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155.エミルの秘密

「──と、いうのが私なりの持論でね。体は無事でも果たして心の方はどうか。それがどうにも気掛かりだったものだから、こうして君の安否を確認しにきたというわけさ」


 ムラクモと泉が共にいる理由、そして何故若葉家へやってきたのか。一連の説明を泉の口より聞かされてアキラはなるほどと納得する。学園側もエミルの扱いには相当に困っているらしいと知ると同時に、少なからず感覚のあるドミネイト召喚。それが色々な意味で広く注目を集めるものであるということも、彼らの見解を耳にしてようやく理解が及んできた。


 むやみやたらと見せびらかしていいものではない。エミルの主張は正しかったのだ……しかしそう言いながらも彼自身は誰憚ることなくドミネイト召喚を用いていた。「裁量がある」ともエミルは言っていたので、学園や九蓮華家からの認証があると考えて間違いはないだろう。つまり彼はドミネイト召喚を操るに相応しい者だと既に認められており、そこがアキラとの──公的な立場においての──最大の相違点となる。


 そこまで理解して、ふと浮かんだ疑問。


 近年のエミルの狼藉を問題視しながら、どうして学園は彼から裁量を取り上げないだろう? ……それだけ九蓮華の名は天下のドミネイションズ・アカデミアからしても重たいからか、もしくは何かまた別の思惑でもそこにはあるのか。


「……俺も腑に落ちます」


 とりあえず話を進める。この疑問がムラクモらにとっては痛いところを突くものであるように思えてならなかったので、せっかく自分を心配して見舞いに来てくれた先生方にそんな不躾な真似はしたくないとアキラはひとまずそこに目を瞑ることにした。いずれにしろエミルという人間。その深奥は他者からの評価や彼を取り巻く環境からは見通せないものだという確固たる予感がアキラにはあった。


 九蓮華エミルを攻略・・したければ彼自身へぶつかっていく以外に道はない。即ちドミネファイトで鎬を削る以外に方法はないのだと、そう思うから。


「腑に落ちる、というのは君にもその自覚があるということかい? ドミネユニットとは呼び出し主と一心同体──つまるところ分身アバターのような存在であるという自覚が」


 どこか『別の場所』から呼び出されるドミネユニット。その正体がユニットに形を変えたドミネイターの意思そのものであり、分裂した自我が現出したものであるという泉の持論。それを否定する材料をアキラは持ち合わせず、むしろ肯定すべき点こそ多いように思えた。


「あのファイトでの決着の直前、泉先生には俺とアルセリアが意思を疎通させている、どころか共通させているように見えた。そうなんですよね? ──俺もそうです。アルセリアは他のユニットと違う。命じるまでもなく動くという感覚が確かにあった。そう、あれはまるでもう一人の俺がそこにいるかのようだった……それと同じものを、エミルとエターナルからも感じました」


「……! これは、確定的かもしれないな」


 まだ詳らかにされていないドミネユニットの原理。未知の謎が自分の推論を手掛かりに解き明かせるかもしれない、その喜びに浸ると共に泉は暗澹たる思いも抱く。ムラクモがそうしたように、彼もまた知っていれば反対した二人の準覚醒者──つまりはアキラとエミルを衝突させ、その反応を見るという実験。それがもたらす功罪の功こそがこういった謎の解明にあるのは明白で、自分がその一端を担いだことになると同時に、やはり実験を行った意味自体はあったと。そう認めてしまいそうになる己の冷徹なまでに理路を辿る思考に嫌気が差したのだ。


 しかし今はそんなことよりも、エミルとの再戦の危険性。それについてアキラにきっちりと認識してもらうことが先決である。


「証明の手段がない段階なのでまだなんとも言い難くはあるが、仮に私の論や君の感覚が正しかったとしよう。すると若葉君、君はとても危うかったことになる。何せドミネイターの意思そのものがドミネユニットなのだとすれば、九蓮華エミルを体現するエターナルというユニット。それが君にトドメを刺していた場合、こうして私と会話することもできていなかったかもしれない。それだけの危機に自分がいたと、君はわかっているかい?」


「……そう、ですね。俺はあの時絶対にサレンダーしたくなかった。トドメを刺すなら刺せってつもりでいたけれど、もし本当にそうなっていたら一日だけの入院じゃ済まなかったと思います。ロコルがエミルを止めてくれていなかったら、きっと俺は……ありがとうな、ロコル」


 改めて礼を述べるアキラに、ミオと一緒に扉の傍に立つロコルは小さく頷くだけだった。もう何度も感謝されているのだからこれ以上の礼はいらない。そう照れているだけのようにも見えたし、どこかバツが悪いような態度にも見えた。流石に大人を含む五人もいてはアキラの自室も少々手狭であら、故にこのときムラクモもロコルの近くにいて、そのおかげか彼だけが少女の妙に浮かない雰囲気に気が付いていた。


「問題なのはだよ、若葉君。九蓮華エミルがドミネイト召喚に頼らずとも対戦相手を再起不能に陥らせるファイトが可能だというその事実だ。そんな彼がより己の意思を明確に、鋭角に相手へ叩きつける手段としてドミネユニットを用いて情け容赦なく振るえばどうなるか。──その刃は敗北者の精神をズタズタに引き裂き、二度と元には戻さない致死の物となるだろう。いずれは再起不能では収まらないような被害者が出ると私は踏んでいる」


「そんな……! エミルの奴はそこまでのことを」


「するだろうな、あいつなら」


 アキラの言葉尻を奪ってそう告げたムラクモは、「ところで君。ロコルと言ったか」と唐突に少女へ話しかけた──泉の予想を聞いてますます顔色を優れなくさせている少女へ、だ。


「九蓮華を捨てたという君にこういう言い方はあまりしたくないが。しかし君が九蓮華エミルの『身内』であることに違いはない。あいつについて俺たちの知らない何かを知っているなら今の内に全て話してくれ。……取り返しがつかなくなってからでは遅いんだからな」


「…………、」


「ロコル?」


 先の食卓でもそうだった。迷いの見られるロコルの表情にアキラが心配げに名を呼んだ、それが最後のひと押しになったらしい。彼女は閉ざされていた口を開いて言った。


「エミルは、神になろうとしているっす」


「──は?」


 突拍子もない発言。『神になる』というワードのあまりの聞き慣れなさと不穏さに室内の空気が凍る中、構わずロコルは続ける。


「ホントの神様じゃなくて、そういう立場に、っす。つまりエミルを頂点とする新しい世界。選ばれし真なるドミネイターだけで創る理想郷。日本のドミネ界を自分の支配下に置こうとしているんすよ、あいつは」


 当然日本を手中に収めれば、次は世界を奪りにいくはずっす。しかつめらしくそう述べたロコルは、本気だった。本気でエミルがそういった野望を抱いていると確信している──嘘ではない。この場にいる全員がそう受け取った。ならばエミルは、ロコルが家を飛び出すよりも以前から。まだ幼少の折からそんな壮大な夢を胸に秘めて行動していたことになる。


 世界征服を至極真面目に企む子供。まったくもって普通ではない……そしてそれ以上に厄介なのが、彼ならば間違いなくそれを実現させてしまえること。いずれ覚醒者となるだろうと目されている九蓮華の麒麟児エミルは、周囲にも本気でそう思わせるだけの力を持っている。


 自らが持つ血統の恥部を晒すような心持ちで兄の悲願を打ち明けたロコルは、絶句している一同へ昨晩に抱えたもうひとつの秘密もここで暴露しておくことにした。


「あの、センパイ。固く口止めされてたっすけど、実はエミルが紅上センパイにこんなメールを送ったみたいで──」



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