153.竜の息吹、絶望の鼓動
「10000という高いパワーに加え、それ以下のパワーのユニットを無差別に破壊するとはなんとも豪快なユニットだ。これで私のフィールドはあえなく全滅……だが忘れてやしないかい? フランソワカの身には果てしない怨念が宿っていることを!」
ドルルーサやドルゾラスと共に焼かれ朽ちていく《腐敗令嬢フランソワカ》。そのパワーは4000。高コストのミキシングユニットとしては低いと言わざるを得ないステータスの彼女にはドラゴンの猛攻に晒されて生き延びる手段などあろうはずもない──が、それでいいのだ。彼女の真価は死んでから発揮されるのだから。
「【呪殺】。効果破壊されれば相手のユニットも道連れにできる効果だろ? 忘れちゃいないさ」
「よろしい、君のエースにはその破壊力の代償を受けてもらおう。フランソワカの破壊された時の効果を発動! 【呪殺】対象は当然《レッドロックドラゴン》だ」
焼却されるフランソワカの肉体から立ち昇る黒い煙。それがまるで意思を持つかのようにふらふらと蠢き始め、その直後突如として猛スピードで動き出し呪い殺すべき相手へと迫り──弾けた。
「む……」
「残念だったな。レッドロックは効果破壊への耐性を備えているんだ。ドラゴンの鱗は堅牢無比! 呪いなんてちゃちな小技は通用しねえ!」
フランソワカの【呪殺】は無効。レッドロックに触れられもせず彼女の怨念が弾け飛んだのはそれが理由かとエミルは納得を見せる。
「効果破壊は通らない。かと言って戦闘破壊しようにもレッドロックには【飛翔】能力がある。同じく【飛翔】を持つユニットにしかアタックもガードもされない、と」
しかもレッドロックを倒すには最低でも10000ものパワーが要る。それ以下のユニットではたとえ【飛翔】を持っていようと歯が立たないのだから恐ろしい。コウヤが自身の象徴とまで謳うレッドロックはまさしく「ドラゴン」の名に相応しい切り札である。そう認めつつも。
「だがレッドロックを呪うことこそできずともフランソワカには自己蘇生能力がある。一度倒されたくらいじゃ倒された内には入らない」
「それはどうかな?」
得意気な否定の言葉。コウヤのそれにエミルは訝しげに眉をひそめ、そしてすぐに気が付いた。フランソワカの蘇る気配が、まるでしないことに。
「へっ、どうやらあんたの墓地はだんまりのようだな」
「そうらしいね。これもレッドロックの力なのかい?」
「その通り! ドラゴンが放つ息吹は破壊力だけでなく神聖な力も伴う。何せドラゴン自体が神秘の存在だからな。レッドロックによって葬られたユニットはその能力ごと完全に抹殺される──つまり! 墓地で発動されるような効果の一切を無効化するってわけだ!」
「……これは一本取られたね」
都合四度墓地から蘇るフランソワカ。そして彼女が墓地へ戻る度に発揮される【復讐】と【呪殺】によりコウヤの場をズタズタに掻き乱すつもりでいたのだが。まさかこのような形で復活能力そのものを封じられるとはエミルにとっても予想外だった。事前に感じた波長からしてそれなりのものが出てくるとは知れていたが、しかしこれは『それなり』以上。レッドロックは想定を超えて強力なユニットである。その事実が新たに奪われたライフコアによく表れている。
「当然ドルゾラスが持つ【呪殺】も効かず、ただ私の戦線が壊滅しただけ……か。これは手痛い反撃を受けてしまったね。私のライフも残すところあと四つ──ふふ、怖い怖い。これは私も本気を出さなくてはいつ負けてしまってもおかしくないね」
「……ちっ、胸糞の悪い」
言葉とは裏話に怖いとも負けるともちっとも思っちゃいない。そうはっきりと伝わってくるだけにエミルの物言いはコウヤを苛立たせる。レッドロックが放つプレッシャー。それに比例して自身の闘志も過去一と言っていいほど膨れ上がっている。だというのにエミルは、まるで何も感じていないかのように──まるでそこに彼にとっての脅威や敵たる者など存在していないかのように、まったく平気な様子でいる。それが何よりも腹立たしい。
