152.コウヤの真エース!
「ん……」
ビリリとした波動。と言えばいいのかどうか、とにかくエミルはそれを受け取った。コウヤから伝わる戦意の凝縮。指向性をもってこちらを突き刺すその気配が、エースカードを用いる前兆であることを彼は知っている。
(ドローした途端に一際強まった。ということは、引いたのか。必要な場面で必要なカードを──なるほど、紅上コウヤとはそれができるドミネイター。今年の一年生は本当に粒揃いのようだ)
先に散ったクロノやオウラもなかなかのものだった。エミルのライフコアを削ることなく敗れたとはいえ、その戦いぶりは新入生としては圧巻だったと評価できる。単に早熟というだけでなく多分に将来性も感じさせるこの三人がアキラと親しい間柄にあるというのは一応の納得もいく……だがそれでも。現時点での実力も伸びしろも充分だと言えるこの子供たちでもアキラの友人とは成り得ない。『兆し』を持つ彼にとってそうでないコウヤたちと無意識にでも「足並みを揃えて」しまうことは、まさに百害あって一利なし。まったく才能を無駄にする行為であるのだから。
アキラの成長を阻害する要素をエミルは友人などとは称さない。たとえ本人がどう思っていようと、また自己にしろ他者にしろその評価がどうであれ。エミルからすれば自分の評価こそが全てだ──アキラは「こちら側」、コウヤたちは「あちら側」。明確な区分がそこにはあり、それは決して覆らない。覆してはいけないものなのだ。
(無論。ここで彼女が一足飛びにアキラ君と同じような『兆し』を見せつけてくるようであれば話は別だ。新たな有資格者として私は君を歓迎しよう。アキラ君と切磋琢磨し向上するに相応しい逸材だと、先ほどまでの非礼を深く詫びてそう褒めそやそう……しかし)
アキラにも説明した通り、引きたい時に特定のカードを引く。その程度のことであればドミネイションズに本気であるのなら大半の人間が可能とする、安い奇跡に他ならない。間違っても覚醒の兆しを持つ者が起こす奇跡らしい奇跡とは別物。特に思い入れの強いカードであれば凡百の才能しか持たない者でも繋がりを持ち、往々にして劇的な逆転を経験しがちだ。
それが良くない、とエミルは思う。
カードはドミネイターに甘すぎる。少し大切にされたくらいで、少し想い出が共有されたくらいで、必死になってドミネイターを守ろうとする。期待に応えようとする。まるで惚れっぽくてそれでいて一途な少女のように、健気で献身的な奉仕をカードは主人に対して行う……その甘ったるさが勘違いや増長の原因になるのだ。自分は世界にも通用すると、最高峰の頂きにも届き得る才人だと。それがどれだけに険しく、過去にどれほどの天才たちが挫折した道であるのか。その真実が世に知れ渡っている現代においても夢見る愚か者が後を絶たないのは、つまりそういうことなのだ。
あまりにもカードが甘やかすから、気持ちの良い成功体験を積ませてしまうから、少しでもドミネファイトの道に前のめりな者は尽くに信じてしまうのだ──自分が特別な存在であると。
まったくもって忌々しい。
エミルはその自惚れを心の底から唾棄する。
「けれどもだコウヤ君」
「!」
「純粋に友のために怒り、実力差を理解して尚それを埋めんと奮闘する君の情熱まで貶したりはしない──なんとも無駄で無為な努力だとは思うけれど。だけど増長の一言で切って捨てるつもりなんてないのだよ。そこで眠っている二人に関しても同様に……これは君たちとアキラ君との決別に向けたはなむけ。私なりの選別だと思ってほしい。今から君が繰り出す切り札を堪能するのもその一環だ」
「な……!」
