148.エミルVSオウラ!
進み出ようとするオウラ。その肩をコウヤが掴む。人のファイトを乱暴に止めておいて自分は勝手に戦おうとするのか──と、そういった文句をつけようとした彼女だったが。しかしこちらを振り向いたオウラの瞳を見て、言おうとしていた文句が出てこなかった。
「オウラ、お前……」
「手を放しなさい、紅上コウヤ。わたくしが先にファイトするのは決定事項でしてよ。どうしても直接に九蓮華エミルを倒したいのなら、わたくしが彼にやられることを祈っておくがいいわ」
「っ、そんなこと誰ができるか」
「あらそう──お優しいこと。だったら構いませんわね? わたくしが彼を倒してしまっても」
「…………」
構わない、ことはない。それではアキラの仇を討ちたいというコウヤの奮起の理由、その向けどころがなくなってしまう。怒りはこれ以上ないくらいに煮え滾っている。元凶たる九蓮華エミルが自分と戦う前に負けてしまっては不完全燃焼もいいところだ──それを不満に思わないわけがない。
が、だからといってオウラもクロノのようにやられてしまえばいいなどとコウヤにはとても願えなかった。いくら反りが合わない相手だろうと、普段は苛つかせられてばかりの憎き相手だろうと、しかし本当に彼女のことを憎く思っているのではないのだ。仲良くしたことなど一度だってないが、オウラとの関係。その根底にあるのはライバル意識だけでなく友情だって確かに存在している……と、コウヤはそう感じている。
だから。
「ああ、やっちまえるもんならやっちまいな。安心しろよ、もしお前が負けても、アキラのついでにお前とクロノの分までアタシがぶちかましてやっから」
これでいいのだろう、とコウヤは視線だけでオウラに告げる。それに対してオウラは「あなたがわたくしの仇討ち? 考えただけでゾッとしますわ」と高飛車に返事しつつも返す視線には肯定があった。──それでいい、と。自分とエミルのファイトも観察し、できるだけの情報を引き出してからファイトに臨むべきだという言葉なきアドバイス。つまり彼女はコウヤに託すつもりで次鋒に名乗りを上げたのだ。
まさかあの舞城オウラが。プライドの高いドミネイターの中でも一際にその傾向が強い、まさしくプライドが服を着て歩いているような彼女がよもやこのような──自ら進んで捨て駒になることを志願するとは、コウヤにとっては激しく意外だった。そのせいで彼女の決意の籠った眼差しを見るまでは思惑に気付くことができなかったのだが、しかし間違いない。オウラはアキラのための怒りに燃える自分へ、打倒エミルを懸けてくれている。
(──まあ。だとしても倒せるものなら倒してしまうつもりでもあるのだけれど)
言い様のない、感動に近しいものを味わっているコウヤを背後にオウラは今度こそ歩みを進める。エミルの真正面。一定の距離を保った位置で足を止めた彼女の目の前にファイト盤が出現。自らのデッキを優しくそこへ置く。
(とはいえ、非常に癪ではあるけれど。どうにもそれが叶う相手ではない……九蓮華エミルの実力は今のわたくしには手が届き得ないところにある。よもやそこを見誤るほど愚昧のつもりはありませんから、どんなに認め難くとも認めなくてはね。わたくしは弱い。いえ、わたくしたちは弱いと言うべきか)
劣っている。エミルと比較するならばどうしてもそういう評価になる。今し方手酷く敗北したクロノは、間違いなく一年生の黒使いとしてはトップである。成績で表すなら白使いトップのオウラや赤使いトップのコウヤも彼と同格の強さがあると言え、そしてそれ故に。クロノがやられてしまった時点で自分たちも通用しないことを知らしめられたのだと、オウラもまたその事実に歯噛みした。
