15.唸れ、デッキ構築! 下
「まさにそうっす! せっかく黒を混ぜるっていう大胆なアレンジをしたのなら、そこに防御を賄ってもらうんす。白ほどじゃーないっすけど、緑よりも黒のほうがそういうのは向いてるっすからね」
守りの手段が多いのは緑よりも黒。その点についてはアキラも納得している。そもそも黒が得意としている効果によるユニット破壊も、アグレッシブな印象ながらにやっていることは相手の妨害。つまり本質的には防御寄りの特色だと言える──というロコルの解説もすんなりと頭に入ってきた。
「どんな特色にしたって見方次第というか、使い方次第で攻撃的にも防御的にもできるっすけど。攻撃面を緑に振り切ることが確定しているセンパイは必然的に黒で緑を守る布陣になるっす。その明確化。それこそがデッキコンセプトを変えずにより上を目指す、その一歩目に相応しい方法だと自分は思うっす!」
緑陣営のユニット、それも『ビースト』をメインに据えて攻め勝つ。そのスタイル自体には変更を加えずデッキの完成度を上げようとするなら、ロコルの言う通りそういうやり方が一番だろう。そこには反論のないアキラだったが、しかし彼としてもここでひとつ言っておきたいことがあった。
「いや、お言葉だけどロコル。俺だって一応は防御を意識して黒を混ぜたつもりだよ。そこまで明確に言語化できていたわけじゃないけど、黒を使おうってなったのはやっぱり攻撃一辺倒な中に変化を入れたいと思ったからであって……ほら、《悲喜籠りのアイラ》。このユニットとかもまさに防御向きのカードだろ?」
我が身を犠牲にレスト状態の相手ユニットを破壊できる、如何にも黒らしい効果を持ったアイラ。オウラとのファイトでは活躍させられなかったものの、あの盤面に《熾天星オル》さえいなければ、アイラの力でオウラの切り札《天星のアルファ》を倒せていたのだ。
それを思えば尚のこと、自分のデッキに防御は既に組み込まれている。そう言えるのではないかとアキラは主張するが、ロコルはそれに対し肯定することなく質問を返した。
「でもセンパイは、《ボイド》みたいな【守護】を持つユニットはデッキに入れてないんすよね?」
「まあ、うん」
広げられたカードの山。その中にある四枚ひとまとめになっている《ボイド》を見ながらアキラは頷く。クロノも使っていたこのカードは優秀な守護者ユニットだと彼も思うが、しかし自身のデッキカラーとは合わない。そう判断して混色にするにしても不採用としていた。
「守りと言うなら【守護】持ちは欠かせないってこと?」
「絶対に守護者を入れなきゃいけない、というわけではないっすよ。それをし辛い理由もわかるっす。センパイが使った黒のスペル《重圧》は、アイラとのコンボだけでなく戦闘補助としても輝くっす。相手ユニットをレストさせて強制的にバトル可能な状態にするわけっすからね。《ビースト・ガール》と組み合わせれば《昂進作用》の代替品みたいにも扱えるわけで、そこはよく考えられてるっす」
「……!」
こういうこともできる、と説明しようとしていた内容を先んじて語られたことにアキラは驚く。ファイトを観戦していただけでそこまで見抜いているとは、ロコルのドミネイションズに関する見識はいったいどれだけ深いというのか。
(なんていうか。ロコルって底知れない子だよな……)
謎の少女でこそなくなったが、しかしやはり彼女は謎の少女である。何故こんなにもドミネイションズに詳しいのか。そしてどう見てもドミネファイトが大好きなのに彼女自身がファイトしているところをまだ一度も見たことがないというのも含め──アキラも何度か誘ったことはあるが全て断られている──色々と不思議な子だ。
年下の少女におんぶにだっこなのは少し恥ずかしくもあるが、けれどロコルからアドバイスを貰えるのはとても幸運なことであると改めてアキラは実感した。そんなことを考えている間にも、彼女によるデッキ構築の指南は続く。
「《ボイド》よりも《重圧》を優先させた理由はわかるんすけど……でもタッチとして少量だけ組み込む陣営のカードはもっとシンプルなほうがいいっす」
「シンプルなほうが……? 《重圧》もかなりシンプルな効果だと思うけど」
「効果のことじゃなく、その用途っす。まずもってコンボを狙うよりも単体でしっかり活躍するカード。そこを意識するなら《重圧》よりも、【守護】でいつでも役立つ《ボイド》の方が普通は優先されるっす」
「い、いやでも、言ったように《重圧》は緑のユニットの戦闘を助けてもくれるし……」
「そこが自分的には微妙なんすよね。そもそも《昂進作用》と役割の被ってるカードがタッチの黒に必要かっていう疑問があるっす。だってセンパイのデッキは切り札以外はとても戦闘向きとは言えないユニットばかりじゃないっすか。《重圧》が活きるのは精々、ガールかアイラが場にいる時だけ。ちょっと活躍の場が限定され過ぎっすよね」
