157.決着、エミルVSコウヤ
「ぐ、う……」
「見事だ。と言っておこうか、コウヤ君。決して少量とは言えない殺意を込めたエターナルの攻撃に耐えてくれるとは嬉しい誤算だったよ──兆しを持たぬ者としては最上だろう。私から二度もライフコアを奪った点も含めて君は本当によくやった。おかげで単なる作業にならずに済んだことを、私は深く感謝したい」
ただ勝つだけのファイトなんてつまらないからね。などと宣うエミルへ、普段のコウヤなら間違いなく噛み付いていたのだろうが。しかし今の彼女にはそれが叶わない。辛うじてそこに立っているだけ。カードを握ることもできずに手から取り落としているコウヤには、もはや言葉を発するだけの余裕すらもない。彼女のライフコアは残りひとつ。つまりはたった一度。ただ一度のエターナルからのダイレクトアタックを受けただけで限界いっぱいの状況にまで追い詰められたことになる。
否──たった一度とは言っても。コウヤが体感したのは過去に味わったことのない壮絶な一撃であり、しかもそれを食らう直前に彼女が何より信頼する切り札である《レッドロックドラゴン》が屠られてもいる。相手の効果を受け付けない強固な耐性を有し、その上で主人へ敵の矛先が向かないようにするもうひとつの能力によってコウヤの身すらも守ってくれる、強く優しい究極生物。幼いころからの唯一無二の相棒──その力を存分に引き出せるようになった今、自分とレッドロックのコンビに敵う者はいない。そう思っていたし、信じていた。
なのに。
そんな相棒との絆も、エミルの前には。ドミネユニットの《天凛の深層エターナル》の前には無力だった。波にさらわれる砂城の如くに呆気なく崩れ去った……あるいはダイレクトアタックで浴びた衝撃以上にそちらこそがコウヤを参らせたのかもしれない。それだけレッドロックはコウヤにとって絶対の切り札であったということ。
その絆が君を弱くさせている、とエミルは言う。
「悪いことじゃあないさ。カードの力を最大限に引き出す、そうできるに越したことはない……というより。ドミネイターであればできて当然のことだ。それも一枚や二枚ではなく全部。最低でもデッキに入れている四十枚のカード全てにおいてそうすべきだと、私は思うけれど。だけどそう指摘すると凡夫は──特定の相棒ばかりを大切に扱う君たちみたいなドミネイターは、決まって反発するんだ。一枚に特別な思い入れを持たない私を、まるで薄情者かのように糾弾する瞳を向けてくる。なんて馬鹿馬鹿しいことだろう」
「…………、」
「手段と目的を履き違えているんだよ、君たちは。カードは目的を達すための手段であり道具。そうやって正しく扱わないから私に歯が立たないんだと、どうして気付かないのか。あるいは気付いて尚目を背けるその弱さを、心から軽蔑したい。そしてこう断じたい──そんな者にドミネイターを自称する資格などないと。故に私は『選別』する。真にドミネイターと名乗るに相応しい者だけを選び、美しい世界を創るのだ。今の腐敗した日本ドミネ界を刷新し一新する! そのためなら何人の犠牲が出ようとも、何人のドミネイターが消えようとも構わない。所詮は紛い物、私の世界には要らないものなのだからね」
「…………、」
「先生方から注意も受けた私だ。アキラ君という待ちに待っていた可能性も現れてくれたことだし、今後はより積極的に勝ちを意識したプレイングをしていこう。だから君にトドメを刺すのはエターナルなんだよ、コウヤ君。凡百の才能でありながら君の怒りの牙は、その切っ先を確かに私へ届かせた。君がアキラ君の枷でなければ私の世界へ招待していただろう。そう思えるだけのファイトをしてくれた君だからこそ、念入りに踏み潰しておかなくてはならないわけだ。おわかりいただけたかな?」
「…………、」