コウヤはまだ何もしていない。ただカードを引いただけ。スタートフェイズを終えてこれから行動に移ろうとしていたその矢先に、エミルはコウヤが何をしようとしているのか言い当ててみせた。クロノやオウラとのファイトでも見せた、何から情報を得ているのかまるでわからないこの圧倒的な洞察力。本当に未来でも見えているのではないかと思わせるほどの先読みに、エースを引き当てたことで波に乗りかけていたコウヤの戦意に若干の陰りが差す。
その波長を読み取ってエミルは薄く息を吐いた──これが凡夫の悲しいところだ。こんなにも雄弁でわかりやすく、エミルからすればわからない方がわからないというのに。当たり前の事実を伝えただけで人は大抵、怯む。怯える。竦むのだ。
アキラは委縮しなかった。目だけでなくそれ以外の感覚全てで相手を読み取るエミルと同じ真似こそできなかったようだが、しかしエミルの看破力を知り、脅威を味わいながらも彼は戦意を弱らせることなど一切なく、僅かなりとも気力を衰えさせなかった。そこがやはり『兆し』の有無の差。こうしてせっかくの機運の隆盛、その波にも乗り損ねるようなコウヤとは違って──。
「おや」
と、そこでエミルは気付く。一旦は委縮しかけた彼女の覇気が、またぞろ勢いを取り戻そうとしている……否、先以上の波濤となって全身から放たれ始めたことに。
「堪能する、かよ。そうかいそいつは嬉しいぜ……アタシの切り札を悠々と上回れると信じ込んでるそのけったいな自信を! 粉々に踏み潰してやれると思えばワクワクするんでなぁ!」
吠えるコウヤ。持ち直したか、と口の端を吊り上げるエミルの悍ましき笑み。アキラも背筋を震わせた、まるで理性を持つ肉食獣の舌なめずり。それを目の当たりにしてもコウヤはもう怯まなかった。
「来いよ、アタシの始まり! アタシの未来! アタシの象徴! 絶対エースのお通りだぜ、平身低頭して御覧じなぁ! これぞ赤の究極生物──《レッドロックドラゴン》!!」
《レッドロックドラゴン》
コスト7 パワー10000 【疾駆】 【飛翔】
赤く巨大な影。大きな翼と全身を覆う鱗を持つそれは、紛れもなく竜。フィールドに君臨したかの存在は何をするでもなく場を支配してしまう。ただそこにいるだけ。佇んでいるだけでも重々に感じさせるその圧倒的な力は、究極生物と認めるに相応しいと。他のユニットとの格の違いというものを見る者全てに印象付けさせるほどだった。
「ドラゴンのカード……! 赤陣営の秘蔵とも言える最大の大型ユニット。その一枚を君は持っていたのか」
「譲りもんだけどな。だけどこいつはれっきとしたアタシの相棒だ──そんでもって長いこと遠距離だったぶん今はアツアツでよぉ! その熱をあんたにもお裾分けしてやるぜ!」
「やれやれ。カードとドミネイターの惚気話は食傷気味なんだが……堪能すると言った手前、仕方ないね。存分に暴れさせるがいいさ」
「聞いたなレッドロック! 遠慮はいらねえ、そこにいる不気味なユニットをやっちまいな!」
バトルに入る! そう宣言したコウヤの意気に呼応し、静かに鎮座していた竜が動き出す。軽く首を動かし、息を吸い込んだレッドロックは──がぱりと大きく口を開けて、そこから火を噴いた。いわゆるドラゴンブレス、竜が得意とする必殺技である。それで場にいる三体の内どのユニットを狙うのか。そう注目していたエミルの予想に反し、火炎の息吹は自身へと目掛けて突き進んできていた。
「ダイレクトアタックだって?」
「竜が吐く息は奇想天外の被害をもたらすんだよ先輩──レッドロックがアタックしてレストする時! 自身のパワー以下のユニットを全て破壊する!」
「全体破壊の効果か。なるほどね、それなら確かに直接攻撃で事足りる」
強烈ないい能力だ。そう微笑むエミルの穏やかさとは裏腹に獄炎に包まれた彼の場では三体のユニットが阿鼻叫喚の悲鳴を上げて焼け爛れ、ライフコアがまた新たにひとつ砕け散った。二度目のブレイク。その戦果により喜んだのは、果たしてコウヤかエミルか。いずれにしろ。
ファイトはここからが本番であった。