1000だけとはいえパワーアップ効果と破壊耐性付与というおまけと言うには強力な能力をユニットに与える《昂進作用》ならともかく、ただ単に相手ユニットをレストさせるだけの《重圧》はタッチで入れるカードとしては力不足だとロコルは指摘する。
「アイラは場にいるだけで相手ユニットへの牽制にもなるんで、いいと思うっす。採用する黒のカードはそんな感じで一枚でもやれる仕事があるかどうか。まずはそこを基準にするのがデッキパワーを崩さずに済む最良の選択の仕方っす!」
「一枚で仕事をする……【守護】持ちはその代表みたいなものか」
「っすね。舞城センパイとのファイトの最後を思い出してくださいっす。あそこで一体でもセンパイの場に守護者がいれば、《虹天のイリス》と《シールドバッシュ》のコンボであってもグラバウは処理できなかったっす」
「なるほど」
相手の状況や他のカードに左右されるのでは、使い勝手が悪い。メインとしている陣営のカードであればコンボ性能やピンポイントな効果を重視してもいいが、差し色の陣営に求めるべきはわかりやすい単体性能。そういう視点で見た場合、確かに《重圧》は自分のデッキに必要なカードではないかもしれない。少なくとも他より優先すべき理由はないようにアキラにも思えてきた。
「舞城センパイのスペルが【守護】持ちがいないと使えないカードばかりだったのは、デッキ全体の守護者の比率がめちゃ高いからできることっす。ああいう風にピンポイントな効果をピンポイントでなくさせることも構築段階で意識すれば可能ではあるっす。だけどぶっちゃけ、センパイのスタイルや今の構築力でそこまで求めるのは分不相応ってもんっす。素直に使いやすいカードを探すのが吉っすよ!」
「……ロコルって、言い方けっこう容赦ないよね」
「センパイのためを思ってのことっす」
「それはありがたいけどさ」
気を取り直し、現在のデッキパーツが集まっているカード群の中から四枚の《重圧》を早速取り除く。アイラとのコンボはアキラが自分で編み出したものだったためにどちらも最大枚数搭載していたのだが、考えを改める。片割れのアイラに関してもニ枚減らし、元の半数だけの採用としておくことにした。
「他の黒のカードは《闇人形ジェミニ》と《ダークパニッシュ》が二枚ずつっすか……ってセンパイ、クイックスペルも入れてたんすね」
コスト5の《ダークパニッシュ》は相手ユニット一体を破壊するという、これ以上ないほどシンプルな上に使う場面を選ばない優秀なスペルだ。黒陣営でデッキを組むなら、余程変わったコンセプトでもない限りは入れ得なカードだとロコルは解説して、それからこてんと首を傾げた。
「でも、それがなんで二枚だけなんすか?」
「クイックカードはやっぱりクイックで使えてこそだろ? あんまりいっぱい入れて手札に溜まっちゃってもなあ、と思って」
「コストコアに頼らず使える可能性がある分、普通に手札から使うにはちょっとコストが重めっすからね。そこを怖がってクイックカードを減らしちゃう気持ちもわかるっす……でも《ダークパニッシュ》なんかは圧倒的な使いやすさがあるから手札で重複してもそんなに気にならないと思うっすよ。センパイのグラバウだってこれ一枚で対処されちゃうってことを考えれば、想像もしやすいんじゃないっすか?」
そう言われて、それもそうだとアキラは頷く。そもそも初手に黒のカードが固まっても対処できるよう、ドロー加速やコストコア操作のカードも一緒に採用したのだ。ならば《ダークパニッシュ》での手札事故を恐れるよりも、いっそのことフル採用してクイックスペルによるカウンターの期待値を高めた方が遥かに賢明だと言える。
「センパイのデッキの低コストで攻めに向いた能力を持ってるユニットは《デンキ・バード》と、あとは《ビースト・ガール》くらいっすからね。徹底して潤滑油的なユニットを増やしておいて、それで活かそうとする肝心の黒のカードのパワーが低かったらお話にならないっす」
「そっか……だったらいっそ、黒のカードは思い切って高コストのものを入れようか。いやでも、あんまり極端にしてもそれはそれで困りそうだな」
「そこは試行錯誤を繰り返してベストな構築を完成させるっすよ。DAの入学試験まであと一ヵ月。今頃全国のライバルたちも同じことをしてるはずっす。紅上センパイや舞城センパイ、それにあのクロノって人も」
「──そうだな。遅れてる分、俺は皆よりも急がないと」
表情をぐっと引き締めたアキラは、アドバイスを参考にデッキを仕上げるべくカードと向き合い始めた。その真剣な様子を、普段の爛漫な彼女らしからぬ優しい微笑みでロコルは見守っていた。