ただし勝負はどこまでいっても水物。一戦一戦に流れというものがあり、そしてデッキのカラーやタイプによっても相性差というものが生まれもする。クロノが負けたからといって後の二人も手も足も出ない、とは必ずしも言い切れないのだ。それもまた厳然たる事実であり、そのことを前提に考えるならば。
やはりここは自分が先に打って出るべきだろう。オウラはそう確信する。
(九蓮華エミルのデッキは青黒コントロール。その多様な妨害力を自在に操る手腕で黒一色の玄野センイチは翻弄され、まったく持ち味を活かせないままに敗れた。……わたくしが使う白は黒にこそ強いが青には弱い。これは使い手に関係のない陣営ごとの覆せない相性、そして青こそを妨害の要としている彼のデッキはわたくしにとって非常にやり辛いものである……参りましたわね。泉ミオにリベンジを果たすことで青への苦手を克服したと喜んだ矢先に、ここまでの青使いが立ち塞がろうとは。人生とはままならないものですわ)
ミオだって相当に卓越した青使いだ。合同トーナメントの時点では、多少勢いに乗った程度ではどうしようもないほどの不利が彼との間にはあった。それを早期進級試験の一件で払拭したからにはそこらにいる青使いになど後れを取るはずもない──はずだったが、無論のことエミルはそんじゃそこらの青使いとは一味も二味も違う男。
その実力は学年どころかDAの在学生全体で見ても間違いなくトップ。たった今初めて彼のファイトを見た時点でそうと断言できるだけの力量を見せつけられたからには、所詮一年生のトップ層の一人でしかない白使いオウラには万にひとつも勝ち目などない。勝機の見出せない戦いに挑む哀れな少女。客観的に分析するなら今の自分はそういう存在となるのだろう──。
(それならそれでもいい。白使いのわたくしには辛くとも赤使いの紅上コウヤ。彼女の序盤から終盤まで勢いを落とすことなく攻め立てるデッキはコントロールタイプの使い手にとって天敵に等しい。──誰か一人というのなら最後に残すべきは彼女。ええ本当に、癪なことではあるけれど)
クロノと合わせて二人分の抵抗。それによって明らかとなるエミルの戦法を頭に入れるのとまったくの無情報で挑むのとでは勝率がまるで変わってくることは確実。初見の強者にも勢いよく噛み付いたクロノに敬意を表し、後を任せるに相応しいと判明したコウヤに殿を託し、舞城オウラは華麗な所作で五枚のカードを引いた。
(最大限。引き出せるだけの手札を引き出してさしあげるわ。もちろん、だからとて端から負けるつもりで戦ったりはしませんが)
できるだけ粘る。その上で倒すつもりで戦う。それは専守防衛からの大攻勢を仕掛ける白元来の動きからすれば両立させるになんら難しいものではなく。
「「──ドミネファイト!」」
互いに七つのライフコアの輝きに照らされながら始まったファイト第二戦。先行を示すコアの瞬きが起こったのはエミルの方だった。
「私のターン、チャージをしてターンエンド。……もう過度な期待はしないよ。ただ君の全力を見せてくれればそれでいいから、あまり気負わなくてもいい。一緒にファイトを楽しもうじゃないか」
ひょっとすれば君の人生最後になるかもしれないこのファイトを。穏やかかな笑みで恐ろしいことを口にするエミルに、オウラはふんと鼻を鳴らして。
「そう気遣ってくださらなくてもけっこうですわ九蓮華先輩。あなたとのファイトを最後にするなど真っ平ご免ですもの──わたくしのファイト道は! わたくし以外の何者にも指図されず、阻めるものではない!」
わたくしのターン! と気勢を発して初ターンに入ったオウラは。
「スタンド&チャージ、そしてドロー! ディスチャージを宣言、ライフコアのひとつをコストコアへ変換。2コストで召喚──《星読みエリン》!」
《星読みエリン》
コスト2 パワー2000 【守護】
日々改良を重ねている、守護者ばかりで構成されたそのデッキの新戦力となるユニットを呼び出した。




