142.不穏の招待状
アキラは光だ。コウヤはそう思う。
ロコルはアキラの輝きに魅入られたと言った──実に的を射た表現だと、コウヤはそう思う。他ならぬ自分もまたその輝きに惹かれ、導かれた者であるからして。
普段は弱く陰りがちで、しかし大事な時。ここぞという場面では誰よりも強く光を放つアキラという少年の前向きな力に、コウヤはいくつもの大切なことを教わってきた。それはドミネイションズに関わらない部分でも発揮されてきたし、彼が勇気をもってドミネイターとしての一歩を踏み出して以降はファイトでこそ一層に輝くようになった。
それを嬉しく思うし、尊く思う。アキラにとって師とは父を指す言葉だが、けれど彼女がドミネイターとなったのはアキラにその道へと手を引かれたからだ。しばらくは別々の道を歩んでいたが、また合流し、共に切磋琢磨できること。日本ドミネ界のメッカ『ドミネイションズ・アカデミア』で一緒に成長できることが何よりも嬉しく、尊く──だからこそ。
「アタシたちの『今』を邪魔する奴は、誰だろうと絶対に許せねえ」
深夜十二時過ぎ、夜中の若葉家。あの日病院で治療と、念のための精密検査を受けてから自宅へ戻ってきたアキラをミオやロコルと共に出迎え、無事を喜び、その後は父との修行を中断してコウヤもしばらく若葉家に宿泊。気の置けない友人同士での楽しい時間はあっという間に過ぎ、エミルの襲撃から既に十日以上が経っていた。夏休みも後半に突入している。
そろそろ家に帰って修行を再開させようかと考えていた時分だった。アキラの傍についていたのは負けた(と自分で認めている)彼を元気づけるためでもあり、エミルの再襲撃を警戒するためでもある。しかし一向にエミル襲来の気配はなく、ロコルの見解も「絶対とは言い切れないが再びこの家にエミルがやってくることはないだろう」というもので、甘井アンミツ──アキラ専属(!)の生活保全官らしい──の考えも似たりよったり。とはいえアンミツを始めとした選りすぐりの保全官が厳重な耐性でアキラの周辺を固めている、ということで。
現状付くべき護衛としてはそれで充分だろうとコウヤも思い始めていた頃、だったのだが。
「自分でリベンジできないのは悔しいだろうけどよ。大目に見てくれよなアキラ──お前を傷付けた奴が今この時もどこかでしたり顔をしてやがると想像したら、アタシは怒りでどうにかなっちまいそうなんだ。この手で九蓮華エミルに懺悔させてやらなきゃ気が済まねえ」
ぐっすりと寝入っているアキラ。そのベッドのすぐ横で彼の寝顔を見つめながらコウヤは言う。カーテン越しの月明かりで薄っすらと浮かび上がる幼気な少女のようなアキラの寝顔は、よりコウヤの庇護欲と敵への殺意をかき立てた。
彼の隣では同じベッドに眠るミオの姿もあるが、こちらはアキラ以上にぐっすりだ。遅くまでドミネ談義に花を咲かせた後ということもあって──そもそもどちらも夜更かしがあまりできないタイプでもある──二人とも熟睡しており、コウヤの入室にもこの独り言にもまったく気付く様子はなかった。バレやしない、そう思うからこそコウヤはこうして直に顔を見ながら別れの挨拶を済ませているのだ。
「お前が知ったら止めてくるだろ? だからもう行くよ」
アキラの髪をさらりと撫でる。柔らかい感触が指先から離れたところでコウヤは彼に背を向けて部屋を出た。音を立てないようにそっとを扉を閉め終えて、さて若葉家を出ようと一階へ降りたところで。
「こんばんわっす、紅上センパイ」
「!」
ロコルと出くわした。待ち構えるようにそこにいた彼女は、きっと本当に待ち構えていたのだろう。自分を見つめるその目が間違ってもトイレに起きた子供のそれではないことからコウヤはそう知った。
「……なんだよロコル、まさか寝たふりなんかしてたのか? だったら部屋から出る時にお前を起こさないよう気を使ったアタシが馬鹿みたいじゃないか」
