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144.ドミネイト召喚の本質

「ドミネユニットは、その召喚主の分身……」


「言ったように仮説です。いえ、仮説であればまだマシでこんなのは単なる個人の感想の域を出ない……ですがムラクモ先生。私は私の感覚を間違っているとは思いません。あの瞬間、ファイトの決着となる一撃が決まったその時に、私は確かに若葉君の意思と意識を間近に感じ取っていたんですから」


「…………」


 であるならば。まさかドミネユニットとは、ドミネイターの意思が具現化したようなものなのか。そう仮定してみればアキラとアルセリアが重なって見えたという泉の証言にも頷けるものがある──あの敗北を機に彼がこうも変わったことにもだ。


「自分で言うのもおかしなことですが、確かに私は変わりました。たった一度の負けでこんなにも。いくら一年生に敗れたと言ってもあれだけ視野狭窄に陥っていた私の目が大きく開き、色んなものが見えるようになったのは。やはり単に敗北だけが原因ではなくあの負け方にこそ要因があったのでしょう。アルセリアを通して流れ込んできた若葉君の想いが変革をもたらした。つまりドミネユニットを操るということはそういう力を持つということではないか。そこまでが私の仮説なのです」


「そういう力、とは?」


「人を変え得る力。自らの意思に従わせる力──それが善きにしろ悪しきにしろ区別なく、ドミネユニットとはそういったものが現出したものなのではないか……とね」


「──だとしたら」


 そこまで聞いてムラクモの顔色が悪くなる。事態は彼が、あるいは学園長が思う以上に悪い方向へ向かっている可能性がある。そのことに泉は先んじて気付いていたのだろう、彼はムラクモの言葉の続きを察しており。


「ええ、だとしたら。感想めいたこの私の仮説がもしも正しかった場合は、本当にマズい。危険が過ぎると言ったのはつまりこのことなんですよ、ムラクモ先生」


「若葉と九蓮華。この二人のファイトで起こる危機・・は、二人だけの範囲には収まらない。そういうことですか」


「まさしく。ドミネユニットが本当にドミネイターの意思を司る存在なのだとすれば、それを衝突させることとは『支配のかけ合い』に他ならない。どちらかの敗北はどちらかの屈服を意味する──それは無論のことただの敗北とはまったく重みが異なります。……考えたくもないことですが、万が一。ドミネイト召喚を駆使するファイトで若葉君が九蓮華君に敗れた場合、ひょっとすると彼は──私たちの知る若葉君とは別人と成り果てるかもしれない」


「……!」


 荒唐無稽である、と笑い飛ばすことはできなかった。現に目の前に、敗北を機に別人のようになった人物がいるのだ。ムラクモはここまで嫌な腑の落ち方を味わったのは初めてだった──ドミネイト召喚はまさしく支配の力。これはアキラだけでなくエミルにも当てはまるものだ。相手を屈服させること。このことに関してエミル以上に熱心で巧みな者を生徒だけでなく教師陣、いやさ面識のある全ての者と比べてもなおムラクモは他に知らなかった。


 エミルは先日、学園長室で誓いを立てた。相手の心を折るためだけのファイトはやめるという、ドミネイターらしく勝利のみを目指すという誓い。九蓮華という高家の名に懸けて行われたそれもエミルにとってはなんら縛りになどならないだろうとムラクモを始め主任たちは考えたが……それどころではない。見方によってはあれは、あの誓いは、むしろエミルを解き放ってしまったとも言えた。


 相手を試し、判決を下すようないたずらなファイト。それをやめて勝利のみを目指すことは即ち、徹底的に。一切の遊びも弄びもなく相手をことと同義。エミルには容易にそれができるだけの力があり、遊びをやめた彼はおそらく今後ドミネイト召喚を時も場も弁えずに使っていくだろう──そうするように強制した、矯正したのはあなたたちだと嘯いて。


「……やはり泉先生、あなたの見解を聞くと決めた学園長は正しかった。その仮説を職員室と情報部でも話してやってください。今の九蓮華と若葉をぶつけ合わせることは両者の覚醒を促すどころか、どちらにとっても最悪の結果をもたらしかねない愚行だと。急進派もそう考えなおすかもしれない」


 お願いできますか、と真摯に頼むムラクモに「勿論、私にできることならなんでもしますよ」と快く答えた。その返答に感謝を告げたところで、ムラクモは懐から振動を感じた。


「失礼、連絡が入ったようだ」


 震えたのは彼のドミホである。それを取り出して通知を確かめてみれば、どうも今し方ではなく何日も前に送られてきていたものらしい。ようやく電波の入るところに差しかかり、滞っていた送信が遅れに遅れて完了したということだろう。そういえば急ぐあまりに寺に没収されているという泉の高性能ドミホを置いてきてしまったな、と多少出発が遅くなろうと連絡用に持たせればよかったと後悔しながらメールの中身に目を通せば。


「……なんてこった」


「どうされました、ムラクモ先生」


「ちょうど最寄り村に着いてこのドミホのアンテナが立たなくなった頃ですね。九蓮華エミルが、監視をすり抜けて若葉に接触したらしい」


「なんですって……! まさかファイトが行われたのですか!?」


「どうやらそのようです。ただし結果は中断による引き分け。どちらも勝利も敗北もしなかったのは不幸中の幸いと言ったところですか」


 思い描いた最悪とは程遠い結末。とはいえ、アキラは病院送りにされている上にエミルがこれで納得するとは思えない。事の顛末を文面で確認したムラクモは確実にまだ終わりではないと断じた──この程度で止まりはしないだろう。


 エミルも、そしてアキラもだ。


「内容的にはほぼ若葉の敗北のようだ……しかし何があったにせよ、あの九蓮華がトドメを刺さなかったのは驚異ですね。それだけに若葉に対する並みならぬ執着を感じさせもする」


「ただ既に接触し、ファイトも終えているとなると九蓮華君の次の行動がいよいよ読めませんね。……敗北してしまった若葉君の様子も気になるし、彼と一緒にいるというミオのことも心配だ。どうでしょうムラクモ先生、ここはDAに戻る前に一度若葉君の自宅に立ち寄ってみるというのは」


「……そうですね。若葉の療養に合わせて警護体制のレベルも一気に引き上げられたようだ。傍にいるのも甘井を始めとした信用のおける保全官ばかりですし、一刻も早くDAに戻る意義は薄い。若葉たちを安心させるためにも一度顔見せをしておきましょうか」


 若葉本人からも具体的な話が聞きたいですから、と同意を返しながらムラクモの手は素早く返信のメールを打ち終えていた。送る相手はもちろん、職務上の規定を破ってまで職員室所属のムラクモへ都度事細かに報告をしてくれている甘井アンミツである。


 実は彼とアンミツは元DAの同級生であり、かつてのライバルにして現同僚という勝手知ったる仲であった。当時からして間違っても友人と呼べるような気安い関係でこそないが、しかし互いに付かず離れずの距離感を維持できており、こういったいざという時には部署の垣根を越えて協力もし合える心強い知り合いではあった。そんなアンミツがアキラの専属保全官になったと知った時には少なからず──根回しのしやすさという点で──喜びを覚えたものだし、彼女が学生の頃と変わらず仕事面でも優秀の評価を頂いていることもあってなんの不安もなく任せられると安堵していたくらいだが。


 しかしそれだけムラクモが信を寄せるアンミツがついていても、アキラの病院送りは免れなかった。その事実にエミルという少年の蛇の如き周到さと悪辣さが──残忍なまでの無邪気さが可視化されている。


「本当に、奴は次に何を仕掛けてくるのか……頭の痛いことだ」



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