147.エミルVSクロノ!
「けだもの、か。ふふ、友人に向けるにはあんまりな例え方だね。君たちはアキラ君を中心とした仲良しグループだと思っていたのだけれど、あの言われ様からするとそうではないのかな?」
「群れた覚えはねえな。しかもよりにもよって若葉の野郎を中心にだぁ? 冗談じゃねえ、俺様にそんな弱さはねえよ」
「ふむ。君は群れることを弱さと取るのだね」
「異論があるか?」
「いいや、正しいと思うよ。徒党を組むのは弱者にのみ許された特権でもあるからね──ただ、それはアキラ君の考え方ではないだろう。不思議だな、どうして君は彼とお友達なんだい?」
先日アキラと共にいた泉ミオ。それから紅上コウヤと舞城オウラ、そしてこの玄野センイチ。アキラと親しく、強者である四人。そう条件づけて執事に調査させ、網に引っ掛かったのが彼ら四人である。エミルは誤情報を持たされたとは露とも疑っていない。九蓮華の内情はともかく、それを支えるための諸々。特にその屋台骨とも言える執事たちの能力が確か過ぎるほどに確かであることを十二分に知っているための信頼であり、何より意図したものでなくとも「この九蓮華エミルに嘘をつくことなどあり得ない」。現当主からの命令以上に自分の命令には彼らが文字通りの必死になって尽くすと、そう理解しているが故の確信でもあった。
しかしクロノはそれを否定する。
「お友達? ハッ、なんて馬鹿らしい言葉を吐きやがる。どう誤解したのかは知らねえが俺様とあいつは間違ってもそんな間柄にゃねえよ」
「おや……そうなのか」
嘘を言っている様子ではない。彼は本当にアキラと自分が仲のいい友人関係にあるとは思っていないのだ──だとすると非常に珍しいことに、執事たちが調査を誤ったということになる。こんな、特別に難度が高いわけでもない調べ物で彼らがミスをするなど考えにくくはあるが……。
「──俺様はあいつに授業の一環のファイトでは勝ち越している。だが情けねえことに大事な局面でのファイトじゃあ連敗中でな。『最も食らいがいのある獲物』! 俺様にとっての若葉アキラってのはそういう奴さ。紅上や泉みてえにお友達ごっこなんざするわけがねえだろう」
「獲物。そうかなるほど、君は彼さえもそう認識しているのか──どこまでもファイトへの欲求に忠実な飢えた獣。けだものと呼ばれるのも納得の貪欲さが、クロノ君。君にはあるのだね」
「だとしたらどうするよ?」
「どうもしない。いや、私はせめて肯定しようか。君の欲の強さ、それに忠実な姿勢はドミネイターを名乗るに相応しいものだと言える。後はそこに実力が伴うかどうかだ」
大きな態度を取れるだけの、人を獲物と断じれるだけの強さが君にはあるのかと。そう訊ねるエミルの眼差しに、全身から溢れているクロノの闘志が一際に大きくなった。
「ならこのファイトで確かめてみるか先輩よ。ただしあんたも覚悟することだ」
「覚悟だって?」
「そうだ。今から行われるのが俺様の飢えを満たせるような最高にヒリついたファイトじゃなけりゃ……あんたはズタズタに食い殺され、無惨な屍を晒すことになるんだぜ!」
「ふふ……良い殺気だ。その純なるまでの欲望、私やアキラ君に通じるものが君にもある。あるいは、ひょっとすれば。君もまた私の世界へ連れて行ってあげていい才能なのかもしれないね。ああ、確かめるのが楽しみだよ」
──始めようか。
ファイト盤が出現。二人は互いにデッキを置き、手札を引き、ライフコアを展開。ファイトのための準備を一瞬で終えた。
「楽しめる内に楽しんでおきな。俺様がてめえに敗北の血の味を教えてやるよ」
「物騒なことだ。血で血を洗うようなファイトがお望みかい? ならばご要望通り、私が君に最高の体験をさせてあげようじゃないか」
「「──ドミネファイト!」」
コウヤとオウラだけを観客に始まったその勝負は──。
◇◇◇
