156.コウヤを救え!
「なんだって──エミルに呼び出されて、コウヤが一人でDAに向かった!?」
「そうっす。自分と紅上センパイのお父さんは口裏を合わせるように言われたっす……センパイにだけはこのことを知られたくないからって」
「な、なんで」
「センパイがエミルに何をされたか考えたら、そりゃあもう会わせたくないって思うっすよ。その気持ちは自分にもわかるっす」
「う……」
病院で精密検査まで受けた身だ。そう言われてはぐうの音も出ない。だがアキラとしてはそれでも自分に一言告げてほしかった──そうすればコウヤを引き留められた。彼女が本当に思いとどまってくれたかどうかはともかく、説得の機会くらいはあってもいいだろう。何せアキラはエミルの恐ろしさを直に味わっているからして、コウヤがアキラに対してそう思っているように、彼もまたコウヤをエミルと戦わせたくない思いは同等に……否、それ以上に強く持っていた。
「マズいな若葉君。君に執着しておきながら何故ここで紅上君に目を付けたのかはわからないが、君を傷付けた者とそのことに怒れる者。相対すればファイトは必至だろう──それがマズい。言ったように九蓮華エミルは対戦相手の心を容易に折ってしまうドミネイター。学園長室の宣言通りに君に対してまったく躊躇なく本気をぶつけた彼が、紅上君にも同じことをするようであれば……非常に危険なことになる」
「非常に危険って、コウヤの心が折れてドミネファイトができなくなるってことですか? これまでエミルの被害に遭ってきた上級生たちみたいに……」
幼少期、誘った側のアキラ以上にファイトに惹かれのめり込んで、それ以来ずっとドミネイターとしての道を猛進し続けているコウヤだ。同世代の中でも先頭を走っている者の一人。友人としての贔屓目を抜きにしても一年生ホープの一人と称せる彼女が、たった一度の敗北でカードに触れなくなるといった事態はどうにも想像がつきづらいが……けれど相手がエミルとなれば変わってくる。それも充分にあり得るだろう、と。エミルのドミネユニットであるエターナルが自分に与えた痛みが、単なる肉体上の苦痛だけではないことをよく理解しているだけにアキラは、戦々恐々の面持ちでそう泉に訊ねたが。
泉から返ってきた答えはもっと残酷なものだった。
「私が言う最悪とは、紅上君の『命』にかかわるかもしれない。そういう恐れのことを指しているんだよ若葉君」
「……!」
泉の真剣な眼差し、その口調。それでアキラは彼の言う『命』がなんの比喩でもなく、まさしくコウヤの生死を意味するものだと悟った。心胆が冷えて咄嗟に言葉を返せなかった彼に、ムラクモが言う。
「それもまた、ないとは言い切れないことだ。エミルと同じく準覚醒者である若葉でも耐え切れなかった奴のドミネユニットの攻撃。そんなものに紅上が襲われれば──エミルの悪意次第では取り返しのつかないことになる。それこそ再起不能どころか、二度と目覚めなくなる可能性もあるだろう」
「そ、そんな……」
「俺たちは学園に向かう。お前の無事も確認できたことだし、次は紅上の無事を確かめなければ」
泉先生、とムラクモが声をかければ彼も頷いて。
「来たばかりで済まないがミオ、私は行くよ。若葉君のご両親の言うことをよく聞くんだぞ」
「パパ……エミルとファイトするの?」
「さてな。あの子が私なんかと戦う気になるかは甚だ疑問ではあるが……必要とあらば私はそうするつもりだよ」
泉の調子はまだ戻っていない。それを取り戻すための山奥での修行を途中で引き上げているのだから当然で、故にそんな状態でエミルの下へ向かおうとする彼をミオが心配するのも当然だった。我が身を想う息子の頭をひと撫でしてやってから、泉は「急ぎましょう」とムラクモに言って部屋を出ていこうとして。
「待ってください!」
「──若葉君?」
「俺も行きます。もしもエミルがそこにいて、コウヤが危ない目に遭っているのなら……俺がエミルを止めます」
「それは無茶だ。変調がないとはいえ今の君は病み上がりだろう」
「同感だな。いくらなんでも再戦には早すぎる。勝てる見込みもないのに挑むのは勇気とは言わんぞ。それはただの無謀だ」
確かに、と冷静な大人たちの意見にミオも内心で同意する──エミルに敗北してからこっち、アキラは療養とファイト盤を使わない遊びのファイトをするだけで過ごしてきたのだ。そろそろリベンジに向けた特訓を始めようかと考えていたところで、つまりまだそれを行なっていない現状は、エミルに負けたあの日とアキラの実力は何も変わっていない。そういうことになる。
無論、負けた経験そのものがドミネイターの意識を変え、一皮剥けさせる。そういうことだって起こりはするし、なんと言ってもあの勝負は準覚醒者VS準覚醒者という好マッチ。互いに与える影響はどちらが勝者であれ敗者であれ、通常のファイトよりも遥かに大きかったはずだが──だとしても、その理屈で言うならエミルもまたあのファイトを通して変化していると考えるべき。ならば、やはりアキラが彼に追いつける道理はない。少なくとも今はまだリベンジをする時ではない、それが正しい理屈。正論以外の何物でもない。
しかし正論だからこそ通じないだろう。そう感じたミオの予想に正しく、アキラの意気はまったく衰えず。
「無謀は承知の上です。エミルに勝てるとは俺も言い切れません……でも、だからどうだって言うんですか。挑むファイト全てに勝てる算段があるなんて、そっちの方がおかしいですよ。無謀に挑戦してこそのドミネイターだ。勝てる勝てないで悩む前に、誰を相手にも勝利を目指せるドミネイターに俺はなりたいんです」
それだけじゃない、とアキラはぐっと拳を握り締めて続ける。その瞳は泉やムラクモの方を向いているようで、もっとずっと遠くの誰かを見つめているようでもあった。
「エミルがコウヤに目を付けたのだとすれば、それは確実に俺のせいだ。俺が彼に狙われたことでコウヤも狙われた──だったらこうなった責任の一端が俺にもある。あの日エミルに負けていなければこうはならなかった。だからコウヤを助けるのも、エミルを止めるのも。俺でなくちゃいけないって、そう思うんです」
「もしもそうすることで、今度こそ自分が再起不能の危機に陥ってもか」
「どんな結末になろうと後悔はしません。ここでただ待っているだけの方がずっと我慢ならない。だからどうかお願いします、俺も一緒に連れていってください!」
「──わかった。ここで問答を繰り返す時間も惜しい、お前も来い」
仮に置いていったとしてもこの聞かん坊のこと、どうにかして後をついてくるだろう。どうせ同じ結果になるのなら見えないところで動かれるよりも傍に置いた方がマシだ。そう考えて許可を出したムラクモに、アキラの顔はぱっと明るくなる。
「ありがとうございます! それじゃあ早速向かいましょう!」
「なら自分も同行させてもらうっす。紅上センパイを送り出した手前、自分だって責任は感じてるっすから」
「えっと、じゃあボクも行こうかな。別に責任とかはまったく感じてないけど、コウヤのことは普通に心配だし……一人で待ってるのも寂しいし」
「おい。遊びに出かけるんじゃあないんだぞ」
聞かん坊三人組にムラクモの機嫌が少々悪くなったが、泉がそれを宥めつつ一同は若葉家を出発。ムラクモたちが乗ってきた保全官の一人が運転する車に五人で乗り込んでDAを目指した。その車の後ろを、アキラの護衛としてアンミツを始めとした複数人の保全官が乗る車両がついてきているのを、ムラクモと泉だけがしかと気付いていた。




