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143.泉モトハルの仮説

「素直に驚きましたよ。まさか国内に辿り着くまで十日以上もかかるような場所があるとは。流石あの学園長が紹介するだけあって恐ろしいところですね、『光陰寺』は」


「はは、同感ですよムラクモ先生。飛行機、電車、バスを乗り継いで最寄りの村から更に数十キロ。その後に天然の迷路のような樹海を彷徨って探し出さねばならない寺ですからね……私の場合は見つけるまでに半月近くを費やしましたよ」


 危うく食料も尽きて遭難死するところでした、と。泉モトハルは洒落にならないことを言って笑う──しかし彼が持つドミホは衛星通信によって地球上のどこであっても電波が繋がるようになっており、内蔵されているGPSが確実に自分の正確な位置を教えてくれる。寺を目指すことを諦めさえすれば迷路めいた大樹海からでも脱出は容易だったので、泉に関して言えば遭難というのも一応は冗句の範疇と受け取れるだろう。


 ドミホこそ当然所持しているものの泉の機種ほど高機能ではなく、アプリも日常業務に便利ないくつかしか入れていないムラクモは一時本気で死を覚悟したくらいなので──DA出発前に学園長から授かった光陰寺の「探し方指南」の知識があったおかげで難を逃れはした──泉のそれはまったく冗談で済ませられるものではなかったが。まあとまれ、今はこうして泉を回収して無事に生活保全官の運転する車の中にいるのだから全て良しだろう……そう思いながら疲労を態度に滲ませるムラクモがより深く座席に座り直したところ、その隣席から泉が言う。


「しかし驚いたと言うならこちらの方です。まさか光陰寺までムラクモ先生が訪ねてくるとは……最低でも数ヵ月は知人と顔を合わせるわけもないと思っていたものですから、あなたを寺で見かけてもまず幻覚を疑ったくらいです。辛い修行から逃げ出したいあまり、自分を外に連れ出そうとする都合のいい妄想をしているのではないかとね」


「その分だと、よほど過酷なようですね。あの寺での修行というものは」


「ええ、それはもう。覚悟をしていた……できていたつもりでしたがてんで甘かった。私程度の想像を優に飛び越えて光陰寺の修行はハードなものです。筆舌に尽くし難いとはまさにあそこのためにある言葉だと思ったほどには」


「なるほど。それはまた耐え甲斐のありそうなことだ」


「まったくです」


 ムラクモの言葉に泉は嬉しそうに口角を上げた。想像を絶して辛く苦しい。覚悟があってもなお逃げたくなる。だからいい。それくらいでなければ自分が犯してきた罪に相応しい罰とはならない。過去の清算など叶わない……ここでの修行が完了した暁には、きっとミオに顔向けできる新しい泉モトハルになっているだろうと。そう信じられるくらいに光陰寺とは彼が求める苦行を、彼が求める以上に与えてくれる素晴らしいスポットだった。


 げっそりと頬をこけさせた泉の今の姿は、見た目だけなら衰弱しきっているようにしか見えないが。しかしその実、内面は以前よりもずっと充実している。そのことが隣にいてムラクモにはよく伝わってきていた。


「あのような場所を教えてくださった学園長には感謝の念に堪えません。──だからこそ解せませんね。その学園長が、私を呼び戻す決定をするなどと。そろそろ教えてくださいムラクモ先生、いったいアカデミアで何があったと言うんです?」


 とにもかくにも少しでも早く学園に帰還するため。説明も後回しにして「学園長の決定なので有無を言わずに従ってくれ」の一点張りでムラクモは泉を連れだした。予定よりも光陰寺への到着が遅れたのでタイムスケジュールを取り戻す意味もあったが、それよりも彼が急ぐ最もの理由は原因不明の胸騒ぎ。そう称せるような奇妙な落ち着かなさにあった──移動を優先して車までの道中も事情を話さなかった自分に、ムラクモはよく付き合ってくれたと思う。そこにまず礼を言ってから彼は語った。学園が泉を必要とするその訳を。