「うん? ああそうだよ、私にとってまだしも特別なカードと言えばこのエターナルくらいさ。何せこの子は私自身とも言える、私の意思の体現者。つまりは新世界へ導いてくれる福音なのだから──同じく道具ではあっても他のカードとは、ユニットとは決定的に違う。それがドミネユニットというもの。惜しいね、コウヤ君。君のその強い感情はひょっとすれば、覚醒には至らずともいつの日かドミネイト召喚くらいなら掴めていたかもしれないが。私はその小さな芽を摘まなくてはならない。取捨選択の話だよ。アキラ君という大木が太く真っ直ぐ育つよう、君という余計な枝葉を剪定する。つまり私が言っているのはそういうこと。そこに眠る二人も然りだ。このファイト自体がやはり、手段であるということだね」
「…………、」
「ははは──それで何が楽しいのか、だって? なるほど。君からするとファイトが手段でしかないとは理解し難く、そこにこそ目的がなければドミネイターらしくないと。そう思うわけか……うん、如何にも凡夫らしい典型的な考え方だね。答えておくと、これでも私はとても楽しんでいるよ。選別にはあくびを抑えきれないようなひどくつまらないファイトも多いけれど。しかし何度でも言わせてもらうが手段なのだ──ただ勝つだけではない、より大きな目的が私にはあるのだ。一戦一戦がそこへ近づくための確かな一歩。夢を叶えるための道のりであるからして、そこを進むことに楽しみを覚えないはずがないじゃないか」
「…………、」
「そうとも、むしろ私には『ただ勝つだけ』にそこまで熱くなれる君たち凡夫の生態こそ理解に苦しむ。ある意味では羨ましいくらいの能天気さ、空っぽ具合だ。そんな空虚なファイトで何を楽しむ? 相手を尊重し、尊重を返されるファイト。お題目はご立派だが程度の低い次元でそんなことをされても私の目線からは傷の舐め合いとしか思えないな……いずれアキラ君もそう思うようになるよ。だって遠からず彼の周りの者たちは、彼のファイトにまったく追いつけなくなるのだから、必ずそうなる。今はまだカードを道具と言い切った私に可愛らしく怒るほどの、凡夫に感化された感性で物を見ている彼だけれど。やがて私と同じ目線に立つときがくる」
「…………、」
「残念だけどコウヤ君、私は予想を口にしているんじゃあないんだ。君がいくら否定しようと彼に兆しがある以上、既にこちら側に立っているんだよ。あとはそれに彼が気付くだけ。君たちとは見ているものが、見えている景色が違うと自覚するだけ。そういった段階にいるのだから──私はそれを手助けする。啓蒙し、目を開かせる。啓かせるのだよ、新世界の神として。その意義を果たすのだ。そうするためには無論のこと、彼の視界を遮っている邪魔を退かすこと。そう、つまりはコウヤ君。その最もである君をここで、再起不能とさせる。それが私の選別にして餞別なのだと、どうやら理解してもらえたようだね」
「…………、」
「ふふ! ああそうだね、それでいいとも。元より納得してもらおうとは思っていない。君の意思がどうであれ排除することに変わりはないのだからそこは私からしてもどうだっていいしどうであってもいい。ただひとつ、君は新世界の構築になくてはならない犠牲。礎のひとつになれたのだと、それだけを胸にして──滅ぶがいい。この一撃を以てしてファイトを、そして紅上コウヤというドミネイターを終わらせよう。覚悟はいいね?」
「…………、」
「逃げないし諂わない。いいよコウヤ君、それでこそ紛い物とはいえアキラ君の親友だ。彼もエターナルを前に、君より二度も多くダイレクトアタックを受けてもそうやって立ち続けた。決して降参なんてしなかった……それと同じことを君もすべきだね。そして私がやることも変わらない、今日は乱入者も現れない。よって君とはここでお別れだ。さあエターナル、彼女に手向けを送ってあげてくれ」
エミルの言葉にエターナルの内部からキィインと圧縮音が鳴り響き、そして。
不可視の砲撃、決着の報せが放たれる。するとコウヤに残されたたった一個のライフコアは瞬く間に砕かれ、それにとどまらず、その一撃は彼女の身を大きく吹き飛ばしてしまった──。




