145.邂逅! 真夜中のDA!
「……意外と不気味じゃんか。真夜中のドミネイションズ・アカデミア」
と、声量に気を付けつつコウヤは独り言を漏らした。彼女はここDAに寮部屋を持つ生徒の一人であるからして、いくら今が夏休み期間とはいえ立ち入りは別に禁止されたりしていない。とはいえ、だ。現在時刻は深夜の三時。DAにいる生徒たちはまだ自室で眠りについている頃合いであり、当然こんな時間に子供が出歩くことを──たとえ敷地内であったとしても──学園側は良しとしないだろう。そうでなければ門限などそもそも設けないのだから。
メールに「明朝」という文言がなければこんな風にこそこそせずとも済んだんだけどな、といつ出くわすかわからない生活保全官や清掃員に注意しながらコウヤは夜のDAを歩く。何せとんでもなく広い学校だ、こうして静まり返った中にいると夜間の学校というよりもゴーストタウンを闊歩しているような気分になってくる。平時であれば夜中でも少なからず見回りの保全官がうろついている印象だったし(コウヤが自分で夜に抜け出して確かめたわけではなく教師からそう聞いているのだ)、それは夏休みでも変わらないだろうと思っていた彼女なので、ここまで人気がないという点もまた意外であった。
(まあ滞在生徒も減るんだから見回りも減るのは当たり前……か?)
夏真っ盛りとは思えないほどひんやりとした空気感。それも相まって余計に人恋しくなるが、しかし見つかれば確実に面倒なことになる黒服たちがどこにもいない様子なのはコウヤにとって僥倖以外の何物でもない。ラッキーだぜ、と廃墟を歩いているような不安感を努めて無視して彼女は己が幸運に感謝した。が、真相はコウヤのラッキーなどではなくエミルの行動にあった。行方をくらましてアキラを襲撃、それ以降また足取りが追えなくなった彼を探し出すべく──そしてそれを巧みに妨害する九蓮華の執事連中との「見えない攻防」を制するために──大勢の生活保全官が学外に駆り出されているところなのだ。加えて黒井グループの十名ほど(その中にはアンミツも含まれている)がアキラの周辺について警護を行なってもいる。
長官の地位に次ぐ長次官の位を持つ黒井の傘下にいるのは、彼女がそれだけのポストにつく以前から先輩として世話をしてきた後輩たちである。なのでその団結力は強く、同じく長次官である堅井のカリスマ性によってガチガチに統率されているグループには組織性で劣るものの、最後の長次官である柔井のまるでお友達サークルのようなグループとは比較にならないほど統制が取れている。無論、長い物に巻かれる主義や事なかれ主義しか所属していない長官グループよりもそのモチベーションは上である。
エミルに関する一連の出来事の諸々で黒井やアンミツの態度に問題ありと判断した情報部は黒井グループを学内に残す班へ当てようとしていたが、それを察した黒井は命令を受ける前に後輩たちを動かしアキラの警護の増員を勝手に行った。このパワープレーについては、黒井やアンミツからすれば非常に驚くべきことに長官その人が庇ってくれたためにお咎めはなしとなったが、それによって備えを兼ねてDAに待機させておくべき保全官の人員が残っていないのが現状であった。
そこにある隙を嗅ぎ取り、灯台下暗しを地で行くべく大胆にもDAを待ち合わせ場所に指定したのがエミルである──という裏話を、まさかコウヤが知る由もなく。とにもかくにも見つかる心配をあまりしなくてよさそうなことに安堵しながら敷地の奥へ進み、しかしいったいどこに向かえばいいのかと少女が頭を描いたその時。
「──!」