レッドロックを召喚してもまだ。
場のユニット全てを片付けてもなお。
このファイトは依然としてエミルの掌の上にあるというのか──。
「っ、アタシはこれでターンエンドだ」
嫌な考えを振り切るようにエンド宣言を行うコウヤ。その直後、彼女はそれを激しく後悔した。何故かはわからない。だが唐突にそう思えたのだ。エミルにターンを渡してはいけなかったと、思考よりも早く、本能よりも深くにそう感じた。
「私のターン。スタンド&チャージ、ドロー」
淡々と行われるスタートフェイズ。何も見るべきところなどないはずのエミルの所作に、しかしコウヤは釘付けとなって視線を逸らせない。逸らさないのではなく逸らせない。自身最大最高の相棒を傍らに付けながら、なのに少女はこの時、本当にただの少女のように。戦いなど知らない無力な幼子のように身を震わせることしかできずにいた。
言うまでもなくそれはエミルが持つ非凡なる才能。天より与えられたドミネイションズへの適性、その本領をここに発揮せんと決めたが故のもの。端的に言って冷や水を浴びせられたに等しく、抑えが利かないほど燃え盛っていたはずのコウヤはそれによって我に返った。我に返って、自覚してしまったのだ──自分がどれだけの無謀に挑み、そしてどんな末路を辿ろうとしているのかを「視てしまった」。それはあたかもエミルの先を読む視界、そこに映る未来を共有したかのような残酷さで。
「品の良くない冗談のように聞こえたかもしれないが。そしてそれを殊更に否定するつもりもないが、ただし純然の本音さ。私は本気を出さなければならない。アキラ君にぶつけようとした全力全開のそれではなくとも、少なくとも加減のないファイトで君を沈めなければならない……そうすることがこれまでアキラ君を支えてきたのであろう君への手向けであり、私なりの敬意の表し方だ。そして何よりも」
アキラ君のためにもなるのだからね、と。
「…………、」
エミルが何を言っているのか、どういうつもりでそんなことを言っているのか。相も変わらずコウヤには何ひとつとして理解し難かったし、理解したいともさっぱり思わないが。けれどそれが九蓮華エミルという人間にとってとても重要で重大なことだというのはなんとなく、わかるつもりがなくともわかった。そう、要するにこれは。アキラを傷付け、間を置かず彼の友人まで傷付け、ドミネイターでいられなくせんとするその悪趣味極まりない行為は。
しかしエミルにとっては正当性のある、大事な儀式であると。
馬鹿げている、とそれに反発する気持ちでどうにか心を奮い立たせるコウヤの見つめる先で、エミルはカードを操る。
「青のスペル《極端な再利用》を発動、墓地にある使用済みスペル《デジャヴ》をコピー、その効果により直近で破壊された青ユニットである《腐敗令嬢フランソワカ》を蘇生召喚。そしてフランソワカを対象に青のスペル《無力の共同》を発動。自分の場の青ユニットと同ステータスのトークンを二体生成する。選ぶのは勿論フランソワカ。これによって私の場には青黒の混色ユニットが三体となった」
「……!」
淡々とプレイする。けれど段々と高まっていく。エミルより放たれる恐ろしさ、悍ましさ、果てのない欲求に裏打ちされた純にして邪の闘志が導くのは、終焉の気配。この時ばかりはコウヤにもエミルが何をしようとしているのか察しがついた。
「そうともコウヤ君。これこそが君とアキラ君の繋がりに終焉を与える力──三体のミキシングユニットを場から取り除き、ドミネイト召喚! 出でよ我が意思、我が運命! 《天凛の深層エターナル》!」
《天凛の深層エターナル》
Dコスト パワー5000 【疾駆】
──そこに絶望が振り落ちた。




