慎重な決定が役に立った。もしもそうせずに迂闊に事態を知らせていた場合、事故や偶然を装ってどんな妨害が仕組まれたか定かではない。


 泉を回収するために学園を出てからは誰とも連絡を取り合わずにいたムラクモの、こまめではない部分が功を奏した。期せずして「浮き駒」のようになった彼らだからこそこうしてアキラを連れての行動と、コウヤたちの発見・救助が素早く行えたのだ。……とはいえ既に被害が出ており、加えて身内から膿を洗い出さないことにはエミルに対して先手は取れないと判明した、してしまったからには。DAの一員としてまったく不甲斐なく、そして歯痒いことだとムラクモは臍を噛む思いだった。


 それはエミルという脅威をまだまだ甘く見積もっていた己への嫌悪からくる後悔。


「そんな、嘘だろ。この三人がこんな短時間の内に揃ってやられるなんて……それもたった一人に?」


「自分の兄貴は、そういう奴っす。なんの冗談でもなく『世界を変える』と豪語する、その力を実際に持ち合わせる質の悪い怪物。それが九蓮華の生み出した異形エミルっす」


「………………」


 コウヤを見つめて何も発さなくなったアキラ。惨憺たる有り様に慄くミオと、力なく首を振るロコル。そんな彼らを見てムラクモは乱雑に頭を掻いた。次にエミルは誰に牙を向けるのか、まったく予想がつかない。宣言通りにアキラの前に表れるのか、それとも今回のように別の人間を誘い出すのか。ともあれアキラの周辺こそが危険地帯であることに変わりなく、警戒すべきもそこだけに絞られる──いや、もしかしたらそういった思考に誘導するのもまたエミルの狙いのひとつかもしれない。そんな風に思えてしまって、だから結局は後手を取らされる。生徒一人にここまで翻弄されて何が教師かと自身に呆れつつ、ムラクモは静かな声で言った。


「泉先生。俺はひとつ、考えを改めましたよ」


「? ムラクモ先生、何を……」


「腹が座った、ということです。もっともあいつはとっくにそのつもりのようですが」


 そう述べる彼の視線の先では、アキラがコウヤを両手で抱いた姿勢のままにまんじりともしておらず。


 ただただ気迫だけを募らせていた。



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