「紅上センパイがやけにこそこそとしてるもんすから、つい。で、こんな時間にいったいどこへ行こうっていうんすか」
「お前ならもうわかってんだろ?」
「…………」
ロコルはまばたきというには少々長く目を閉じて、それからゆっくりと開く。ああそうだ、確かに。こんなのは確かめるまでもなくわかりきっていることだ──今のコウヤの出で立ち。そこに宿る闘志を思えば、何をしに誰の下へ向かおうとしているかは明らかである。
「明日には帰宅して親御さんとの修行を再開させる。そう言ってたのは嘘だったってことっすか」
「いいや。あの時点じゃ本当にそうするつもりだった──だが眠る前にこんなメールが送られてきたからには、そういうわけにもいかなくなった」
取り出したドミホの画面を見せるコウヤ。そこに浮かぶ文面に目を通し、ロコルの眉間にしわが寄った。
「『アキラ君のことで話がしたい。話以外のことも、君が望むならば。明朝まで学園にて君を待つ──K・E』……これは」
「九蓮華エミル、だろ? どう考えても差出人はよ」
どうして自分のアドレスを知っているのか、何を思っての呼び出しなのか。この際そんな疑問はコウヤにとってどうでもよかった。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。少なくとも今すぐDAに出向けばエミル本人と対面できるのだ。向こうにその気があろうとなかろうとファイトの絶好の機会。アキラへ与えた痛みを後悔させるチャンスに違いない。
このメールを無視する、という選択はコウヤにはなかった。
「朝になって家を出ようとすれば流石に隠し通せる気がしねーからな。自分で言うのもなんだがアタシは感情が表に出やすい性質なもんで、どんなに抑えたって闘志が抑えられやしない。家へ帰るだけだってのにそんな剣呑な気配を放ってたら何かおかしいってアキラも気付くだろうしな」
「だからセンパイが眠ってるうちにこっそり出ていくつもりっすか」
「ああ。気丈に振る舞っちゃいるがあいつ、こてんぱんに負かされたと思って傷心中だろ? 今のアキラに余計な心配はかけられない。それに……」
それにもしも、「やめてくれ」ではなく「やめろ」と。彼が持つ例の輝きで以って「俺の手でリベンジをさせろ」と強く命じられてしまった場合。コウヤはその光に目を焼かれない自信がなかった──自身を突き動かす怒りすらも消え失せて、彼の言うがままになってしまいかねない。だがコウヤはあくまでも、九蓮華エミルという危険人物にこれ以上関わってほしくはないのだ。たとえそれと同じことをアキラの方も望むだろうとわかっていても。
「どー見ても罠っすよ、その誘いメール。それでも一人で行くんすか」
「どー見ても罠だからこそ一人で行くんだろうが。アキラのために戦ってくるって親父には伝えてあるし、その許可も得てる。こいつはアタシのプライドの問題だ」
そこにエミルが待ち構えているのなら。アキラもミオもロコルも連れて、総勢で彼を叩く。そういうことだってやろうと思えばできるのだ。だがそれを良しとしないのが他ならぬコウヤである。一対一の、後腐れ一切なしの正々堂々の決着。それこそがコウヤの望みであり、またエミルに味わわせるべき『決定的な敗北』はそうでないと与えられないとも考えている。
「……っすね。プライドのないファイトじゃエミルの心は動かない。万が一にもあいつが誰かに後れを取るとしたらそれは、全身全霊を懸けて挑むドミネイター以外にはないと自分も思うっす」
「だろ? 呼び出されたのなら願ったり叶ったりだ。逆にここでビビるようなら九蓮華エミルはアタシのことをもはやなんとも思わない……奴を打ち負かす者としてそれだけは我慢ならないんでな」
そう言って、コウヤは凄絶に笑った。




