151.思わぬ一撃! 激化するファイト!
「やれ、《ヘヴィ・タイラント》! ダイレクトアタックだ!」
「……!」
一角の暴獣によって砕かれるライフコア。目まぐるしい攻防の果てに辿り着いたその結果にコウヤはぐっと拳を握り、エミルの目は見開かれる。
「驚いたな、まさかブレイクを許してしまうとは。クイックチェック──発動はなしだ」
「よしっ! アタシはこれでターンエンドする!」
「私のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー」
驚いた、とは言いつつもエミルに動揺はない。先の二人に対してそうしたように、ひとつもライフコアを奪わせない完全試合。コウヤにもそうやって勝利することで実力差を明示するつもりでいた彼だが、しかしたとえそれが叶わなくなったとしてもそう嘆くことではないし、かと言って喜ぶべきことでもない。まあ、こういうこともあるだろう。エミルの思考は目の前の戦いを楽しむ心とは裏腹にどこまでも冷めきっている。
「高じた怒りの分だけ。くべられた薪の量の差だけ、君にはあの二人よりも熱量があって。それが生んだ結実の一撃というわけだ──それもまたドミネイターらしさ。感情の昂りによって実力が実数以上に引き上げられる例はままある。そう珍しいことでもないが、けれどまったく貴重でないと言い切れるほど普遍的でもない」
「何が言いてえんだ」
「友を想う気持ち。そんな馬鹿げたものでセルフドーピングを実現する君は少なからず、才覚に認められている。そう見做すことができると言っているんだよ。──ただし言ったように、君程度なら。君ら程度の才能ならそう珍しくもないからね。アキラ君に仲間意識を抱くのは酷く烏滸がましいことだと、どうかわかってほしい。君にはその立場にいられるだけの資格がないのだよ」
「友達になるのに資格が必要ってか……? 如何にも独りぼっちって感じのあんたにとっちゃそうかもしれねーな。だがお生憎、アタシとアキラはとっくに切っても切れねえ親友同士! あんたが何を言おうとそれは変わんねえよ」
「そうかい、なら──君はやはり邪魔だ。そこの二人のように地獄の淵で眠っていてもらおう」
溢れ出す殺意。初めてエミルが露わとしたドミネイターが放つ闘志、その信じ難い圧力にコウヤは身構えた。我が身をはち切れさせんばかりの怒りに燃えていなければこの時点で膝を屈して負けを認めていたかもしれない。そう思えるだけの不気味に過ぎる重圧だった。
だがコウヤは怯まない。むしろ怒りを更に滾らせる。──おそらくアキラはこれ以上のプレッシャーに晒されながら、しかし最後まで戦い切ろうとした。負けが確定してもなお諦めなかった。親友がそうやって立ち向かったのだ、その事実こそがコウヤを奮い立たせる最大の燃料であった。
「君、まさかだけれど。ひとつライフコアを獲れたくらいで互角の戦況になったとは思っていないだろうね?」
「ハン、んなこと誰が思うかよ……!」
確かにクロノにもオウラにもできなかったエミルのライフブレイク。それを成し遂げた彼女は勢いに乗っている。そう言ってもいいだろう──だが状況は必ずしもその勢いを反映したものとは言い切れず。
「なら良かった。あそこから守護者を全滅させた上で一撃を加えてくるとは想定外だったが、しかしそれでも私のライフコアはまだ五つもある。対する君は残りふたつ。そして私の場にアタック可能なユニットが二体……どちらが優勢かは歴然としているね。ひょっとするとそこが理解できていないのかと心配になったものだから」
「そいつは余計な心配をどうも。だがアタシの場には守護者ユニットこそいないが、オブジェクトカード《赤燐の御旗》がある! こいつが設置されている限りあんたのユニットはアタシのユニットがいる状態ではダイレクトアタックできない!」
「うん、そうだったね。ユニットによる守りに薄い赤陣営の弱点を補ういいカードだ。その分、相手側からすればバトルを強要される厄介な効果なわけだが……けれど私には関係ないな」