──そう時間をかけずに決着がついた。
「っぐ、ぅぉおおおおおおおおあああああああ!!!」
クロノの敗北によって。
「ク、クロノ……!」
ライフアウト。最後の一撃を決められて吹っ飛んだクロノの身体をコウヤが抱き留める。無事を確かめるべく彼の名を呼ぶが返事はない。気絶しているのか──いやあるいは。そう最悪の想像を浮かべるコウヤに、エミルが「心配しなくていい」とカードを片付けながら声をかける。
「『兆し』を持つ者同士のファイトじゃないんだ。一応の加減もしたし、命に別状はないよ。彼はただ気を失っているだけさ。……もっとも、体が無事であることと心まで無事であることはイコールではない。彼のドミネイターとしての命が尽きていないとは、私も保証できはしないけれどね」
「てめえ……!」
クロノの今後など心底どうでもいい。そう思っているのがありありと伝わるつまらなそうなその口調にコウヤの血液はまたぞろ沸騰を始めるが、そんな彼女からの熱視線を浴びようとエミルは平左のままに。
「どうもいけないな。欲張りを自覚している私だけど、それでも高望みが良くないことだとはわかっているんだ。大抵の場合落胆して終いだからね。それでも期待してしまうのはやはりドミネイターとしての性なのか、はたまた掲げた理想のためか。いずれにしろ反省しなければ。いくらアキラ君のお友達とはいえ少々、願望を持ち過ぎたようだ」
この程度なら私の世界には要らないや。
そう呟いて、彼はひとまとめにしたデッキをシャッフルしながら。そして気を取り直したようにコウヤたちへと微笑みかけた。
「さあ。次はどちらがそうなる番かな?」
「……!」
なんという物言いだろうか。腹立たしいことこの上ないコウヤだったが、しかし今ばかりは反論の言葉も見つからない。あのクロノが、やられた。それも手も足も出ずにだ。
クロノはエミルのライフコアをひとつたりともブレイクすることができなかった。つまるところの完封負け。水物であるドミネファイトにおいても圧倒的な実力差がない限りはこうはならない──ということは、クロノと概ね互角の戦績を持つコウヤとオウラも、九蓮華エミルには遠く及ばない……?
「ざっけんじゃねえぞ! こんなことでアタシが怯むと思ったら大間違いだぜ、九蓮華エミル!」
「はは、別に怯ませるつもりはなかったのだけれどね。それだけ威勢がいいからには次は君かい? いいとも、やろう」
「やってやるぜこの野郎──あだっ!?」
腕の中のクロノをそっと寝かせてやって、エミルの誘いに乗らんと前へ進み出よう──としたところをぐいと後ろ髪を引っ張られ、止められる。かなりの痛みだ。当然コウヤの怒りは髪を掴んだオウラへと向かった。
「さっきからなんなんだお前!? アタシの頭になんか恨みでもあんのか!」
「ええまあ、その空っぽ具合には少々うんざりしていますわね。血を昇らせるな、と先ほども忠告して差しあげましてよ。──『強過ぎる』。または『次元が違う』。それがわたくしの正直な感想なのですけれど、あなたの方は?」
「っ……、」
「結構。答えない、というのが何よりの答えですもの」
クロノはよく働いてくれたとオウラは思う。敗北したことへの嫌味でもなんでもなく、彼は本当によく戦ったと──この化け物を相手にむしろ善戦した方だと、完全試合を見せられて尚そう思う。おかげで狙い通りにエミルの実力やデッキタイプは判明した。そして……ここで自分がすべきことも、はっきりとした。
「どちらでもいいと言うのなら。次のお相手はわたくしが務めましょう」
「なに……!?」
オウラの一方的な決定に目を剥くコウヤと対照的に、突然の名乗り上げにもエミルにはやはり戸惑いなどなく。
「ああ、勿論私は構わないよ。君でもいいし君でなくてもいい」
「なら決まりですわね」
頷きながら、するりと。美しく優雅な所作でオウラは鞄からデッキを取り出した。