感じた。ドミネイターが持つ特有の殺気。今の自分が放っているのと同じものを、確かにこの先から。こんな時間に外にいる自分以外のドミネイター。それだけでそこへ向かう価値は充分にあった。何者なのか確かめるのだ。九蓮華エミルか、それ以外か。殺気のひり付き方は一色触発、自分の到着を早くに待っているエミルだとすれば少々違和感がないでもないが、何はともあれ直接この目で正体を見れば謎は謎でなくなる。肌で感じる殺気の発生源がいる方向へコウヤが足を速めれば、果たしてそこには。
「!? オウラ……それにクロノ!?」
そこにいたのは舞城オウラと、玄野センイチ。自分にとっての宿命のライバルである少女とアキラにとっての特別なライバルの一人である少年。そんな二人が闘気を剥き出しにして睨み合っている場面に出くわしたものだから、コウヤも流石に困惑が隠せない──肌を突き刺すような気配の正体はオウラとクロノだった。だがどうして真夜中のDAにて、この二人が今にもファイトを始めそうな険悪な空気感を作り上げているのか。
「あら……紅上コウヤ。あなたもこの戦闘狂さんに呼び出されたのかしら?」
「どーいうこったてめえ、俺様だけに飽き足らずこいつも食らおうってのか」
「はい?」
「ああ?」
認識に齟齬がある。と、互いに発した言葉で気が付いた。てっきり目の前の相手が自分を呼びつけた張本人だと思い込んでいただけに、どうやらそれが誤解であると悟った二人は途端にその疑いをコウヤに向けたが──その考えもすぐに改める。
「あなたではない。あの愉快なまでに挑発的な文章はとてもわたくしの知る紅上コウヤに思いつけるようなものではないもの」
「同感だな。しかし、するとどこの誰だってんだ? 俺様に加え、そのついでにてめえらまでこんな夜更けに誘い出すような奴はよ」
「誰がついでですか、誰が」
ぴしゃりとオウラは窘めたがクロノはどこ吹く風だ。下手人はいつ現れるのかと厳しい目付きで辺りを見渡している。その様は警戒心の強い野生の獣そのもので、オウラは呆れて肩をすくめた。そんな二人の会話を聞いてコウヤは悟る。その訳はさっぱり不明ではあるが、けれど間違いない。オウラもクロノも自分と同じだ。同じ人物に呼び出されてここに集っている──。
「聞いてくれ二人とも。アタシらを呼び出したのは」
「それは私だよ」
「「「!」」」
すぐ傍。しかして三人からはちょうど死角となる絶妙の立ち位置に、彼は既にいた。警戒していたつもりのクロノはその接近を察知できなかったことに顔色を変え、オウラもまた一目でそうとわかる強者の出現にファイト中のような鋭い双眸を見せた。
サッと立ち並ぶ三人。目配せも合図もなく自然と陣営を張るようにして自分と向かい合った彼らに、少年はふわりと微笑んだ。
「エミルだ──君たちを呼んだのはこの九蓮華エミルだ。まずはありがとうと言っておこう。突然の誘いにも関わらずよく来てくれた。三人の内一人でも出向いてくれれば御の字、程度に考えていたんだけどね。まさか全員が揃ってくれるとは」
手間が省けていい、と。そう笑みを深めるエミルからは良くないものが溢れている。それだけで彼がどういうつもりで自分たちを集めたのかがわかったクロノとオウラは共に素早く臨戦態勢を取るが、しかしとっくの昔から。若葉家を出発した時点から戦闘モードに入っているコウヤの反応は二人よりも早く、そして苛烈だった。
「お前がエミル。アキラを病院送りにしやがった本人ってことで間違いはないんだな?」
物騒な言葉に両脇の二人が驚いたようにするのにも目もくれず、エミルのみを見据えて睨むコウヤ。その戦意猛々しい、三人の中でも特段に鋭い殺気の籠った問いかけにエミルは。
「そうだよ、それは私がやった。そして君たちも彼と同じ目に遭わせるつもりでいるので、悪しからず」
あっけらかんと、軽々しくすらある口調でそう宣った。
「──上等。だったら自分もそうなる覚悟はできてるってわけだ!」