「──ドミネイト召喚。それを操る準覚醒者について、ですか」


「ええ。あなたほど熱意を持ってそれを調べている教員は他にいませんでしたから」


 確かにそうだろうと泉は頷く。彼は、特別の証でありカードとの絆の証であるとされるドミネイト召喚を嫌悪する。嫌悪していた、が正しいか。それは己がそこに至れなかったが故の醜い嫉妬であると今なら認められる、矮小としか言いようのない悪感情ではあったが。しかし嫌悪していたからこそ、いつか息子の前にも立ち塞がるであろうドミネユニットなる存在を詳らかにせんとした彼の努力そのものは誰にも否定されるべきではないだろう──ムラクモはそれを頼りたいと言う。


「九蓮華エミルはドミネユニットの使い手。あいつの矯正が学園にとって必須となった今、職員室と情報部では共に若葉をその手段兼実験道具として用いる意見が強くなっている」


「それはまた、如何にも教頭や部長の考えそうなことですね」


 眉をひそめ、はっきりと嫌悪感を表情に出して吐き捨てるように泉は言った。昔の彼なら息子と関わりの無い範囲で起こることであれば「どうでもいい」と一蹴していただろうが、今の彼はかつての視野も思考も極端に狭まっていた頃とは違う。


 現在の泉からすればたとえドミネイト召喚を操る生徒であっても守るべき対象であることは確かで、特に自分の目を覚まさせてくれた若葉アキラについてはより強くそう思っている──何せ彼は、息子と仲のいい友人でもあるからして。


「準覚醒者同士を競わせる。長い歴史を持つドミネイションズ・アカデミアでもこれまで叶わなかったそれを実現させ、その結果を見ること。化学反応の如き未知の可能性を期待すること……その考え自体は、理解できなくもない。しかし私個人としては推奨できない。あまりに危険・・


「それはやはり、準覚醒者と準覚醒者のファイトが通常のファイトには成り得ないと──つまり双方にかかる負荷を懸念しての判断ですか」


 ムラクモの確認に、泉は首を横に振った。それは明確な否定の意。では危険とは何を指しての言葉なのかと訝しむ彼に、泉は「無論プレイヤーの負担に関しても無視できるものではないですが、それ以上に」と自分が思う懸念点を口にする。


「仮説ですがね。しかし自分なりにドミネイト召喚を調べてみて、そして実際に敗北したことで得られた知見があります。学園長も、だから私を呼ぶと決めたのでしょう? 熱心に調べたと言っても結局のところ持つ知識量としては他の先生方と大して変わりませんからね」


 ただし生徒が操るドミネユニットにやられた経験があるDA教師はこの泉モトハルだけであり、故にこそ彼にしか感じられない、知り得ない何かがあるのではないか。若葉アキラと同じく、否、彼以上にドミネユニットを操り武器としている九蓮華エミルの暴走を止める手立て。それを確立させる足掛かりとなってくれることを信じてムラクモはこうして遠く秘境の奥地にまでやってきたのだ。その期待は正しかったようだと、以前までとは打って変わってまさに教員らしい顔付きで生徒のことを想い語る泉を見て、そう思う。


「あなたの仮説とは?」


「ドミネユニットがどういったものかについて。……ああいえ、その正体やどこからやってきたのか。それを明らかにしたわけではないんです。ただあのファイトで私は確かに。若葉君と、彼が呼び出したドミネユニット──アルセリアとが『重なって見えた』」


「重なって見えた……?」


「ええ、あたかも二人でひとつ。一個の存在であるかのように、です。アルセリアのアタックによってライフコアが砕けた時、私にはアルセリアを通して若葉君の闘志が、こちらを飲み込まんと発揮される気運の隆盛が『流れ込んできた』ように思えた……そこから推測するにドミネユニットとはつまり、それを呼び出したドミネイターの分身・・。あるいはユニットの形をした本人そのもの、それに近しい存在なのではないか。と私は考えた──いや。そう感じたのだと言ったほうが正しいですね」



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