「!」
「望むところだよコウヤ君。二体の《侵食生者トラウズ》で君の場のユニットへバトルを仕掛ける」
飛びかかる黒い核を持った水人間。襲い掛かられたのは《タイラント》と《ヘヴィ・タイラント》、共にトラウズよりもパワーは上。だがトラウズは【復讐】能力を有しているからして、彼我のパワーの高低などなんの関係もなく。
「二体ともに道連れ撃破! これで君の場は全滅だ。《赤燐の御旗》の塞き止め効果もなんの意味もなさなくなった」
「くっ……」
「ここで青のスペル《デジャヴ》を発動。その効果によりたった今フィールドを去ったばかりの二体のトラウズを復活させる。それから黒のスペル《ダーティードロー》を発動。場の黒ユニットを好きな数だけ破壊し、その数に応じてデッキからドローする。二体のトラウズを破壊して二枚ドロー、それと同時に効果破壊に反応して手札からこのユニットたちが飛び出す。おいで、《滅殺ドルルーサ》に《呪殺ドルゾラス》」
《滅殺ドルルーサ》
コスト6 パワー5000
《呪殺ドルゾラス》
コスト6 パワー4000 【呪殺】
のたうつ二頭の巨大ワーム。その黒々とした滑りけのある体は不気味な光沢を放っており、男勝りな部分もあれど割と女子らしく虫や爬虫類を苦手としているコウヤには少々毒な光景がエミルの場に広がった。だが今は苦手意識などより余程に重大なのが、そのユニットが出現したという事実そのもの。
「コスト無しで二体も呼び出しやがっただと……!」
「それだけじゃないよ。混色ユニットが効果で破壊されたことによって墓地からも効果発動。序盤に仕込んでおいたこちらも青黒のミキシング《腐敗令嬢フランソワカ》を蘇生召喚する」
「……!」
《腐敗令嬢フランソワカ》
コスト7 パワー4000 MC 【守護】 【復讐】 【呪殺】
豪奢な飾りのついたとても眠るのに適しているとは思えないネグリジェ。そのふわふわとした寝巻きの首元や裾からちらりと覗く素肌はぐじゅぐじゅに腐っており、一目でこの世の住人ではない。そうとわかる外見をした令嬢が、仄暗い眼窩でじっとコウヤを見定めた。
「戦闘破壊、効果破壊を問わずにフランソワカは君の手で倒されるたびにパワーを1000落として復活する。つまり彼女のパワーがゼロとなって復活できなくなるまで都合四度! フランソワカと命懸けで遊んであげなくてはならないということだ──ちなみに。彼女には【復讐】と【呪殺】の能力もあるために重々注意するといい」
「ちっ、なんつー恐ろしいもんを呼び出しやがる」
【復讐】とは言わずもがな戦闘で倒されても相手ユニットを道連れにする能力。そして【呪殺】の方は効果で倒された場合に相手ユニット一体を選んで道連れにするという【復讐】の亜種のような能力だ。そのどちらも併せ持つフランソワカはつまり、どのように倒してもコウヤの場にユニットが存在する限り最低でも一体は「持っていく」極悪な殺傷力を有していることになる。しかも自前の復活能力により一度や二度の破壊では倒したことにならない驚異のしつこさまで持っているのだから手の付けようがない。
それでいて敵はフランソワカだけでなく、その傍らにお供として付き従うようにドルルーサとドルゾラスまで付いている。どちらも決してパワーは低くない上、ドルゾラスにはフランソワカと同じ【呪殺】能力まであるようだ。端的に言って面倒どころの布陣ではない。これではせっかくの《赤燐の御旗》も大した抑止力にならないだろう……何せ守護者代わりにとりあえずユニットを並べようと、半端な布陣ではエミルの築いた戦線を前には無力。存在していないも同然の扱いを受けることは目に見えているのだから──だからコウヤは。
「私はこれでターンエンド」
「……アタシのターン!」
だからコウヤは、呼ぶことにした。
彼女の最強の切り札にして最高の相棒──あのドラゴンを。




